一角-1
「うるっさいわねこのハゲ!丸ハゲ!つるっぱげ!」
「あァ!?なんだとこの男女!ドブス!」

今日もまた繰り返される、蓮華との喧嘩。今日は稽古してた蓮華に俺が突っかかってったのが原因。

…まぁ、基本的に全部原因は俺からだったりする。

ほら、なんだ、好きな女はいじめたくなるっての、あるだろ。俺はいつだってそんな感じだ。

「またやってるのかい?懲りないね、二人とも」
「「弓親は黙ってろ!」」
「あー怖い怖い」

流魂街で出会ったときから、いつもこんな感じの俺たち。事ある毎にすぐに口喧嘩で、死神になってからはこうやって体張った喧嘩が増えた。男みてぇにサバサバしてるこいつのことだから、なんやかんやとこの喧嘩を心の中では楽しんでるんだろうと思う。でもまさか、俺が蓮華に惚れてるなんてことは、微塵も思っちゃいねぇと思うがな。

「けっ!テメーはほんっとに可愛くねえな!女のくせに!」

そう言って、後悔する。
あぁクソッ、また思ってもないことを口走っちまった。

誰よりも女らしいところがあるのはちゃんと知ってるのに、俺はいつもこんなセリフを蓮華に向ける。そしたらお前はもちろん怒るんだ、当然だよな。火に油を注いでるようなもんだからな。

「はぁぁ!?女のくせにぃぃ!?ナメてんじゃないわよ髪の毛も生えない頭のくせに!アンタだって別にかっこよくないでしょ!」
「これはわざとだよ!わ・ざ・と!別に生えねぇわけじゃねえっつの!大体テメーみてぇなブスにかっこいいって思われたくもねーよ!」
「なによ!かっこよくもない男がそうやって吼えると尚更醜く見えるわよ!マジ醜い!ちょー醜い!!」
「弓親みてぇな言い方すんなよ!おめーみてぇなのが女なんて本気で信じられねぇ!!」
「はっ、関係ない弓親の名前だして責任転嫁?哀れ極まりないわねハゲ!アンタみたいなのが男だってのがむしろ嘘みたい!!」
「誰がいつ責任転嫁したよ!?誰が!!」
「アンタだっつってんでしょ!!人の話くらいちゃんと聞け!!」

今日もひたすら、売り言葉に買い言葉。言ってる内容なんて、喧嘩の発端とは全然違うことばっかりだ。あぁアホくせぇ、そう思いながらも、俺はこの喧嘩をやめられない。今まで俺たちが築いてきた歴史の上に成り立ってるこの関係が、どうしても壊せねぇ。本当はこのもう一歩先に進みたいのに、自分で思ってるよりも臆病者の俺は、結局この関係に甘えちまう。

なんていうかな、家族みてぇなんだ。
多分、蓮華もそう思ってる。

居心地はいいし、気も使わねぇからそりゃ楽だ。言いたいことも思ってることも、なんだって言い合える。だけど、本音は、いつも言えないままの関係。うわべとかじゃねぇけど、本音が言えないくらいにしっかりと成り立ってしまってるこの関係が、いつも憎らしくて悔しい。

そんなことを考えてたら、つい加減するのを忘れちまった。俺が気付いたときにはもう遅くて、俺は思わず蓮華の右腕に一発食らわせちまった。

―――あぁ畜生、またやっちまった。

心の中で自分に悪態をつく。蓮華に一番怪我をさせてるのは、多分間違いなく俺だ。なのに蓮華は一度も俺を責めたことはない。次の日になれば、傷のことになんて触れることなく、けろっとまた笑ってやがる。

そんな蓮華の後を引かない性格に惹かれたのは、初めて会ったあの日に一目惚れしてからすぐのことだった。

一目惚れだからそのうち飽きるだろうと心の奥底では思ってたのに、コイツはあっさりと一目惚れの領域を飛び越えて俺の心に踏み込んだ。花みたいな笑い顔は昔から変わらず綺麗だし、気が強くていつも張り合ってくるとこも相変わらず。そんな強気なくせして、その中に凛とした可憐さを秘めながら、それを決して表に出さない、素直じゃないところ。蓮華の全部がいちいち俺をくすぶって、まるで自分じゃいられなくなる。だから俺は俺を保っているために、コイツに可愛くないだのなんだの言っちまうんだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ…は……ッチ」

