ケイに見送られたあの日からかなりの日にちがたった。思い出すのも億劫になるような出来事がありすぎて説明するのも面倒だが、とにかく俺たちは今フラノールに来ていた。

クルシスに裁かれて重症を負ったアルテスタを救うために医者を探しに来たわけだが、そんなことよりも俺の心は揺らいでいた。

レネゲードを選ぶのか、クルシスとセレスを選ぶのか、こいつらとケイを選ぶのか。

頭の中は正直なところそればっかりで、言っちゃ悪いがアルテスタのことはそっちのけだ。フラノールに残る班と医者を連れてアルテスタの家にいく班に分かれることになったらしいが、結局のところ俺はどっちだってよかった。もう決定を迫られているのだ。

ケイとの約束は果たしたい。
あの時は確かにケイを選ぼうと思っていたのに、俺の心はあっさり揺れる。


『マナの神子からの解放』


ミトスのその一言が俺を苦しめる。クルシスにつけばセレスは修道院を出れるし、俺は晴れて自由の身だ。だけどケイを迎えにいける確証はない。そして俺の決意は簡単に揺らぐ。結局根っからの裏切り者気質は治らない。


最終的にアルテスタの家に向かうことになったのは、医者の助手が出来るリフィル先生と医者の知り合いのしいな、それからアルテスタ班に同行したいと言ったプレセアちゃんと、護衛役を買って出たリーガルの4人。

俺は残ることになったわけだが、残ったってやることは特にない。それにフラノールは大嫌いな雪の街だ。何をする気にもならない。ロイドたちは宿屋でゆっくり休むらしいが、俺は何をしようかと考えあぐねる。そもそもこの雪の世界で何をしろっていうんだ。

俺は誰にも知られず溜め息を吐いて、こっそりひとりでメルトキオにでも帰ってやろうかと思ったが、そんなときに聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。

「…ゼロス?」
「! ケイ!?」

驚いて振り向けばそこにいたの小洒落た紙袋を提げたケイで、まさかこんなところで会うなんて思ってもいなかった俺はバカみたいに口を開いてぽかんとするばかりだ。

「やっぱりゼロスじゃない!びっくりしたわ、こんなところで会えるなんて」
「いや〜やっぱり俺さまたち運命の赤い糸で結ばれてるんだな〜」
「……ゼロス?」

いつものようにおちゃらけて返したが、ケイは眉をしかめて俺の顔をのぞきこんだ。

「…なにか、あった?」
「え…」

心配そうに俺を見つめる瞳は相変わらず真っ直ぐで、すぐ触れられる距離にあるのに、なぜか手を差し伸べることが出来なかった。ケイを選ぶのをためらったのだ。

「…ゼロス、私宿を取ってるの。せっかくだからゆっくり話しましょう?」

ケイは優しくそういって俺の手を取ると、ゆっくりと宿に向かって歩き出した。最後に別れた日、もう平気だと言った彼女の言葉通り、彼女は平気そうだ。俺なんかいなくたって、もしかするとケイは幸せにやっていけるんじゃないかと思うと、一番正しい答えが分からなくなる。裏切り者気質がこんなところで仇となるとは。


俺たちが取った宿ではなくて、ケイはもっと小ぢんまりとした宿を取っていた。ケイは俺を部屋に招き入れるてマントを脱がせると、ストーブをたいて座るように促す。

「フラノールで有名なコーヒー豆を買ったの。コーヒーでいい?」
「あぁ」

ケイは俺に温かいコーヒーを手渡すと、俺の隣りにそっと腰掛けた。

「旅は順調?」
「まぁまぁだな〜もうみんな俺さまの扱いひどすぎ」
「ふふ、いつも通りね。でもまさかフラノールで会えるだなんて」
「ケイちゃんは何しに来てたわけ?」
「親戚に会いに来たの。母がなくなってからろくに顔も見せてなかったから、たまにはって」
「なるほど。で、いつ帰るんだ?」
「おとといから来てるから、今夜には帰るつもり」
「え〜俺さまと朝までイチャイチャしないわけ?」
「相変わらず変態なのね」

呆れたように言いながら、ケイはコーヒーをすすった。そしてしばしの沈黙。

その沈黙を破ったのはケイだった。

「あ、そうだ。はいゼロス」
「んー?なんだこれ」
「プレゼント」
「へ」

差し出されたのはさっきの小洒落た紙袋で、中を空けたら空色のマフラーが入っていた。もちろん男性用である。

「ゼロスは雪が嫌いだってセバスチャンさんに前に聞いたから。フラノールの防寒具はオシャレで機能性が高いの」
「…」
「だからフラノールへ来たときに買っておいてメルトキオで渡そうと思ってたんだけど、まさかフラノールで渡せちゃうなんて」
「…」
「…ゼロス?」

