気味の悪い色の空が世界を覆う中、ようやく俺たちはミトスを倒した。無駄に長い道のりだったなと思う。

まだ苗の状態ではあるが、無事大樹は復活した。世界を統合してあるべき姿に戻すというロイドの理想は現実となって、無事テセアラとシルヴァラントはひとつになった。

もちろん、世界が統合したからといってこれで終わるわけがなく、今まで交流のなかったテセアラとシルヴァラントが突然くっついちまったこの状況への理解を、今後世界中から得なければならないってんだから大変な話だ。

でもまぁ、結果的にはこれでよかったんだと思う。そう思えるから、あのときこいつらを信じたことは正解だった。

それもこれも、ケイのおかげだ。



まだ世界の状況についていけてない人間で溢れかえっているメルトキオにようやく帰ってきた俺は、真っ先にケイのところへ行こうと思って、やめた。全部終わったら会いにいくと決めたんだ。まだ全部おわりじゃない。

まずは国王のところに出向いて教皇の行いに文句つけてから、元シルヴァラント領に和平の使者を送らせる。まぁ、しいなあたりでいいだろ、因縁もあるだろうし。

マーテル教会が残っている限り神子の権限は残されている。今になって思えば、神子も悪いばかりじゃない。セレスは無事に修道院から出してやれそうだし、ゆっくりうまくやっていけそうだ。

これが全部終わったら、やっとケイに会いにいける。約束していた指輪は、まだちゃんと綺麗なままでここにある。その瞬間だけを胸に、俺はやるべきことをひたすらこなすのだった。







そして国王との交渉も終わり、まだまだ課題は山積みだが、とりあえず一段落だ。俺は疲れた体をなんとか持ち上げて、城を出て街に向かう。

日が傾きかけた空は、赤と青が混さりあってなんだか綺麗だ。いつもの広場までのんびりと、だけど期待を胸に歩いていると、いつものベンチでいつものように本を読みながら座っている彼女の姿。この日をどれだけ待ちわびたことか。ニヤける顔はおさまらない。

ふと、本から視線を上げた彼女と目が合う。何もかもすべて分かっていたかのように、彼女は優しく微笑むと本を閉じた。今すぐ駆け出したいのになぜだか足はゆっくりと進んでいく。

後3歩で届きそうだというときに、彼女は座ったままで大きく腕を広げて、いつになく無邪気に笑った。おいで、ということなのだろう。俺はたまらなくなって一気に3歩の距離を縮めると、ベンチに座ったままの彼女を抱きかかえるようにして力いっぱい抱きしめた。

「―――おかえりゼロス」
「…ただいま、ケイ」

ケイ、ケイだ。
間違うわけがない温もりに顔は綻ぶばかりで、きっとどうしようもなくだらしない顔をしているんだろうなと思う。

「思ったよりずっと早かったのね?」

からかうように言ったつもりだろうが、その言葉が思ったより弾んでいて、残念なことに嬉しくなってしまったのは俺だ。

「寂しがってるだろうと思ってさっさと終わらせてきたんだぜ俺さま。褒めてくれるだろ?」
「そうね、よく頑張りました」
「それだけ?」
「…待ってたよゼロス」

そう言ってぎゅっと背中にしがみつくケイがたまらなく愛おしくて、抱きしめたまま綺麗な青い髪をなでる。

「…寂しかった?」
「…どうだと思う?」
「そうだと嬉しい」
「じゃあ喜んでいいわよ」

ケイは腕の中でくすくすと笑う。えらそうに言ってるくせに、自分だって十分嬉しそうじゃないか。

「いや〜俺さま大喜び」
「嘘くさい」
「ほんとだって」

俺がそう言うと、ケイの腕の力が緩められる。そっと体を離すと、ケイは俺の左手を取って、薬指に指輪を嵌めた。あの日ケイに渡した俺の指輪が、左手できらきらと輝いている。

指輪を嵌めたあと、ケイは笑顔で左手を差し出した。はやく嵌めろ、といわんばかりに。

「…ゼロスからの預かり物は返しちゃったから、私もう待ってあげられないわ」

本当は俺よりもずっと、ケイの方がつらかったのかもしれない。待たされる側は、ただずっと相手を信じて待ち続けることしかできないのだから。たとえ何年でも何十年でも、ケイは待つと言ってくれた。彼女のその覚悟は、俺なんかじゃきっと計り知れない。