舌打ちしたのは、怪我させちまうような自分の弱さが情けなくて。

「ちょっと一角…何舌打ちしてんのよ…ナメてんの?」
「はん、先に息が上がり始めたくせに…偉そうな口きくじゃねぇか」
「舌打ちするってことは、自分の方が押されてるってことを認めてるのよね?はっ、よっわーい、三席のくせに」
「あァ!?俺より下の分際でほざくんじゃねぇよ!」
「ひとつしか違わないじゃない!!」
「ひとつでも下は下だろ!!」

まるで餓鬼の言い合いみてぇな次元の口喧嘩。十一番隊じゃ、もうすっかり見慣れた俺たちの光景だが、ひとりだけ、冷めた目で俺を見てくるヤツがいる。ふと視線をよこしてソイツの姿を確認すると、今日もやっぱり冷めた目線。

視線を送ってくるのは、呆れたように俺を見て溜め息をつく弓親。

弓親は俺の蓮華への想いを知る、付き合いの長い悪友だ。いつも俺が蓮華に酷い言葉を使うたび、こうして冷めた視線を送ってくる。毎回弓親には、そういう言い方はやめろと言われるんだが、もう自然と口に出てきちまう。頭ではやめなきゃいけねぇと分かってるのに、ついぽろっと出てくる言葉は、いっつも蓮華を傷つけちまうような言葉ばっかりだ。

弓親は俺を見て呆れたのか、さっさと道場を出て行っちまった。最近弓親と二人で行われている、蓮華の内容ばっかり話す定例の飲み会があるのは、今夜だ。そのとき、また散々ぼろ雑巾のような言葉をかけられるんだろうな、ということが読めてしまって、気が重くなる。

そして今日の喧嘩は、二人の体力切れで幕引きとなった。

「あー疲れた!」

そう言ってごろんと寝転がる蓮華。俺も一緒に寝転がる。ふと蓮華を見ると、額を伝う汗とか、切らした息とか、なんかそういうのがいちいち色っぽくて。そしたらまた、素直になれない俺は思ってもないことを口走るのだ。

「…蓮華、毎回思うんだけどよ、お前ほんっとに女じゃねえな」
「なにが」
「全部」
「全部じゃ分かんないでしょ」
「女のくせに俺とここまで本気で張り合って、やっと体力切れたのが今だぞ?女じゃなくてバケモンだ」
「なんですってー!?」

今のはあまりにも最低だ。
売り言葉に買い言葉だとかいうが、いくらなんでも惚れた女にバケモンはねぇだろ俺!アホ!死ね!

むしろ今蓮華はなんも買い言葉なんて言ってなかったじゃねぇか!
照れ隠しなんかじゃすまねぇぞ今のは!!

蓮華が俺に殴りかかろうとしてきたので、俺はひょいっとよけて立ち上がる。
そして逃げるように道場を出た。

「あ、ちょっとコラ!一角!待ちなさいよ!」
「今から弓親と飲みに行くんだよ!じゃあな!」
「もう!」

それだけ言い残し、俺は道場を後にする。そして先に弓親が待っているであろう飲み屋に向かって走った。夕焼けが俺を馬鹿にしている気分になって、俺はいたたまれない気持ちになった。








「…ほんと、馬鹿だね一角」
「いや、まぁそりゃ分かっちゃいるがよ…」
「一角がいちいち余計なことしなかったら喧嘩にだってならないし、素直に優しくしてあげたら蓮華だってきっと喜ぶのに」
「だからっ、分かっちゃいるんだって!」
「じゃあどうして優しく出来ないのさ?」
「それはだな、その…」

