19
目の前にあるのは

夢か、それとも現実か、




片恋の空:19




翌朝、なぜか瀞霊廷内は妙に静かだった。なんだか不気味だな、とは思いながら、あたしは静かに足を進める。

十一番隊は隊長と副隊長が黒崎一護を追っているため行方不明。三席と五席は治療の為四番隊に出向いていて、四席は弓親さんのワガママで十一番にはいない。よって、定例集会にはあたしが参加しなければいけなくなった。もちろん六席のあたしが定例集会に参加など異例のことだけれど、旅禍の侵入を許しただけでなく、その旅禍によって戦闘集団である十一番隊がほぼ壊滅状態となり、未だに誰一人として、旅禍を捕らえることも、殺すことも出来ていない。面倒だな、と心の中では思うのだけど、文句も言っていられなくて仕方なく向かっていた。

それに、定例集会というのは各隊の隊長と副隊長が集まって行う会議のこと。ということはもちろん、朽木隊長も参加するわけだ。なんだか顔を見ることも嫌になって、どんどん気分は陰鬱になる。しかし、今あたしは十一番隊の看板を背負わされている状態だ。ここでしゃきっとしておかないと、十一番隊の顔に泥を塗ることになる。

そして朽木隊長の顔が浮かんだときに、ゆらりとあたしの脳裏に過ぎったのは、血まみれで倒れた恋次の姿。あれからどうしたのだろう。あたしは隊の編成などでばたばたしていたから、彼の処罰も容態も知らされていない。もちろん、変わらず出入り禁止は続いているし、あたしから恋次の容態を聞きにいくのも無理な話だ。今日、吉良副隊長からさりげなく聞けたらいいな。それに黒崎一護だって、無事に逃げているのかも定かではない。どうなってしまうんだろう。ぼんやりとそんなことを思って、あたしは溜め息をついた。

「…あー!だめだめ!」

ぐだぐだ考えていたって仕方がない。そして、考えている場合はない。頑張ろう、自分にそう言い聞かせて、あたしは定例集会の場所である一番隊舎の門をくぐる。総隊長がいるこの隊舎に足を踏み入れることなんて滅多にないので、少し緊張していた。

ある程度わらわらと人が集まっている場所に行けば、ずらりと隊長や副隊長の姿が並んでいる。副官章もなく、あたし一人だけ妙に浮いてしまっている状況におろおろとしていたら、ふと十番隊副隊長の松本さんと目が合った。

「あら、アンタもしかして十一番隊のアイドルちゃん?」
「あ、お、おはようございます松本副隊長!」
「へぇ、噂通りなのね。で、どうしたのこんなところで」
「あ、その…」

一体どんな噂の通りなんだろうとは思ったけれど、そんなこと聞けるはずもないので、十一番隊の現状を報告してあたしが代わり出席することになった旨を伝えれば、ふぅん、と納得したような興味のないような声を上げた。

「大変ねぇあのややこしい隊にいると」
「いや、まぁそんなことは…」
「大変でしょ、一角とか弓親とか、いろいろややこしいの席官にいっぱいいるじゃない」
「い、一角さんも弓親さんも、すごくよくしてくださってますよ?」
「あら、名前で呼んでるのね、アイツらがこんなか弱そうな女の子に心開くなんて珍しい」
「…か弱そうでしょうか、あたし」

なんだか聞き捨てならない第一印象に戸惑っていたら、聞きなれた声が耳に入った。

「神風さん?どうしてこんなところに…」
「あ、吉良副隊長。おはようございます」
「なーんか十一番隊で動ける一番上の席官がこの子だけなんだって」

なんともざっくりとした松本さんの説明を聞いて、吉良副隊長が納得したように苦笑した。

「大変だね神風さん」
「いや、あたしはそんな……あ、あのところで、恋…阿散井副隊長の容態は…」

先ほどついつい名前で呼んで松本さんに指摘されたので、恋次の呼び名も慌てて修正する。名前呼びのせいか、なんだか最近抜けてるなぁとは思いつつ、こうなってしまったらなかなか直せないのが困ったところである。

「あぁ、阿散井くんは――」

吉良副隊長が口を開きかけたとき、突然女性の悲鳴が耳を突き抜けた。それは何かに驚いたような悲鳴というより、まるで絶望を含んだような悲鳴で、当然あたしたちの会話は止まる。

「雛森くんの…声だ…!」

焦りと困惑を孕んだ、ひどく掠れた声で吉良副隊長は言う。勢いよく飛び出していった各隊の隊長や副隊長の後に続こうとしたのだが、松本さんに遮られる。

「アンタはここにいて!後から来た各隊の隊長たちに報告を!」
「は、はい!」

動きかけた足は止まる。そうして何も出来ずに動けないまま、刻一刻と時間はすぎていく。隊長方に報告を、と言われたって、肝心の隊長はなかなか現れない。きっと直接騒ぎの方へ駆けつけたのだろう。待っていることに価値はないような気がするのだが、待っていろと言われたからには待たなければいけない。ただ呆然と突っ立っているのもなぁ、と心の中でひとりごちる。そう思っていたとき、すぐそこで大きな霊圧が動いた。けたたましい騒音と共にぶつかり合った霊圧はよく知ったものなのに、いつになく張り詰めていて思わず身震いした。

「…吉良副隊長…」

旅禍だったらどうしよう。しかし、旅禍だったとしてもあれだけ大勢の隊長たちを相手にすれば、無事ではいられない。

「…ちょっと見に行くだけ…」

こそっと呟いて、あたしはその場を後にした。そして霊圧を辿って吉良副隊長たちのところに行ったとき、その場は凍りつくほどの重苦しい空気で満ちていた。吉良副隊長と雛森副隊長が取り押さえられている。一体何があったのかも分からないままその光景を見つめていると、視界の端で群がる人々の姿。白い羽織を靡かせた隊長たちが囲んでいるのは、見ず知らずの平隊員。なぜかそれを、藍染隊長と呼んで顔を蒼白にしている。

まったく意味が分からなかった。あの平隊員を藍染隊長と呼んでいることも、吉良副隊長たちが拘束されたことも。みんながみんな、気でも狂ってしまったのではないかという異様な光景に目を奪われたまま、誰よりも一番遠くで呆然としていると、背筋がゾクリとするような視線を感じて、その視線の先を辿る。そこにはニヤリといつも通りに微笑んでいる、三番隊隊長、市丸ギンの姿があった。しかしそこから放たれている霊圧は、恐ろしく冷たい。まるで地の底に沈められるかのような重い霊圧に当てられて、思わず倒れこみそうになるのを必死に堪えた。

そしてニヤリと笑ったまま、ゆらり、と市丸ギンがあたしの方へと足を進める。副隊長がふたりも拘束され、藍染隊長ではない誰かをみなが藍染隊長だと認識しているこの混乱の中、市丸ギンがあたしに向かって歩いてくるということなど気にも留めていない。

ドクン、と自分の心臓の音がいやにはっきりと聞こえた。頭の中で警鐘が鳴り響く。


これは、危険だ。


逃げるだなんて十一番隊にあるまじき行為かもしれない。けれど今は、確実に逃げた方がいい。あたしは今にも崩れ落ちそうな足を必死に動かして、瞬歩を使って一目散にその場から逃げ出した。



あたしがたどり着いたのは十一番隊の隊舎で、あの緊張と恐怖の中走ったために、息が荒い。ぜえぜえと荒く繰り返される呼吸に、止まらない震えと冷や汗。息は上がっているのに、ガタガタと奥歯が鳴っているせいでうまく呼吸が出来ない。隊舎の柱にもたれ掛かるようにしてへたりこんだあたしは、なんとか自分を落ち着けようと肩を抱きしめる。

なんだったんだろう、あれは。

隊長たちの異様過ぎる光景が思い浮かぶ。藍染隊長が死んだ?でもあれは藍染隊長じゃなくてどこかの隊の平隊員で、副隊長がふたりも拘束されて、それに、市丸ギンが―――

「緋雪?」
「!!!」

突然声をかけられて、分かりやすいくらい肩が震えた。顔を上げると、そこには四番隊舎から戻ったのであろう一角さんの姿があった。

「お前こんなところで…って、オメー何があった!?」
「え…」
「顔真っ青じゃねーか!」

一角さんはしゃがみこんであたしの額に手を当てる。馴染んだ温もりに少しだけ緊張の糸が解けるが、それでもまだ震えは収まらない。一角さんは眉をひそめてあたしの顔をのぞき見ると、震える肩をさすってくれた。

「大丈夫か?」
「は、い」
「…大丈夫って顔はしてねぇけどな。何があった?」
「……何が、あったんだろう」

あの光景を、あのすべてを、どうやって伝えればいいのだろう。あたしにだって何が起こったのか分からない。みんなが藍染隊長と呼んでいた誰かが本当に藍染隊長なんだとしたら、異常なのはあたしの方だ。拘束されたふたりの副隊長に何があったのかはしらないけれど、あれを見たら一角さんは何て言うんだろう。おかしいのはあたしだと言って、笑うのだろうか。それとも、呆れかえるのだろうか。何よりあの、市丸ギン―――

「おい緋雪!」
「!」
「どうしたんだお前…」

一角さんは両手であたしの首筋に両手を当てる。熱を計ろうとしているのだろうか。

「…あ、藍染隊長が…」
「あン?」
「藍染隊長が、死んで、」
「!!!」
「で、でもその人は藍染隊長じゃなくて…」
「…はァ?」
「あ、あたしにも分からないんです!何が、どうなってるのか…それに、市丸…市丸ギンが…」

向けられた霊圧を思い出してゾッとする。背筋を這い上がる恐怖があたしを支配して、声もうまく出すことができない。あたしは一体、あそこで何を見たのだろう。

「落ち着け緋雪!」
「!」
「オメーが何見たのかは知らねぇが、一旦落ち着け」
「…」
「ゆっくりでいい。何があった」

一角さんがあたしの手を握る。真っ直ぐにあたしの目を捉えた瞳は、じっとあたしの言葉を待っていた。大丈夫、落ち着け。そう言い聞かせて、何とか呼吸を整える。震えはまだ収まってはいなかったが、なんとか頭はようやく状況の整理を始めている。

うまく、伝えられるだろうか。
一角さんの手を握り返して、長く息を吐けば、あとは勝手に肺が空気を求める。ひとつずつ、追ってきちんと話をしよう、そう思って口を開いた、そのときだった。


「おったおった、十一番隊のアイドルちゃん」


声も上げられないまま、喉がひゅっと、鳴った。


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