18
崩れ落ちていく、赤。




片恋の空:18




懺罪宮に近付く連れ、ぶつかり合う霊圧がどんどん大きくなる。この心臓が痛いほど張り裂けそうになるのは、その霊圧が誰のものかをよく知っているから。あちこちで増え続ける戦いの音を耳にしながら、あたしはそのすべてを振り切って走る。目的の場所はもうすぐだ。

尸魂界という世界で起こった突然の騒動と混乱。死神たちに動揺が広がっているに違いない。戦闘集団である十一番隊の悲惨な状態は、きっとすでに他の隊にも知れ渡っていて、それが尚更動揺を大きくしているのかもしれない。その責任の一端は持ち場を離れたあたしにもあるのだから、気持ちはもやもやと晴れないままだ。

それでもこの足は止まることはない。
ルキアの極刑を止めなくてはいけないのだから。


そうしてようやく私が懺罪宮の近くへ来たとき、四つの人影が見えた。派手な赤い髪とオレンジの髪がぶつかり合って、二つの人影はそれをじっとこらえるようにして見守っていた。崩れ落ちるオレンジの髪は間違いなく黒崎一護で、彼に向かって始解した斬魄刀を振りかざしているのが恋次だった。

あぁ、やはり彼では恋次には勝てないのか。

あたしはなんとか黒崎一護に向かって振り下ろされる恋次の腕を止めようとしたが、この距離では間に合わない。だめだ、と思ってあたしが恋次に向かって声を上げるのと、恋次が最後の一撃を振り下ろしたのは、ほぼ同時だった。

「恋次!!!」

一瞬恋次が反応したけど、もう遅い。黒崎一護に向かって真っ直ぐに振り下ろされた斬魄刀は、もう止まらない。彼はここで死ぬのか、そう思ったときだった。

黒崎一護は振り下ろされた恋次の斬魄刀を掴む。まさか受け止められるだなんて思っていなかったのであろう恋次は、驚いて彼を見下ろしている。もちろん、あたしだって驚きを隠せない。まさかこの状況で、まだ彼は恋次とやり合おうとしているんだから。


だとしても、なんとか止めなければ。
そして恋次に話をして分かってもらわなきゃ、ルキアを助けたい気持ちは同じなんだって。確かに黒崎一護のせいでルキアがこんなことになってしまったのだろうけれど、でもきっと彼だってこんな結果になるなんて思ってもいなかったはずだ。黒崎一護の嘘のない真っ直ぐな視線が、それを確かに伝えてくれた。ルキアを追って、こんなところまで来てくれた。その強い思いを、こんなところで打ち砕くわけにはいかない。

恋次がさっと間合いを取る。黒崎一護も立ち上がった。
この一撃で決まってしまう、どうか間に合って!


そう思って彼らの間に割り入ろうとしたそのときだった。
一瞬。そう、ほんの一瞬の出来事だった。

黒崎一護の斬魄刀が、恋次の肩から勢いよく振り下ろされる。その光景はなぜかスローモーションになってあたしの視界を埋め尽くす。大好きな人が崩れ落ちていく瞬間、あたしの頭の中は真っ白になって、動き続けていたはずの足がすくんでしまって動けなくなった。

「れ、んじ」

かすれた声が僅かに漏れる。この声は恋次にも、そこにいる誰にも届いてなんかいない。ようやくもう一度駆け出したときには、恋次は黒崎一護の胸倉を掴んでいた。本当は立っているだけで精一杯のくせに、それでもなお立ち向かうつもりなのだろうか。

ようやくあたしが恋次の弱々しい大きな体に触れたと同時に、恋次の悲痛な声があたしの耳を突き刺す。

「ルキアを助けてくれ…!!」

そこで初めて、あたしは恋次の本音を知った。本当は誰よりも一番ルキアを助けたかったのは、きっと恋次だったのだ。言った傍から崩れ落ちる恋次の体をなんとか支えてやれば、黒崎一護は答えた。

「………あぁ…」

その声もまたなんだか痛ましくて、この二人に一体なにがあったのかと黒崎一護を見合げれば、彼はあたしを見てふと笑った。そして何とか彼に声をかけようとしたとき、黒崎一護の体が、ぐらりと揺れた。


「――え?」


今あたしはボロボロになって崩れ落ちた恋次を支えている。小柄なあたしが一人で恋次を支えるだけでも精一杯なのに、向かい合うような形で黒崎一護に倒れられたら―――

当然、大の男を二人も支えきれなくて、恋次の体ごとあたしも見事に倒れてしまった。倒れる際、あたしの上に恋次が乗っかる形になったので、クッションとしての役目を果たせたことに関しては自分をほめてあげたい。

「一護!!!」

彼の名を叫んで駆け寄ってくるのは、彼の仲間だろう。なぜか一人死神がくっついているのは、この際見なかったことにする。なんとか恋次に下敷きになった状態から抜け出すと、死神と目が合った。するとその死神は驚いたように目を見開かせて青ざめていく。あたしは彼に見覚えなどないが、彼はあたしをよく知っているようで。

「あっ、あなたは十一番隊の神風六席…!?」

まさかこんなところでまさか十一番隊の席官に見つかるとは思ってもいなかったのだろう。ましてや戦闘集団の一員だ、黒崎一護が倒れてしまった今、最悪の展開だと思ったらしい。傷ついて意識を失った黒崎一護を抱えた彼の仲間も、焦ったようにあたしを見る。