すっかり固まってしまった俺を見て不安になったのか、ケイはそっと俺の顔をのぞき見た。

「…気に、入らなかった?」
「…」
「…ごめんなさい、私ゼロスの好きな色とか知らなくて―――ってきゃあ!」

なんだか何も言えなくなって、マフラーごとケイを抱きしめた。突然のことに抵抗も出来なかったらしいケイは、すっぽりと俺の腕の中に納まっている。

「…ありがとな」
「…気に入ってくれた?」
「あぁ、すっげぇ嬉しい」
「良かった」

抱きしめる腕に力を込めると、ケイもそっと俺の背中に腕を回して、優しく俺を抱きしめた。それはまるで俺の不安も全部受け止めてくれるみたいで、温もりに満ちていた。ケイからの初めてのプレゼントというだけでニヤけが止まらない。

「まさかケイちゃんからプレゼント貰っちまう日が来るとはな〜」
「あら、いらないなら返してくれたっていいのよ」
「それはヤダ」
「わがままね」

くすくすとケイは笑う。
抱き合ったままで、恋人でもない2人の恋人のような会話。なんだかメルトキオの日常が戻ってきたみたいで、一気に安心感が込み上げる。俺は結局、ケイがいないとどんどんダメになっていくらしい。抱きしめただけであっさり満たされる心は確かにここにあるのに、まだ決意が揺らぐ。

「…ねぇゼロス」
「なんだいハニー」
「…どこへ行ってもハニー呼ばわりなのね」
「当然だろ」
「…ま、いいわ」
「で、なによ〜ケイちゃん」
「…あのね」

そこで一端言葉を置いて、ケイはゆっくりと体を話して俺を見上げる。真っ直ぐで綺麗な目と俺の目が合った。

「…ちゃんと指輪、嵌めてくれる?」
「…は?」
「私の指にピッタリの指輪、嵌めてくれるの?」
「それは―――」
「…迷ってるのね」

ムッとした顔でケイは言う。旅のせいで自分のことをほったらかしにしている上に、女好きでふらふらしている俺の言葉を、まだ期待してくれていたのだろうか。

「信じて待ってるのに、ゼロスのこと」
「…俺は…」
「…なんていうから、重荷になっちゃうのよね?」
「え?」

ムッとしたケイはいなくなって、優しい顔で俺を見上げるケイがいた。

「人を信じるってとっても大変なことだと思うの。それと同じくらい、信じてもらうって大変なことだと思う。そして信じ続けることや信じてもらい続けることは、もっともっと大変なんだと思う」
「…」
「だからきっと、信じてもらえない生き方の方が本当はずっと気楽で、簡単なんだと思うの」
「ケイ…」
「でもね、本当につらいときに一緒に泣いたり、一緒に笑ったりできるのは、信じてくれる人と信じられる人だけなんじゃないかしら。大切なものがたくさん重なってしまって時々重荷になってしまうことはあるけれど、ゼロスが大切に思い続ける限り、それらはあなたを裏切らない」
「…俺は、俺が…俺が裏切ることだってあるだろ」
「そんなことない、ゼロスは私を裏切ったことはないでしょう?ゼロスの優しさは不器用だからほんの少し伝わりにくいだけ。伝わらないから受け入れてもらえないと思ってしまって、自分が傷付く選択をあなたはしてしまうだけなの。どうせ受け入れてもらえないからって、そう言って諦めてしまうことが裏切りよ。ちゃんと最後にはその優しさは伝わるから、だから諦めないで」
「…」
「そんな悲しい顔しないで、笑って」

そう言って微笑んだケイは、女神か菩薩かなにかだろうか。あぁくそ、泣きそうだ。

俺はケイの細い肩に顔をうずめて、もう一度彼女を抱きしめた。

「ズルいな〜ケイちゃん」
「はいはい、嬉しいわありがとう」
「褒めてないって」

ケイの細い指が俺の髪を撫でる。
言葉が、温もりが、いちいち俺に染みてきて、胸の奥の方で揺らいでた決意もあっさり固まる。久々のケイの香りが、ここにいてもいいと感じさせてくれたみたいだ。

「はー俺さまのハニーは最高にイイ女だな」
「ハニーじゃないってば」
「…まだ、な」
「そう、まだ、ね」
「楽しみだな〜ケイちゃんが俺さまのハニーになる日」
「あと何十年後かしら」
「…そんな先でも待っててくれるわけ?」
「バカね」

待ってるわよ。

そんな小さな声が腕の中から聞こえてきた。ケイを抱きしめる腕に自然と力が篭る。ケイは苦しむ様子もなく、俺の背中に腕を回してポンポンと優しく叩いた。それだけで簡単に俺のまぶたが染みていく。ケイはもちろん、見てみぬフリだ。

「…ケイ」
「なあに?」

本当の愛の言葉は、もう少し先までとっておこう。

「…ありがとう」
「…どういたしまして」

そしてケイが帰るそのときまで、俺たちは抱きしめあった。



かけがえのない温もり
(空色のマフラーと行こう、信じるために)

2015.03.31

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