07
ようやく近づけたとき、




片恋の空:07




腕を治療してもらってからしばらく四番隊で休んでいると、一角さんが迎えにきてくれた。腕のことを気にしてる様子だったから、心配をかけないように笑顔で迎える。そしたらまたいつもみたいに、顔を赤くして慌てた。面白い人だな、と思う。いつの間にか、一角さんに対する恐怖心や警戒心はなくなっていた。

帰るとき、一角さんは卯ノ花隊長に叱られていた。いくら十一番隊とはいえ、女の子の新人隊員にする稽古のつけ方じゃないです、って。あからさまに落ち込んでしまった一角さんを元気付けるために、帰り道、すっかりよくなった腕を一生懸命ふるってみせた。一角さんは薄く笑いながら、あたしの頭をぽんっと叩く。

「…悪かったな。痛かっただろ」
「だいじょうぶですって!ほら、もう全然平気だし…」
「…ありがとよ」

くしゃくしゃとあたしの頭を撫で回す一角さん。長い髪が絡まってぼさぼさだ。

「わ、一角さん!ぼさぼさになりますって!」
「へっ、いいじゃねぇか別に」
「よくないですよ!もう!」

一角さんの手を払いのけて、ぐしゃっとなってしまった髪を手ぐしで整える。髪の毛はそれなりに綺麗な方なので、絡まることなく綺麗に解けていってくれる。自分の中で唯一自慢できる部分があるとしたら、この髪の毛くらいじゃないだろうか。

一角さんが大人しくなったのでふと見ると、ぽかんとあたしを身下ろしていた。不思議に思って声をかける。

「…一角さん?」
「へ、あ、いや、」
「どうかしました?」
「べ、別に」
「? そうですか」

変なの、と心の中で呟きながら、あたしはふと思い出して一角さんに聞いた。

「あ、ところで一角さん」
「あん?」
「書類の件で他の隊に文句言って回ったって聞いたんですけど…本当ですか?」

聞けば一角さんの表情が焦ったように強張る。

「…誰に聞いた?」
「誰にって…別にそんなのいいじゃないですか。あたし、それが本当かどうか知りたいんです」
「……どうせ弓親あたりだろ。ったくあの野郎…」

チッと舌打ちする一角さん。聞いちゃいけなかったのかな、と少し聞いたことを後悔した。でも一角さんはちゃんと答えてくれた。

「…自分のとこの隊員がそんな風に言われたんだ、ほっとけるかよ」
「で、でも一角さん、書類のこと、そんなことって言ってたから…」
「書類どうこうはそんなことだ。だけどそれで文句言われてるっていう事実は別だろーが」
「一角さん…」

なんやかんやと言ってくるけれど、やっぱり優しい人なんだ。あたしはなんだか嬉しくなって、顔が綻んだ。自分でも情けない程緩んだ顔をしていたと思う。だけどそれくらい、嬉しかった。そうやって思ってくれる人がいる隊で、本当によかった。

「ありがとう、一角さん」

緩みきった情けない顔でそういえば、一角さんの顔がまたみるみるうちに赤くなる。そして口元を手で覆って、そっぽ向きながら言った。

「……ンな顔でみるんじゃねぇよ」
「へぁ、あ、ごめんなさい。嬉しくってつい、情けない顔しちゃいました」

えへへと笑って誤魔化せば、一角さんはちらっとあたしを見て、そしてまたそっぽを向いた。何かを呟いたように聞こえたので聞き返したけれど、なんでもないと言われてしまったのでその呟きは聞けなかった。

それからは特にお互い話をすることなく十一番隊に向かった。気まずい雰囲気ではなかったけれど、なんとなくなれない居心地の良さに困惑していたのは本当。十一番隊に到着すると、すぐに恋次が迎えてくれたので、思わず顔が綻ぶ。

「緋雪、大丈夫か?」
「うん、もう平気。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いや……ところで」

恋次がかかんで、あたしの耳元に顔を近づける。思わず心臓が跳ね上がり、うるさく騒ぎ出す。どうかこの心音が恋次に聞こえませんように…!

「一角さん、ちゃんとお前に謝ったか?」

小声でそう聞く恋次。どきどきを抑えながら、あたしはなるべく平常心を保ちながら答えた。

「う、うん。どうして?」
「あぁ、ならいい」

恋次は姿勢を戻す。どきどきから解放された安心感と、離れてしまった寂しさが同時に込み上げる。いつも心は複雑だ。

「あぁ、緋雪ちゃん、帰ってたんだね」

すると突然弓親さんが声をかけてきた。馴染んでいないあたしは、思わず背筋がしゃんとなる。

「あ、綾瀬川五席!お疲れ様です!」
「…噂どおり、お堅い子だねぇ」

溜め息混じりにそう言うと、弓親さんは笑顔で右手を差し出した。それを見つめるだけのあたしに向かって、笑顔で言う。

「弓親でいいよ」
「え、あの、」
「よろしくね、緋雪」
「…よ、よろしくお願いします…」

おずおずとその手を握り返すと、弓親さんは満足そうに笑った。聞いた話によると、鬼道に頼らないあたしの戦いと、負けず嫌いで真っ直ぐなところが気に入ったらしく、あたしを認めてくれたらしい。