「十一番隊ってことは、アイツの隊のか…!?」
「アイツ…?」

怪訝な顔で男を見上げれば、男は今この状況をどうしようかと悩んでいるようだった。そこへ複数の気配がこちらへ向かっていることに気付く。大きな霊圧がふたつぶつかっていたのだから、当然といえば当然なんだけれど。

しかし彼らは逃げない。逃げるということは、あたしに背中を向けるということ。いよいよ追い詰められてしまったとでも思っているんだろう。

「…行きなさい」

あたしの声に、二人は驚いたように目を見開いた。

「このままじゃ見つかる、早く行って」
「な、お前…敵だろ…!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

強く言えば彼らはうっと押し黙った。

「つべこべ言わずにさっさと行くの!出来るだけ遠くまで!」
「あ…あぁ…」
「…彼を、死なせないで」

黒崎一護を見てそう言えば、彼を担いでいる男が強く頷いた。そして死神をつれて駆け出す。その背中を見送っていると、入れ違いのように死神がやってきた。恋次の友人の吉良副隊長だ。三人の隊員を連れている。

「神風さん!?阿散井くん!!これは一体…!?」
「吉良副隊長!ちょうどいいところに!」

芝居がかっていたかもしれないけれど、わざとらしくあたしはそう言った。ほっとしたように吉良副隊長を見れば、恋次の傷の深さに驚いているらしい。

「あたしひとりじゃ運べなくて…」
「て、手伝います!!」

吉良副隊長が連れていた隊員の人たちが、二人がかりで恋次を運ぶ。吉良副隊長は逃げた彼らを気にしていたようだったけれど、恋次の傷を見て彼の治療を優先させたらしい。あたしは内心ホッとしながら、吉良副隊長たちと一緒にその場を後にした。


恋次を連れて行った先は六番隊舎だ。あたしはその入り口を前にして思わず立ち止まる。いくら緊急事態とはいえ、あたしは今ここの敷居を跨ぐことを許可されていない。困ったように立ち尽くすあたしを見て不思議に思ったらしい吉良副隊長が声をかけてくださった。

「神風さん?どうかした?」
「あ、いやその…あたし今、六番隊出入り禁止なので…」
「出入り禁止?」
「す、すみません、緊急事態なのはわかってるんですけど…」
「…じゃあ、ここからは僕らに任せて」
「え?」
「神風さんは十一番隊に戻って報告を。もう日も暮れて来て旅禍の目撃情報もなくなっているし、事態が動き出すのはきっと明日だ。それに十一番隊はほぼ壊滅状態にある。席官の君が他の隊をうろうろしているのは良くないはずだよ」
「そう、ですね」
「阿散井くんのことは気にしないで」

吉良副隊長はそう言って笑ってくれた。きっとあたしが不安にならないように安心させてくれたのだろう。吉良副隊長の背中を見送って、あたしは仕方なく十一番隊舎に戻ることにした。

…嫌な予感はしていたけれど、覚悟を決めるしかない。
あたしは一つ大きな溜め息をついて、まだ喧騒の残る瀞霊廷の中、十一番隊に向かって行った。

そして残念なことに、あたしの嫌な予感はよく当たる。











「ぎゃーっはっはっはっは!!!!」
「んもう!一角さん笑いすぎじゃないですか!?ひどくないですか!?」
「そりゃお前、『護廷十三隊の顔に泥塗るような真似して…』なんつって出てったくせに、特に怪我するわけでもなくひょっこり帰ってきたら、誰だって笑うしかねぇだろ!!」
「だからあの時は本当にそのつもりで出て行ったんですー!!!」
「ぎゃっはっはっは!!!!」
「馬鹿にしすぎ!!!一角さんの傷なんて開いちゃえ!!!」

十一番隊に戻ったあたしは、一角さんに散々馬鹿にされる羽目になった。仕方がないといえば仕方がないんだけど、隊にも帰らずウロウロするわけにも行かなくてこの状況だ。ひとしきり笑い終えたらしい一角さんに不機嫌なまなざしをぶつけてやれば、一角さんは楽しそうに言った。

「まぁいいじゃねぇか、とりあえず恋次も一護も無事だったんだろ?」
「恋次は無事だったけど…黒崎一護の方はわかりません。今頃逃げてうまくやってるといいんですけど…」
「そうだな、じゃねぇと隊長の機嫌が悪くなっちまう」
「…そうですね」

更木隊長と草鹿副隊長は、黒崎一護を探して行ってしまったらしい。一角さんと弓親さんは怪我人で、あたしが戻ってきたときにはまだ四番隊で治療中だった。そうなれば隊の序列的に考えても、残った隊員たちの編成はあたしがしなきゃいけなくなって、仕方なく隊全体をまとめていたんだけど、そんなときに一角さんはふいに帰ってきて、あたしの姿を見つけて大笑いするという先ほどの事態に至ったのだ。

無事に隊の編成を終えた頃にはすっかり夜になっていて、散々笑われていたあたしはすっかり拗ねてしまった。お詫びに、といって一角さんが差し出したのはお酒で、要は付き合えってことなんだろうな、ということがあっさり読めてしまって呆れる。怪我人のくせに、なんて小言を言ったって、もう治ったの一点張りで、結局あたしは逆らえずに一角さんの晩酌に付き合った。


また明日になれば、戦いは動き出す。この争いがどういう結末を迎えるのかは分からないけれど、せめてルキアは助け出してあげたい。

白い鳥籠の中、自分の定めを受け入れるルキアの儚げな姿を思い出しながら、あたしはそっと青白い月を見上げた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -