08
いつもあなたの側で眠れるなら、




片恋の空:08




飲めないことなんてお構いなしに、みんなあたしに酒を飲ませた。断ったってそんなの所詮は無駄なことで、あたしも諦めてちびちびではあるけれど飲み進めていたのだ。慣れないお酒にすぐに酔わされたあたしは、ある程度みんなが出来上がってきた頃合いを見計らってこっそり外に出る。気持ち悪さで吐きそうだった。

「おえ…っぷ…」

こっそり抜け出して、十一番隊の庭に行く。吐きそうだけど吐けない感覚に冷や汗をかきながら、あたしはため池の前に座り込んだ。

(…お水、欲しいなあ…)

水を求めて歩こうにも、立ち上がることすらままならなくて、結局またえずく。ぐらぐらする頭とゆらゆらする視界。慣れない感覚と戦っていると、大好きな声がした。

「大丈夫か?緋雪」
「…れん、じ…」

振り向けば困ったように笑う恋次。あたしの元まで歩み寄って、隣に腰を下ろした。大きなその手で、優しく背中をさすってくれる。

「真っ青通り越して真っ白だぜ、顔」
「だって……」
「吐いたか?」

恋次の問いに、首を横に振る。

「じゃあ吐け。楽になるから」

そう言って背中をぽんぽんと叩く恋次。それでもあたしは首を横に振った。恋次の前に吐くなんて、絶対に嫌だ!あたしは口を両手で押さえ込む。

「ったく…」

恋次は困ったように言うと、そんなあたしの両手を掴み、口を解放させた。そしてしっかりと肩を抱きしめ、あたしが逃げられないようにする。いやな予感しか、しない。

「ちょっと苦しいけど、我慢しろよ」
「や…!」
「ほら、暴れんな」

恋次はあたしを押さえつけると、あたしの口に指を突っ込んだ。突然のことにパニックになるかと思ったが、それは訪れた吐き気によってすぐにかき消される。

「…っ、オェ……!」

そしてあたしは、豪快に吐いた。ものすごく嫌な臭いにさらに気分が悪くなる。何度もえずいては戻し、それを繰り返す。恋次が優しく背中をさすり続けてくれたからか、ゆるゆると吐き気は収まった。

胃に送った食べ物や酒、全部を戻したあたしは、一気に脱力する。気分の悪さは落ち着いたものの、それでもやっぱり優れない。

「ほら、これ飲め」

恋次に差し出された水で、あたしは口の中をゆすいだ。うがいをして、口内に残る嫌なものを全部出し切ると、ようやく水を飲む。洗われるように水が体に染み渡って、あたしは脱力した。そして冷静になってきた頭を、恥ずかしさと申し訳なさが支配する。

こんな汚いところ、恋次にみせたくなかった。

ちらりと恋次の手に目をやれば、あたしの戻してしまったものが少しかかっている。それもそうだ、だってあたしをこうやって吐かせたのは恋次なんだから。

「……ごめん、なさい」

ものすごく嫌な気分になった。七席になったばっかりなのに、こんな失態をみせるなんて。

「なんで謝るんだよ」
「だって…こんなとこ、見せちゃって……」
「俺がそうさせたんだから、お前が謝る必要ねぇだろ」

嫌な臭いが立ち込めているというのに、恋次は涼しい顔をしている。

「恋次…手……」
「ん?あぁ、これか」

すると恋次は、大して気にするでもない様子でため池の中に腕を突っ込んだ。じゃばじゃばと洗い流すと、その手をあたしに見せる。

「ほれ」
「…」
「悪かったな、無理矢理指なんて突っ込んで」
「…それは、別に…」
「でも吐いとかねぇと明日がつらいからな。ま、こんなとこ見せる相手が俺でよかっただろ」

そう言われればそうだけれど、大好きな人に見せたくなかったのも事実だ。言い返したいが、もうろくに喋れなくなっていたあたしは、そのまま恋次に体を預ける。まだ、酔ってるのかな。

