17
焼きついたままの、オレンジ。




片恋の空:17




少ししてから到着した救護班と共に、あたしは一角さんを連れ四番隊の第一治療室に来た。そこで聞いた話だが、十一番隊はほぼ壊滅状態とのことで、持ち場を離れたことをそのときにほんの少しだけ悔やんだが、今更仕方がない。治療を終えた一角さんが寝転がるベッドの傍らに座り込んで、なんとなく一角さんを見つめていると、一角さんがあたしを見返した。

「なんだよ?」
「もう大丈夫ですか?体」
「あぁ、別に大したことじゃねぇ」
「なら良かった」

四番隊の方にお茶でも淹れてもらおうと立ち上がり部屋を出ようとしたそのとき、白い羽織を着た人があたしの前に立ちふさがった。思わず見上げて、背筋がスッと冷えていく。十二番隊の隊長、涅マユリが相変わらずの不気味な様子でそこにいたのだ。

「く、涅隊長…」
「邪魔だヨ。そこを退きたまえ」
「…」

得体の知れない威圧感に負け、部屋に通すように促してしまう。入り口付近で立ち尽くすことしかできないあたしなど見向きもせずに、涅隊長とその副官である涅ネムはつかつかと無遠慮に部屋に押し入った。一角さんはその様子を冷めたように見つめると、何も言わず窓から空を眺めた。目もあわせないつもりらしい。

「ご機嫌いかがかネ斑目君。随分と派手にやられたそうじゃあないカ」

一角さんのそばまで歩み寄った涅隊長は、からかうように言った。一角さんはしれっとその言葉を聞き流すと、何も言わずに窓から見える空を見つめている。涅隊長は特に気にした風でもなく続けた。

「で?キミをそう無様な姿にしたのは誰かネ?」
「…」
「旅禍の目的は?行き先は?馬鹿なキミでも姿形くらい覚えているじゃないのかネ?」
「さぁ、知りません」
「ホゥ?」

一角さんはそう答えるだけで、それからも涅隊長の問いかけをかわし続けた。少しの間、質問してはかわすというやりとりを続けていたのだが、痺れを切らしたらしい涅隊長は急に一角さんの部屋に結構な大きさの穴を開ける。さすがに見ていられなくなって、あたしは声を荒げた。

「涅隊長!このような場所での戦闘行為は禁止されているはずです!」
「うるさいヨ下っ端!お前に穴をあけてやろうカ!?エ?」
「まして目の前に居るのは戦闘で傷付いた怪我人ですよ!手荒な真似はおやめ下さい!」
「コノ…ッ」
「…マユリ様」

本当にあたしに穴をあけようとした涅隊長をそっと諭すように、静かに涅ネムが呟いた。すると涅隊長の怒りの矛先はあたしではなく涅ネムへと移行したようで、涅ネムが怒鳴られている。若干命拾いをしたなと思いながらも、この現状をどうすることも出来ずにいると、突然一角さんが言った。

「…吐かないも何も、俺は知らないんですよ。旅禍の目的も行き先も、何も」

相変わらずな一角さんの返事を快く思わない涅隊長は、眉間のしわを深くさせた。

「…じゃあ何かネ?キミは何の情報も得られぬまま、ただただやられて帰ってきたというわけかネ?」
「その通りです。ついでに言うと、俺は敵の顔も見ていないし声も聞いていません。だからあなたにこれっぽっちもありません」

一角さんがそう言った瞬間、涅隊長の顔つきが変わった。まずいと思って駆け寄るが、半歩分間に合わない。

「良かろう!じゃあ失態に相応の罰を受けて貰おうじゃないかネ!!」
「待っ…!」

涅隊長が腕を振り上げる。

―――が、それが振り下ろされることはなかった。

「…隊長…」
「驚いたな。てめえはいつから他隊の奴を裁けるほど偉くなったんだ?涅」
「更木…!」

更木隊長が涅隊長の振り上げた腕を掴んでいた。ギリギリと締め上げられていく腕を振り払った涅隊長は、悪態をつきながらも副官を連れて去っていった。涅隊長が更木隊長のことをお気に召さないのは以前からだったが、お陰であっさりと退散してくれて助かったと心底思う。

