ヒロイン-6
「結局あの子たち、付き合っても何にも変わんないのね」

十一番隊の縁側で茶を飲みながら、乱菊さんがちょっとつまらなさそうに言った。俺も同じく茶を飲みながら、その意見に賛同する。

「そうですね、もうちょっと喧嘩が減るもんだと思ってました。」

そう言って頷くと、綾瀬川が隣でくすくすと笑う。

「いや、それが意外と、そうでもないんだよね」
「どういうことよ?」
「ま、見てれば分かるよ」

綾瀬川は真っ直ぐに、騒ぎあう例の二人を見る。俺と乱菊さんも、綾瀬川の動きを追うように二人を見つめた。俺たちの目の前には、随分俺たち三人を振り回してくれた、迷惑なカップルが一組。

「ちょっと!だからなんで毎回毎回あたしの分のお茶は淹れてくれないわけ!?」
「知るかよンなこと!」
「知るかよじゃないでしょ!弓親と檜佐木さんと乱菊さんと、それからアンタの分はあるくせに、なんであたしのがないのよ一角!」
「弓親と檜佐木と松本と俺!それで作った分がなくなっちまったんだから仕方ねぇだろ!文句あんならテメーで入れろよ蓮華!」
「はぁ!?それなら新しく淹れなおしてくれたっていいんじゃないのかなあ!?普通はそうじゃないのかなあ!?」
「だからそれをテメーでやれっつってんだろ!?甘えんなよバーカ!甘えんなよブース!」
「ハゲにブスって言われたくないわよ!大体ねぇ、普通はアンタが今まさに飲もうとしてるそのお茶を、彼女であるあたしに渡すべきなんじゃないの!?」
「ブスにハゲって言われたかねぇよ!つーか彼女だからってそこまでしてやる必要ねぇし!」
「なによ!アンタ自分の彼女にそこまで言う!?サイッテー!もうサイッテー!!」
「おうおうそうかよ最低かよ!じゃあなんだ、別れるか!?あァ!?」

斑目がそう言った瞬間、綾瀬川が楽しそうに言った。

「おっ、きたきた」
「なによ?なんなの弓親」
「だから見てれば分かるんだって。僕、ここからの展開に最近ハマってるんだ」

綾瀬川の言うとおり、俺たちは迷惑な二人を見つめる。斑目は言った側から慌てたように口を塞いで、神風はみるみるうちに泣きそうな顔になる。それを見た綾瀬川が、ボソッと補足を加えた。

「最近の口喧嘩、絶対カッとなった一角が別れるって言い出すんだよね。で、面白いのはここから」

なるほど、そういうことか。これは付き合う前の口喧嘩にはなかった光景だ。俺は綾瀬川の言葉を聞いて、再び二人を見る。

「…なに、別れんの?」
「ばっ、別にっ、別れねぇよ!」
「だって別れるって言ったじゃない!」
「オメーが最低だのなんだの言うからだろ!」
「それだけで別れるとか言えちゃうんだ!へーそう!そうなんだ!いいよ!じゃあ別れればいいんでしょ!さよーなら!!」

そう言って今にも泣き出しそうになりながら、その場を離れようとする神風。斑目は慌ててそんな神風の腕を掴んで引き止める。

「っ、待てよ!」
「なによ!」
「勝手に別れた気になってんじゃねぇよ!」
「だってそっちが先に言い出したんでしょ!引き止めないでよ!!」
「馬鹿かオメーは!?好きな女が離れて行こうとしてんのに引き止めねぇでどうすんだよ!!」

斑目がそう叫んだ瞬間、神風の顔が一気に赤く染まる。おーおー、お熱いこった。

「な、なによ、」
「だ…だからっ!俺はお前が好きだから離れんなっつったんだ!分かったか!!」
「…っ、」
「…だ、黙んなよ!返事は!?」
「…分かったわよ、側にいればいいんでしょ」
「おうおうそうだよ!テメーは黙って俺の側にいりゃいいんだよ!勝手に離れてってんじゃねぇぞ!」
「わ、分かったって言ってるでしょ!離れろっつっても離れてやんないわよ!」
「あぁそうだなそうしてくれ!ヤドカリの宿ってる方くらいべったりしてろ!」
「はっ、アンタ馬鹿ねぇ。ヤドカリって自分の棲み処ころころ変えるのよ?知らないの?」
「!!!」
「……ま、まぁあたしは別に、変えないけどねっ」