こうして、あたしは十一番隊の席官たちとみるみるうちに仲良くなっていったのだ。

以来、相変わらず書類の製作を引き受けながら、空いた時間で鍛練、という日々が続くようになった。孤立していたあたしだったけれど、次第にみんなと打ち解けるようになり、いつしか十一番隊のアイドル、なんてとんでもない称号まで頂いてしまった。いつからか更木隊長もあたしに声をかけてくださるようになり、草鹿副隊長もあたしのことを『まえがみ』と呼んでくれるようになった。

…どうやらパッツンの前髪が印象的だったようで頂いたあだ名だったんだけれども、みんなに相当バカにされてしまったために、初めは随分抵抗があったのはここだけの話。

そして十一番隊としての在り方を覚え、任務も沢山もらえるようになった。いつかに一角さんに言われた、あたしは根っからの喧嘩好きという言葉も、なんとなく自覚するようにはなっていた。喧嘩や争いがない平和な時間も大好きだけれど、戦いの中に身をおいているとき、あたしは戦いに没頭するのだ。ただ必死なだけなんだけれど、きっと心の奥底では、本当はそうじゃないんだろうな。戦って必死になることで、あたしはいろんなことを考えずに済むんだ。

戦って自分が強くなっていくのが分かるたび、あたしは恋次に近付いた気がして嬉しくなる。でもその分恋次もどんどん強くなって、なかなかあたしたちの差は縮まらない。




そんな日常の、ある日のことだった。

あたしは突然更木隊長に呼び出され、なんだろうと思いながらも隊首室へ向かった。中に入ると、更木隊長、草鹿副隊長をはじめとする席官の方々が、ずらりと並んでいた。ぴりぴりとした空気に一瞬怯む。こんなに改まった、緊迫した空気はいつぶりだろうか。

あたしはそっと更木隊長の前に腰を下ろす。そして真っ直ぐに隊長を見つめた。隊長の肩の上で、草鹿副隊長はいつもよりにこにこと嬉しそうにしていた。

「緋雪」

更木隊長の凛とした声が響く。反射的に背筋がしゃんとなった。

「はい」
「俺はまどろっこしいのが嫌いなんだ。はっきり言うぜ」
「…はい」

ごくりと自分の生唾を飲む音が、妙にはっきり聞こえた。更木隊長とあたしの声だけが静寂の中を行き交って、空気が重い。見慣れた席官たちの顔も、いつになく真剣で、少しだけ、怖い。この空気に呑まれてしまわないように、あたしは懸命に気を張り巡らせる。

「お前を十一番隊の七席に任命する」

更木隊長はニッと笑った。あたしは思ってもいなかったことに思わずぽかんとしてしまう。

「異存はねぇな」
「え、いや、あの、」
「なんだ、はっきり言いやがれ」
「えと…あ、あたしが七席、ですか?」
「そうだ。何度も言わせるんじゃねぇ」
「し、しかし、先程までただの隊員だったあたしが突然七席だなんて……」

あたしはこのとき、正直とても混乱していた。まさか自分が席官の座をいただけるなんて、夢にも思っていなかったのだから。

「なんだ、いらねぇのか」
「い、いえ!そういうわけじゃなくて…」

うまく言葉にならなくて、あたしは思わず上体を浮かせる。今この気持ちをどうやって言葉にして表せばいいのだろう。

「だから、その…」

あたしは興奮して浮かせた上体をそっと戻し、改めて座りなおす。そして少し呼吸を整えて、言った。

「…ありがとうございます!これからもっともっと、頑張ります!」

床に手をつき、頭を下げてそう言った途端、周りから歓声が沸きあがった。思わず顔を上げて見渡せば、みんな嬉しそうに笑っている。更木隊長も、さっきよりずっと笑みを深くしてあたしを見ていた。草鹿副隊長は更木隊長の肩から飛び降りると、あたしの方にとことこと駆け寄って、あたしに抱きついた。それをしっかり抱きとめる。

「まえがみー!良かったねー!」
「く、草鹿副隊長…」
「これからいっぱい遊べるね!」

にっこり笑顔の副隊長。そしてあたしの肩をガッと強く抱く腕にぐらりとする。

「わ!い、一角さん!」
「良かったじゃねぇか緋雪。これでお前の夢にまた一歩近付いたってもんだ!」
「は、はい!」

そして呆れたような溜め息が頭上から落ちてくる。

「一角、どさくさに紛れて緋雪の肩を抱くなんてみっともないよ」
「うるっせぇんだよ弓親!」
「緋雪、おめでとう」
「弓親さん、ありがとう」

弓親さんを見上げていると、後ろからぽんっと頭に手を置かれる感覚。相変わらず大好きなてのひらの感触に振り向けば、大好きな人があたしを見下ろして、笑っていた。

「…恋次…」
「よく頑張ったな」
「…うん!」

七席ということは、恋次の次だ。ようやくここまできた。やっとこんなに近くまで、恋次に追いつけたんだ。それを実感して、あたしは嬉しくなる。

「おいてめぇら!宴の準備だ!酒持ってこい!」

一角さんのその一言が合図となり、あっという間に宴会が始まった。浴びるように酒を飲んでは、狂ったように騒ぐみんな。最終的に、主賓であるあたしの存在なんてもはや意味をなさない。

あたしも飲めないながらに注がれたお酒は飲み干したが、このときまったく酒に慣れていなかったあたしは、すぐに酔いが回り、気分が悪くなってしまうのだった…。


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