「やっほっ!」

涅隊長が去っていくと、更木隊長の肩からいつものように草鹿副隊長がぴょこっと可愛らしく飛び出てきた。

「だいじょうぶ!?心配したよつるりん!!まえがみ!!」
「そのアダ名はやめろっつったろドチビ」

旅禍の進入や十一番隊ほぼ壊滅状態危機だというのに、目の前に広がる光景があまりにも日常すぎて、一気に心がほどけて行く。どうやら私は、自分が思ってたよりもずっと心に疲れがたまっていたらしい。

「…聞いたぜ」

更木隊長が重々しく口を開いた。
…いや、この人が口を開くとなんだか重々しくなるのはいつものことなんだけど。

「負けたんだってな」
「…申し訳ありません。敗けて永らえることは恥と知りつつ戻って参りました」
「…強えのか」
「強いです」

一角さんは黒崎一護の外見と彼らの目的地、そして名前を伝えた。更木隊長が草鹿副隊長を連れて、いつになく楽しそうな表情で部屋を出て行くと、さっきまでのバタバタが嘘のように静まり返った。なんだかたったの一日でいろいろなことが起こりすぎたせいか、ただでさえ出来の悪い頭だというのに、いつになく働きが鈍いように感じる。

席を外した最初の目的を思い出し、通りすがりの隊員に冷えたお茶をふたつ貰う。一角さんのそばに改めて座りなおし、あたしはよく冷えたお茶をすすった。暑苦しいこの時期は、やはり冷えたお茶はよく染み渡る。

「一角さんも飲みますか?」
「いや、まだいい。そのへん置いといてくれ」
「はい」

近くに一角さんの分のお茶をそっと置く。窓の向こうのもっと遠くで、音か聞こえた。きっと争いの音だろう。一角さんはどんな気持ちであの窓の向こうを見つめているのか、あたしには分からない。だけど少なくとも、ここで大人しく寝転がってるのは性に合わないのだろうということは、あたしにだって分かる。ここにいると、妙に時間がゆっくり流れているように感じて、ここにいるのが正しいのかどうかさえも分からなくなりそうだった。

「黒崎、一護」
「あン?」

独り言のつもりが、一角さんには確かに聞こえていたようで、彼は視線を空からあたしに移した。

「いや、本当にルキア助けるつもりでいるのかなって」
「どうだか」

そう言って寝転んだまま、一角さんは鼻で笑った。無理もない、黒崎一護という青年が今やろうとしていることは、夢のまた夢のような話だ。護廷十三隊と戦って、たかだか5人程度でルキアをあの懺罪宮から助け出すなんて馬鹿げてる。それでも、彼の言葉に、嘘はまるで感じなかった。


『だから俺が助けるんだ』


真っ直ぐに私を写す瞳と、太陽のようなオレンジの髪を思い出す。それと同時に、赤い髪を靡かせる彼を思い浮かべた。きっと、黒崎一護は恋次と戦うことになるだろう。一角さんを負かしてしまうような人だから、もしかすると恋次だってただじゃ済まないのだろうけど、あの恋次が負けるはずがない。

ずっとルキアを想って、そしてようやく副隊長にまで上り詰めた彼と戦って、黒崎一護が無事でいられるわけがない。でも、黒崎一護が負けてしまったら、この状況で一体誰がルキアを助け出せるというのだろう。

「…」

遠くに見える懺罪宮を見つめる。ルキアが今、どんな気持ちであの中に閉じ込められているのかは分からないけれど、あたしの心はずっと前から決まっていた。ルキアを助けたい。あたしの大切な幼馴染を助け出したい。それだけだ。

「…一角さん」
「あ?」
「もし、あたしが罰せられても、庇ったりしないでくださいね」
「…行くのか」
「…ごめんなさい、護廷十三隊の顔に泥塗るような真似して」
「…そういう立派なセリフは泥塗ってから言いやがれ」
「ふふ、そうですね」

あたしは笑った。もしかすると、もう二度と一角さんたちには会えないかも知れない。

「…行ってきます」
「…ま、せいぜい生き延びるこったな」
「はい」

ひらひらと手を振る一角さんの姿をちゃんとまぶたに焼き付けてから、あたしは部屋を飛び出した。出来るだけ人に見つからないように懺罪宮へとかけて行く。

巨大な霊圧を感じて震えたのは、そんなときだった。

「…恋ちゃん…!?」

懺罪宮の近くでぶつかり合う霊圧は、間違いなく彼のもので、せめて相手が黒崎一護ではないことを願いながら、あたしは必死に駆けるのだった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -