05
目覚めたとき

いつも君がそばにいてくれれば、



片恋の空:05



「…い……おい、起きろ」
「んぅ………」

聞きなれた心地のいい声で目を覚ます。ぼんやりと目を開ければ、あたしの大好きな赤があたしの視界を埋め尽くした。なんだか嬉しくて、思わず顔が綻ぶ。

「…恋次」
「なに笑ってんだよ」
「ううん、なんでもない。おはよう」
「おう」

寝起きの気だるさは残っているけれど、一角さんと打ち合った疲れは残っていないようだ。さすがは四番隊だな、と思う。

「体、大丈夫か?」
「うん、もう平気。すっかり寝込んじゃった」
「ここ最近の疲れも溜まってたんだろ、ゆっくり寝れてよかったじゃねぇか」
「そうだね。ところで一角さんは?」
「あぁ、あの人も今日の鍛練終わって、今は弓親さんと一緒に風呂に行った。一回お前のこと迎えに来たらしいけど、気持ちよさそうに寝てたから起こさずに帰ったらしい」
「そうなんだ」

恋次にそう言われて、なんとなく外を見る。わずかに空いた襖の隙間から見えた空は、もうほとんどが黒に染まっていた。それを見た瞬間、あたしは思わず飛び起きた。

「っ、え、嘘!もうこんな時間!?」

仕事もせずに、一体どれくらい寝ていたのだろう。どんどんとあたしの背中を冷や汗が伝う。そんな焦るあたしを見て、恋次はクツクツと笑った。そしてあたしの大好きな、その大きなてのひらで、あたしの頭を撫でたのだ。

「髪、せっかく綺麗なのにぼさぼさだぞ」
「ぅえ!?あ、う、うん…」
「じゃ、卯ノ花隊長に挨拶して帰るか」

恋次はそう言ってあたしの腕をとって立ちあがった。それにつられるようにあたしも立ち上がると、二人で卯ノ花隊長の元へ向かう。すっかり外も暗いのに、卯ノ花隊長は残ってくれていた。きっとあたしがぐっすり眠っていたせいだろう。

「おはようございます。調子はどうですか?」

あたしたちに気付くなり、卯ノ花隊長はそう言った。綺麗な笑顔に一瞬見とれてしまった。

「あ、はい、おかげさまで、すっかりよくなりました。すいません、長い間眠ってしまって…」
「いえ、構いませんよ、随分と疲れてらしたので、その疲れが少しでも癒せたならよかったです」

卯ノ花隊長はそう言って笑った。こんな時間まで残らせてしまってとても申し訳なかったので、そう思えば思うほど表情が硬くなっていたあたし。でもあの笑顔を見ると自然と心が落ち着いて、安心した。

「あまり無理をなさらないように。阿散井さん、彼女のこと、よろしく頼みましたよ」
「はい、失礼します」
「失礼します」

恋次はそう言うと四番隊を出て行く。あたしもそれに続いて、すっかり赤みを失くしかけた空を見上げた。夜はもうすぐそこだ。

「恋次、ありがとう」
「なにがだ?」
「迎えに来てくれて。来てくれなかったらあたし本気で朝まで寝てたかも」
「ははっ!ま、お前昔から人一倍よく寝るやつだったからな。そのくせチビだもんなぁ」
「チビは関係ないでしょ!」
「はいはい」

恋次と言い合いながら帰宅する。そんな何気ないことだけど、あたしは心の奥底から喜びを感じていたし、幸せだった。この時間が終わらなければいいのに、そしたら恋次はあたしだけをその瞳に写してくれるのに。そんな汚れた邪念を拭いきれないまま、あたしの部屋に到着してしまった。

「今日はもうゆっくり休めよ」
「うん、ありがとね」
「あぁ、じゃあな」
「おやすみ恋次」
「おやすみ」

恋次は笑顔でそう答えると、あたしの頭をポンポンと軽く撫でた。そして振り向くこともなく去っていく。大好きな背中を見送って、込み上げる切なさを押し殺す。背中が見えなくなった頃、あたしは再び眠りに落ちた。




翌朝。
すっかり疲れも取れたあたしは、いつになく調子がよかった。きっちり眠ったせいか、肌の調子も良好だ。どうせ今日も書類の山をこなす日になるんだろうな、と少し憂鬱になるが、それでもここ最近よりはずっとマシである。

隊舎に到着したあたしは、今日の書類を整理するため他の隊員たちの分を回収した。ピークはとうに過ぎているので、いつもの量に比べたら可愛いものだ。今日はキッチリ定時に帰れそうだな、とほっとしながら、あたしはさらさらと筆を進めていく。

しばらく書類と向き合っていると、廊下からどたばたと騒がしく駆ける音が聞こえた。ふと気になったので、なんだろうと思い何気なく廊下の方へ目をやった瞬間、突然襖が開いた。そして姿を見せたのは、相変わらず鍛練していたようで上半身のはだけた一角さんだった。あまりに突然の登場に、あたしもぽかんと見つめてしまった。

「…お、おはようございます…」

何とか声を振り絞れば、一角さんは答えた。

「テメェ緋雪!探したぞ!」
「へ?」
「こんなところで何やってんだ!」
「何って…書類……」
「ッカー!!またかよ!」
「だ、だってまた溜まるの嫌だし…」
「…まぁいい。それ、いつ終わるんだ?」
「あと1時間もあれば終わります。終わったら鍛練に向かう予定だったんですけど…」
「そうなのか?」
「はい、一応。…迷惑ですか?」
「なっ、ん、んな訳あるか!だ……大歓迎だよ…馬鹿野郎…」
「ほんとですか?よかったー、昨日の打ち込みで粘着質なやつだって嫌がられてたらどうしようかなって思ってたんです」

拒絶の反応が微塵も感じられなかったので、安心して笑みがこぼれた。すると一角さんの顔がみるみるうちに赤く染まる。

「〜〜〜〜〜あぁもう!」
「え?」
「お前、いちいちいろいろ反則だ!」
「な、何が…」
「とりあえず待ってるからな!さっさと来いよ!」
「は、はぁ」

そう言うと一角さんは慌しく帰って行った。それを見送ったあたしは書類の作成を続けた。

しばらくして書類を終えたあたしは、その書類を他の隊に届けに向かう。また文句を言われるので、正直なところ行きたくはないのだが、ここであたしが行かなければまた十一番隊のことを悪く言われる。自分のいる隊が悪く言われるのは嫌なので、気は進まないがあたしが書類を持っていく。自然とそうなってしまった以上、文句なんて言わない。

あたしが書類を届けにきたのは三番隊だった。ここの隊員に一番よく文句を言われる。以前まではともかく、今日はきっちり期限を守ったので、きっと何か言われることもないだろう。あたしは少し深呼吸をして、三番隊の隊舎へ足を踏み入れた。そして隊員に書類を受け渡す。期限を守ったからか、文句は言われなかった。

が、突然こんなことを言われたのだ。

「あ、あの…」
「はい?」

あたしが去ろうとすると、以前あたしに文句を言ってきた女隊員が、おずおずと口を開いた。

「その、この前は、すいませんでした…」
「え?」
「だからっ!あの、書類のことで、文句、言って…」
「へ?あ、あぁ、そんなことですか。それは期限を守ってなかったこちらの責任ですので…」
「で、でも、それでもこっちも、もっと言い方あったかなって…と、とにかく、ごめんなさい!」
「ちょ、顔上げて下さい!別に怒ってませんから!」

いきなりの豹変ぶりに驚きを隠せない。今までの口ぶりからして、彼女がこんなに腰の低い人だったとは思えないのだ。

「…あの、誰かに謝れって、言われたりしたんですか?」

恐る恐る聞いてみれば、彼女はおびえたようにびくっと肩を震わせた。やっぱり、とあたしは溜め息をつく。十一番隊は見た目も中身も怖そうな人しかいないから、きっと脅されたような感覚に陥ってしまったに違いない、かわいそうに。そしてこんなことをする人物に心当たりがあるのは、ふたり。

「…ごめんなさい、変なこと言われちゃったんなら、あたしが代わりに謝ります。言い分はそちらが正しかったのだし、謝るようなことじゃないですよ」
「でも…」
「怖がらせちゃって、ごめんなさい。気になさらないで下さいね。それじゃああたしはこれで」

そう言って、あたしは三番隊の隊舎を出た。彼女に言ってきかせたのは一角さんか、それとも恋次か。分からないけれど、どうしてわざわざこんなことを言ったりしたのだろう。

「んもう」

思わずそう呟いて、あたしは溜め息をついていた。



十一番隊に戻ったあたしは、準備をして鍛練に向かう。稽古場の扉の外に居ても聞こえてくる、中からの熱い声々。そろーっと扉を開けると、一角さんが次々に隊員をなぎ倒していた。さすがは三席、あたしは思わずその強さに見とれた。

「なにしてるのかな?」
「きゃあ!」

見とれていると突然、耳元で囁くように聞かれてあたしはびくっと肩を震わせた。弾かれて振り返れば、そこには弓親さんが悪戯っぽくにっこりと笑いながらあたしを見つめている。

「あ、綾瀬川五席…」
「君が、緋雪ちゃん?」
「えぁ、あ、はい!神風緋雪と申します!」
「はじめまして、僕は綾瀬川弓親」
「ぞ、存じ上げております!」
「ところで緋雪ちゃん」
「はい?」
「一角が随分気に入ってるみたいだね、君のこと」
「い、一角さんが?」

本当に突然の問いに、あたしは動揺を隠せない。

「別に、気に入られてるわけじゃないと思いますけど…」
「じゃあどうして一角は君にひどいことを言った人たちに文句を言って回ったのかな?」
「え…」

やっぱり一角さんだったんだ。ありがたいような申し訳ないような複雑な心境である。あたしはなんとも言えずに適当な笑顔ではぐらかす。

「ふーん?」
「えーっと…」
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどね」

すると弓親さんはずずっとあたしに近寄って、上から下まで舐めるように見つめた。

「あ、あの…」
「まぁ、合格、かな」
「は、はい?」
「65点。まだまだ伸びるよ、君」

そういうと弓親さんはあたしから離れて、さくさくと訓練場の中に入って行った。なぜかその場の雰囲気もあり、慌ててあたしはその後に続く。

この日、あたしの運命は大きく変わった。


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