「…じゃ、俺さまもさっさとあげるものあげちゃいますか」

差し出されたケイの左手の薬指に、そっと指輪を嵌める。俺と同じ指輪がケイの薬指で輝いている。

「…どう?今の気分」
「そうね、どうして私の指のサイズを知ってたのか不思議だわ」
「俺さまケイちゃんのことは知り尽くしてるからな〜」
「…じゃあ、この先もう知っていく必要はない?」

小首をかしげて少しだけ不安そうにそんなことを聞くもんだから、やっぱりケイは俺に期待してたんだなと改めて思い知る。絶対に自分からは言わないつもりだということが分かって、なんだか笑えた。強がりで素直じゃない、だけど世界で一番俺の心を掴んで離さない、たった一人の存在。

「…ただ残念なことに、俺さまにも知らないケイちゃんの姿があるんです」
「…あら、どんな私かしら」
「それは―――」

指輪を嵌めた手でそっとケイの頬に触れた。綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。そして、今までで一番真面目な声で、ずっと堪えていた言葉をようやく口にした。

「俺だけのケイになって」
「…」
「俺はまだ、恋人になったケイの姿を知らない」
「…予想と違ったりして後悔しない?」
「こんなにケイにべた惚れなのにまだ疑う?」
「…浮気もナンパも女遊びも禁止よ?」
「その分ケイに愛してもらうから問題ないな」
「…ゼロス」
「ん?」
「キス、して」

それがケイなりの精一杯の答えだということはすぐに分かった。あれだけ恋人じゃないという理由でキスを拒まれていたんだから、このセリフがどういう意味か分からないわけがない。きっとケイはケイなりに、気持ちを必死に抑えていたんだろうということが伝わってきて、痛いほど胸が締め付けられた。

俺は答えるより早く、ケイの望みを叶えてやった。なんとなく触れるだけのキスとは呼べないようなものではなくて、ちゃんと愛に満ちたキス。唇を塞ぐだけの長いキスの後、ゆっくりと顔を遠ざけると、顔を赤らめて、だけど幸せそうに一筋だけ涙を流すケイがすぐ目の前にいたもんだから、そんな可愛い顔を見せられてこれで終われるわけがない。

「悪い、もう一回」

今度は塞ぐだけのキスじゃなくて、もっと深くて甘いキス。広場だろうが公衆の面前だろうが、そんなもの今は関係ない。一生懸命に受け止めるケイがたまらなく可愛い。

深く長いキスのあと、ようやく唇を離せば、ケイは泣いていた。完全に生理的に流れた涙だと思ったときにはもう遅い。ケイは拗ねた口調で言った。

「…こんなとこでなんてことするのよバカ」
「いやぁ可愛くてつい」

苦笑しながらケイの涙を拭ってやれば、ケイはムッと俺を睨みつける。そんなところも可愛いと思ってしまうんだから、俺はもう病気なんだと思う。

「でもキスしてっていったのはケイだぜ?」
「あんなの求めてない」
「まぁいいじゃねーの。もうケイが俺さまのってことはよーく分かったし」

クククッと笑えば、ケイは拗ねたまま俺の胸に顔をうずめた。珍しく形勢逆転したためか、幸福感だけでなく支配欲も埋め尽くされて、ただただ顔がニヤける。

「ケイ」
「なに」
「顔上げろって」

そう言えばケイはしぶしぶ綺麗な顔を俺に向ける。大切な言葉を、まだちゃんと、伝えられていない。

「大事なこと言い忘れてた」
「なによ」

ケイの額に自分の額をそっと重ね合わせて、言った。

「待っててくれてありがとな」
「…」
「愛してる」

すると不機嫌な顔はどこへやら、ケイはふっと笑って言った。

「私も言い忘れてたことがあったわ」
「ん〜なになに?」
「迎えに来てくれてありがとう。それから―――」

すぐそこにあったケイの顔が近付いて来たかと、思ったら、ケイは迷うことなく俺の唇を塞いで、そしてこう言った。

「愛してるよゼロス」



紫の空の下で愛を
(赤と青は混ざり合って、ようやくひとつになった)

2015.04.01

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