冷めた目で弓親に言われ、俺は言い返せなくなる。今日の飲み会も、反省会どころか、ただの弓親の文句大会だ。

「今日は何を言ったかなー。確か、男女、ドブス、可愛くない…あ、もう一回ブスって言ってたね」
「ぐっ…」

いちいちこういうのを数えて、しかも覚えていやがるからこいつは厄介だ。

「あと酷かったのは、お前みたいなのが女だなんて信じられない、だっけ?じゃあなんで毎日毎日必死で姿を追うくらい好きなの。答えてごらんよ一角」
「ぐぐぐ…っ」

わなわなと震える俺。そのまま何も言い返せないでいる俺を見て、弓親はハアッと溜め息をついた。ま、普通なら俺みたいなのはすでに見放してるだろうけど、なんやかんやとこいつは俺に付き合ってくれる。それだけ俺の長年の恋を支えてくれてるんだから、やっぱりいいやつだ。いいやつなんだけどよ、その分いちいちキツイことを、こう、言ってくるわけだ。

「一角、蓮華はあぁ見えて結構モテるんだよ?」
「わーってるよ」
「背が高くてスタイルも良くて美人で強い。口は悪いけど、何より優しいしね。あぁ見えて料理上手だし。それにあの笑顔で話しかけられたら、そこらの男はイチコロだよ」
「…」
「十一番隊だけじゃなくて、他の隊からも人気なのは知ってるだろう?」
「…知ってるに決まってんだろ、そんなもん」
「それだけライバルが多いってこと。いつまでもこんなにうかうかしてたら、本当に誰かに蓮華取られるよ?」
「っ、それはダメだ!」
「じゃあさっさと告白しなって。早く手打っとかないと危ないってこと、ちゃんと自覚してる?」
「そりゃぁ分かってんだ!…でもよ、アイツ、俺のことそんな目で見てねぇし…」
「…そんな気持ちじゃ話にならないよ一角」

突き放すように弓親は言った。

「そんな目で見られてないんなら、そんな目で見られるように努力しなよ。そのために今一生懸命僕が助言してあげてるのに」
「分かってる!…感謝もしてる」
「告白できないなら告白できる雰囲気になるまで必死に踏ん張ればいいじゃないか。最初からそうやって諦めてる一角には、何言ったって無駄に感じるよ」
「…そうだな、すまねぇ」
「すまないと思うなら、せめてもうちょっと優しくなってあげなよ。今日の右腕の怪我のことも、まだ謝ってないんだろ、どうせ」
「!」
「ほら図星」

そう言って弓親は俺の額に豪快にデコピンした。たまらなく鈍い音が響いて、俺は額を押さえて机に突っ伏す。手加減も容赦もない不意打ちのデコピンは、俺の体にも心にも、悲しいくらいによく沁みる。

「蓮華も蓮華で強がるからね、きっとまた治療しないままだよ。また一角が蓮華の綺麗な肌を傷物にしちゃったわけだ」
「そ、それは…」
「あーみっともない。好きな女の子はいじめたくなるって言うけど、これじゃ単なる暴力だね」
「…」

また何も言えなくなる。
畜生、悔しい。
俺が机に突っ伏したままそう思っていると、弓親の声がふと優しくなった。

「…どう?ここまで言われて返す言葉も見つからないって、悔しいだろう?」

まさに思っていたことを言い当てられて、余計に悔しくなる。思わず弓親を睨み上げると、弓親はくすくすと笑って言った。

「明日ちゃんと謝ってあげなよ、蓮華に。そろそろそれくらい進んだらどうだい?一角」
「…あぁ、そうする」
「こういうのは男がバシッと決めてあげなきゃね」
「そうだな……よし!明日の目標は蓮華に謝る!これでいくぜ!」
「…ま、その目標とやらを達成できたことは今まで一度だってないけどね」
「そ、それを言うな!」
「そうだ、謝れたら四番隊に連れてってあげなよ。どうせ一日やそこらで治るような怪我でもないだろうし。四番隊デートも悪くないんじゃないかい?」
「で、でで、デート!?」
「なんだよ、二人で飲みに行けるんだから、二人に四番隊行くくらい、わけないだろ」
「で、でもよ!で、デートって…」
「…そんなに気負うくらいなら、蓮華を四番隊まで連れてくって感覚でいいんじゃない?あの子強がって行きたがらないと思うし」
「そ、そうだな!おっしゃ!やってやろうじゃねぇか!!」
「…ほんと、さっさと引っ付いてよね、面倒だから」

明日は蓮華にちゃんと謝ってやろう。そう決意しながら、俺はその日を終えた。


prev next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -