06
心の裏側が

見えてしまうのなら、



片恋の空:06



「おう!やっと来たな緋雪!」
「え、えーと…」

中に入ると、そこにはすっかり汗だくの一角さんと恋次。

そして―――


「お前ェが一角の言ってたヤツか。見ねぇ顔だな」
「ざ…更木、隊長…」

ものすごい霊圧に気圧されそうになりながらも、あたしは何とか姿勢を正す。こんなに近くで隊長を見るのは初めてだった。

「よし緋雪!やんぞ!」
「え、ちょ、一角さん!?」
「ほら!」
「わ…!ま、待ってください!ちょっと聞きたいことが…!」
「問答無用!」
「〜〜〜んもう!」

木刀を投げつけられ、それを受け取ったと同時に一角さんが攻撃を仕掛けてきた。前回同様、一角さんと攻防を繰り返す。以前よりも一角さんが強いのは、間違いなく、前回よりも本気であたしに向かって来ているからだ。隊長がいるからかどうかは分からないけれど、以前とは比べ物にならない強さだった。

「おらおらどうしたァ!?」
「く…っ」

押されてはいるが、こんなとこで負けていられない。そりゃあ、平隊員が三席に勝てるなんて思ってはいないが、ただただやられてしまうだけというのも悔しいからという気持ちからくる、単なる悪あがきなんだけれど。あたしは何とか隙を見て攻撃をするが、うまくかわすか、受け止められてしまう。さてどうするか、あまり考えながら戦うのは得意じゃないんだけどな。

「っ、それ!」
「!」

思いっきり蹴りを入れてみた。特に、何も考えてはいない。

まさか蹴りが飛んでくると思ってもいなかったのだろう一角さんは、少し後ろによける。これはラッキー!と思って、蹴り上げた足が戻ってくる前に木刀を振るったが、変な体制からの攻撃だったので簡単に受け止められる。受け止められた瞬間、あたしも後ろに飛びのいて体勢を整える。

「…やっぱりダメか…」
「お前!そこで蹴りなんて卑怯だぞ緋雪!」
「卑怯もなにも…あたしは白打の方が得意だって前回そう言ったじゃないですか!」
「あんなとこで蹴りいれてくるのは卑怯だっつってんだ!」
「戦いなんて何が起きるかわかんないじゃないですか!」
「あァ!?なにをぅ!」
「そっちこそなんですか!」

言い合いをしながらも、攻防を続ける。これじゃただの「規模の大きい喧嘩」だ。しばらく攻防を続け合うと、しばらくしてあたしの息が切れてきた。

「息があがってんぞ、緋雪」
「…一角さんは、ちょっと袴破れましたね」
「…!?」
「やーっと木刀の先、かすった」

最後に振るった竹刀の一撃が、ギリギリのところで一角さんの袴を破いた。ある意味奇跡的な一発だが、一発は一発、それに変わりはない。

「…こんのやろう…」

一角さんの雰囲気が変わる。怒りでもなんでもなく、きっと楽しさから霊圧が跳ね上がったんだろうけど、あたしを震えさせるには十分すぎるほどだった。ぞくりと背筋に寒気が走り、少しだけ左手が震える。完全に、あたしはおびえていた。けれども体制は崩さない。

「…やってくれるじゃねぇか、おい」
「…ドウモ」
「てめぇには特別に…とっておきの一発くれてやるよ!!」
「!!!」

叫んだと同時に、一角さんが視界から消える。いや、消えてはいないが、あたしにはそう見えた。野生の勘か、なんなのか。体が勝手に動いて一角さんの一撃を受け止めたけれど、あたしの体は軽々吹き飛んでしまう。そこに一角さんは詰め寄って、そして―――


―――バシィィィ!


「きゃあぁぁぁ!?」


一角さんの木刀があたしの腕を強く叩き、あたしは思わず木刀を手放した。そのまま上手く受身も取れずに、あたしは倒れこむ。よろめく体で起き上がろうとはしてみるが、体はどうにもならなかった。

「あ…う、」

腕が酷く痛くて、体を起こそうと支えることも出来ない。悔しいけれど、あたしの負けだ。

「勝負あったな」

一角さんがニッと笑う。悔しいけれど、その通り。

「なんだよ、ンな顔しやがって」
「…別に」
「ガキじゃねぇんだから拗ねんなよ」
「…別に拗ねてないもん」
「ったく…」

一角さんがあたしの腕を掴んであたしを立たそうとする。しかし、あたしは腕の痛みに声を上げた。

「ひぁっ!!?」
「のわ!わ、悪い…」

一角さんに掴まれた腕は、一角さんに叩かれた腕だった。見れば赤黒く晴れ上がっている。見れば見るほど、腕に痛みが増した。

「…っ」
「…緋雪、大丈夫か?」
「あ、だ、だいじょうぶですこれくらい…はは…」

一角さんがものすごく申し訳なさそうに聞いてきたので、あたしはこう答えるしかなかった。大丈夫なわけないけれど、稽古の結果だし、仕方ない。するとそこに恋次が歩みよってきて、あたしの体をひょいっと抱え上げた。

「っ、恋次!?」
「大丈夫じゃねぇだろ。ろくに受け身も取れてなかったんだ、体中痛いはずだぜ」
「う…」
「隊長、俺こいつを四番隊に送ってきます」

恋次はそう言うと、あたしを抱えたまますたすたと歩き出した。そんな恋次を慌てて止める。

「れ、恋次!歩けるからおろして!」
「うるせぇな、いいから大人しくしてろ」
「で、でも…」
「無理すんなよ緋雪」
「れ、恋次…?」
「お前すぐ無理するからな。大体その腕、大丈夫じゃねぇだろ」
「う…」
「だから大人しくしとけ、ちゃんと四番隊まで連れてってやるから」
「…ハイ」

あたしは素直に恋次の胸に頭を預ける。恋次の鼓動が伝わってきて、安心感と共に訪れたどきどき。あぁ、やっぱりあたし、恋次が好きだ。

想えば想うほど遠く感じる人だけど、それでも確かに、今温もりはここにある。他の誰でもない、あたしの側に。

「………恋ちゃん」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」

あの日のようにあなたを呼んだら、きっとあなたは怒るんだろうな。分かっているからこそ、切なかった。恋次から呼び方に対して指摘されたとき、あたしは妙な孤独を感じたのだ。まるであたしも、その他大勢の中の一部にされたような気がして。

だから時々、恋次のことをあの日のように呼んでみるのだ。もちろん、聞こえないように。決してこの声が、届かないように。だって本当は今だって、あなたを呼び捨てにすることに違和感を感じずにはいられないんだもの。

「…なぁ緋雪」
「うん?」
「お前、強くなったんだな」

そうしてあたしを見た恋次は、どこか寂しそうにしていた。

「そう?あたしなんてまだまだ弱いよ」
「一角さんにあそこまで力出させたんだ。十分だろ」
「そんなことないよ。まだまだ強くならなきゃ」
「…なんで」
「え?」
「なんでお前は、強くなろうとするんだ」

恋次は立ち止まって、腕の中に居るあたしを真っ直ぐに見つめている。眉間に皺の寄った、どことなく寂しそうな恋次の目を見つめ返して、あたしは答えた。

「…恥じたくないの」
「何に?」
「…自分自身、かな」

嘘じゃない。
だけど、本当ではない。

この言葉に隠れたあたしの想いが、この言葉で全部伝わればいいのに。なんて、どこかでくだらない期待をしながら、その期待が叶うことはないということも分かっている。だから、つらかった。

それから少しの沈黙を挟んで、恋次が口を開いた。

「…無理して強くならなくていいんだぜ、緋雪」

寂しくて、優しい声だった。

「もっと強くなって、ちゃんと守ってやるよ、俺が。お前のことも―――ルキアのことも」

ズキンと、心臓に痛みが走った。痺れるような、切り裂かれたような、不思議で悲しい痛みだった。

ルキア。

彼はいつだって、容易くその名を口にする。その名前の影にあたしが埋もれていくことに気付かずに。なのにあたしは、素直になれない。

「…恋次が守るのは、ルキアでしょ」

こんなことが言いたいんじゃない。

「だからあたしは、せめて恋次があたしを守らなくてもいいように、強くなりたいの」

素直に、あたしを守って、と、どうして言えないんだろう。

「ほら、そしたら恋次は、ルキアだけを守ればいいじゃない。負担が減るでしょ?」

なるべく明るくそう言うあたしの心は、暗い嘘に塗れている。

「あたしは昔からいっぱい恋次に守ってもらってたから、早くもっと強くなって、恋次の負担にならないようになりたいの。それだけだよ」

負担にはなりたくない。でも、それであなたがあたしから離れていくのは怖い。そのくせ素直になれない自分は嫌い。

「…そうか、じゃあもう何も言わねぇよ」

恋次は諦めたようにそう言った。その言葉の真意や、裏側に隠れた思いなんて、あたしには見えないし、分からない。もし知ることが出来たら、きっとあたしは壊れてしまってただろうな。だから見えなくて、分からなくて、知らなくて、いいんだ。これで、いい。恋次が何かを思っていることは分かるし、それに気付いてはいるけれど、気付かないふりをしていればいいのだ。

それからは無言のままで、一言も交わさぬまま恋次はあたしを四番隊に送って、そして帰って行った。


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