「…気分、どうだ?」
「まし、だけど……まだ……」
「じゃあ、帰るか」
「…いいのかな、だって、みんなまだ…」
「気にすんなって。どうせもうお前の祝いなんかじゃなくなってるぜ」
「…ん」

あたしは素直に頷く。恋次はあたしをおぶると歩き出した。いつもなら恥ずかしいと拒否するところだけれど、今日は別。自分でも自分が歩けないのを分かっているから、おとなしく恋次の背中にしがみつく。広い背中から伝わる温もりと、歩く振動が心地良くて、あたしはそっと目を閉じた。そのまま眠気に身をゆだね、あたしは大好きな恋次の背中で眠りについた。


「…………大好きだよ、恋ちゃん」


お酒も入っていたので、流れに身を任せたようなものだった。それでも絶対に聞こえなくらい小さな声であたしは呟く。そして、記憶はぷっつりと途絶えたのだった。













「……んぅ……」


小鳥の囀りに目を覚ます。
まだ薄暗い部屋の中、外もようやく朝日を迎えたところだろう。重たい頭、あぁ仕事なんて行きたくないな、とぼんやり思う。寝返りをうつと、いつになく布団が狭いように思う。煩わしく思っていると、あたし以外の寝息が聞こえてきた。まだ覚醒しきっていない頭でその息を辿ると、鮮烈な赤が目に写る。

あたしの隣で眠る人は、見慣れた姿だった。

赤く長い髪が、はらりとほどけて、散らばっている。心地よさそうに眠る彼は、相変わらず男らしさの中に美しさを湛えており、寝顔さえも愛おしかった。

「…恋、次?」

思いつく名前を口にした途端、あたしの頭は覚醒した。

「――――え!!?」

あたしはがばっと勢いよく起き上がる。
な、なんであたしの横で恋次が寝てるの!?
て、ていうか、なんであたしちゃんと寝巻きに着替えてるの!?
自分で着た!?恋次が着せた!?
こ、この状況、どうなってるの!!!

頭がいろいろと混乱する。あの夜、何が起こったのか分からないまま今の状況を目にして、あたしは魚のように口をぱくぱくとさせるだけだった。

「…ん…」

恋次が眉間に皺を寄せて少し寝返った。あたしはびくっと思いっきり肩を震わす。仰向けになった恋次の顔に長い髪がかかって妙に色っぽいが、邪魔そうだ。恐る恐る顔にかかるその髪を撫でて掃ってやると、眉間の皺が消えてまた恋次はすうすうと寝息を立てた。

「…」

混乱していた頭も、落ち着きを取り戻す。何があったかは、直接恋次に聞けばいいのだ。あたしはじっと恋次の顔を見つめる。

格好いいなあ…そう思いながら、そっと恋次の頬に触れる。

くすぐったそうに身を捩る恋次が、この上なく愛しかった。あたしはどきどきしながら、そっと恋次の顔に自分の顔を近づける。朝から何をしているんだろう、と思いながらも、あたしの体は止まらない。

「…好き、」

唇が触れそうなほど近くまで顔を寄せて、あたしはそう呟いた。そして唇が触れるその瞬間―――




ぱち。




恋次が、目を、開けた。
あたしは思わず、固、まった。

「…」
「…」

そして少しの間無言の時間が流れたあと、あたしは勢いよく姿勢を正した。

「お、おおお、おはよう恋次!!!」

声を裏返しながら、あたしはなんとかそう言った。のろのろと恋次が起き上がる。

「…はよ」

そう言って目を擦りながら、じーっとあたしを見る。
ご、ごめんなさい!!!朝から変なことしようとしてごめんなさいいいい!!
あたしは心の中で必死に叫んだ。

「…どうだ、体」
「え、あ、えと、えとね、ちょっとだるいくらいで、平気!」

なんとか元気にそう言うと、恋次はそうか、と言って目を擦るのをやめた。そして大きく欠伸を零す。

「と、ところで」
「ん?」

沈黙が嫌で、あたしは切り出す。

「その…どうして恋次が一緒に寝てるの?なんであたし、着替えてるの?」

とりあえず気になることを聞いてみた。すると寝ぼけた恋次の顔がみるみるうちに険しくなる。や、やっぱり聞いちゃまずかった…?

「…緋雪、お前、何も覚えてないのか?」
「恋次がおぶって家まで送ってくれることになったところまでは覚えてるんだけど…その先は、全然」

あたしがそう言うと、恋次は焦ったように布団から飛び出した。

「わ、悪い!びっくりさせたよな!」
「い、いや、あたしこそ!なんかいろいろ迷惑かけちゃったみたいで…ご、ごめんね?」

恋次は改めて座りなおして、ひとつ咳をゴホンと零した。つられてあたしの背筋もしゃんとなる。恋次はあたしを真っ直ぐに見つめる。

「…先に言っとくが、やましいことは何にもなかった。それだけは信じてくれ」
「は、はい」

そう言うと、恋次はここに至るまでの経緯を話してくれた。

あたしの家に着いて、恋次はあたしを部屋に連れて行くと、そこに布団を敷いた。あたしを寝かそうとしたけれど、あたしはお風呂に入りたいと愚図ったらしい。仕方がないので風呂に入れ、お風呂場であたしが眠ったりしないように、恋次はずっとお風呂場の外で待っててくれたみたい。

そして着替えてふらふらと出てきたあたしを布団に入れたら、恋次も一緒に寝るんだと言って聞かなかったらしいので、仕方なく一緒に寝てくれたそうで…

「……ほんと、何から何までごめんなさい…」

申し訳なさ過ぎて、まともに恋次の顔を見れなかった。あぁもう何をやってるんだあたしは!自分がほとほと嫌になる。

「いや、まあそりゃ構わねぇけどな」

恋次はがしがしと頭をかきながらそう言った。そして少しの沈黙の後、恋次は続ける。

「緋雪、風呂、貸してもらっていいか?」

申し訳なさそうに恋次は言う。昨日あたしの付き合わされてお風呂に入っていないんだ。そりゃ入りたくもなる。

「っ、どうぞ!すぐ準備するね!」
「悪いな」

あたしは答えると、弾かれたように忙しく動き出した。お風呂を沸かしている間に朝ごはんの準備をする。下準備を終えた後、恋次をお風呂に入れる。その間、恋次の死覇装を軽く整え、汚れを掃う。タオルを準備して、朝ごはんの仕上げだ。なんだか妙に気合が入りすぎて作りすぎてしまったけれど、まあ仕方ない。

朝ごはんを準備して机に並べていると、恋次がお風呂から出てきた。赤く長い髪はまだじっとりと濡れていて、妙に色っぽい。思わず心臓が跳ね上がる。

「お、朝飯まで準備しててくれたのか」

嬉しそうに恋次が言う。

「う、うん。迷惑だったかな」
「んなわけねぇだろ。じゃ、いただきます」

どかっと座ると、恋次は朝ごはんにがっついた。あたしは反応にびくびくしながら自分もご飯を食べる。恋次を見つめていると、恋次が不思議そうにあたしを見た。

「どうした?」
「いや…口に合うかな…って」
「ったりめぇだろ、じゃなきゃこんなに食わねぇよ」
「…ほんと?」
「あぁ、うまい。お前いい嫁さんになるぜ、絶対」

笑いながら恋次は言う。嬉しいけれど、出来ることならあなたのお嫁さんになりたいです!
…なんて口が裂けても言えないので、良かった、とだけ言ってあたしも笑った。

その後食事を終えたあたしたちは、一緒に仕事に向かった。こんな日々が続けばいいのに、と、あたしは心の中で祈ってた。


だけどね、こんな日々は、そう長くは続かなかったんだ。


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