そう言って顔を赤らめながらぶいっとそっぽを向く神風。そんな神風を見て、斑目も赤くなる。

「ば、馬鹿!…ンな可愛いこと言ってんじゃねぇよ」
「か、可愛くないし!…じ、事実なんだから、別にいいでしょ」

ちらちらとお互いを見詰め合っては、目が合うと、逸らす。

「…な、なによ、言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ」
「…オメーこそどうなんだよ」
「あ、あたしは、別に……なんか、幸せだなーって」
「…そうか、俺もだ」

そしてようやく見詰め合う。少しの間の後、神風が言った。

「…あたし、自分でお茶、淹れてくる」
「…俺も行く」
「いいよ、自分でやるから」
「じゃあ手伝う」
「…なら、勝手にどうぞ?」
「あぁ勝手にするよ」

そう言って、手を繋いだまま給湯室に入っていく二人。俺たちは黙ってそれを、ただ呆然と見つめていた。

「…なんなのこの茶番」

しばしの沈黙の後、白けた様子で乱菊さんが言った。

間違いない、間違いなくただの茶番です乱菊さん。

俺が心の中で呟いていると、ぷっと綾瀬川が吹きだした。どうやら今まで笑いを堪えていたらしく、せんべいをかじりながらケタケタと笑った。

「いやーあほくさいっ!ほんっとあほくさいっ!」
「ねぇ弓親、あれのどこが面白いのよ。ただの面倒なバカップルじゃない」
「分かってないなぁ乱菊さんは、もっと冷静に考えてよ。そしたらシュールで面白いから」

そう言って綾瀬川は、今までの経緯を淡々と分かりやすく分析し始めた。

「ここは十一番隊の稽古場なのに、こんなところであんなに大きな声でカップルが口喧嘩。喧嘩の発端はお茶を淹れたか淹れてないかなのに、それが別れるか別れないかまで発展。そしたら喧嘩の途中で外にまで響くくらい好きだと叫んで、結果だんだんと甘い雰囲気。別れる話のはずがヤドカリの話になり、俺から離れるないいえ私は離れないと言い合って、気付けば二人とも幸せに。最終的には、二人仲良く手を繋いで、お茶を淹れに行くっていうハッピーエンド。そして二人は二人の世界へ」

確かに冷静に分析するとものすごくシュールだが、おもしろいかと言われれば、そうでもない。

「今日の例えはヤドカリだったけど、その前の例えも面白かったなあ。座布団だったり、鼻毛だったり」
「…付き合う前の喧嘩の方が、サッパリしてて良かったんじゃない?」
「乱菊さん、俺もそう思います…」
「まぁそう言わないで。付き合うようになってから、蓮華は怪我することもなくなったし、以前にも増して美しくなったし、一角も随分素直で優しい男になったし」

確かに、二人で仲良くしているところは、以前よりも多く見かけるようになった。

「ああやってあの二人なりにちょっとずつ成長してるのさ。あんな感じで何とかうまくやってるんだから、僕らはどんなにあほくさいことでも楽しむくらいが丁度いいんだよ。そうやって見守ってあげるべきじゃない?」

綾瀬川が笑う。すると乱菊さんも呆れたように、だけど嬉しそうに笑うもんだから、俺もつられて笑った。

「そうね、ああやってまた遠回りしながら、ゆっくり二人で大人になればいいのよね。あの二人はそういうのがお似合いだわ」
「…そうですね。ま、遠回りしすぎですけどね、あいつらは」

いろいろ言いながらも、俺たちは心から二人を祝福してる。不器用で素直じゃない二人が、ようやく辿り着いた場所で、俺たちも今まで通り笑っててやりたい。

そんな会話の後、給湯室から仲良く出てきた二人。神風に指示されたのであろう、斑目はお盆の上に新しい五人分のお茶を乗せて、それを持って来た。神風はというと、そんな斑目の死覇装の裾を少し掴んで、斑目を見上げて、笑っている。

そんな二人を微笑ましく思いながら、俺たちは笑顔で二人を迎えた。



あまのじゃくフレンズ
(そう、これが僕らの在り方)


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