16
止まりそうな、鼓動。




片恋の空:16




一瞬、思考も意識も時間も呼吸も、あたしの中の何もかもが完全に停止したような気がした。それからゆっくりと、旅禍の言葉が染み渡っていく。

朽木ルキアの居場所。

彼は何の迷いもなく、ハッキリとこう言った。それ以外はまるで興味のかけらも感じない。ただ本当に、その答えだけが欲しかったらしい。

「…ルキアの、居場所?」
「…例の極囚か。オマエらあんなモンに何の用だ?」

声が震えて動揺を隠せないあたしを庇ってくれたのだろう。一角さんがあたしの代わりに、あたしが求めた言葉を言い放ってくれた。それ聞いた旅禍は、それは腹が立つほどに堂々と答えたのだ。

「助けに来た!」
「あァ!?」
「は?」

一角さんが驚きの声をあげるのと、あたしが間の抜けた声をあげたのはほぼ同時だった。

「た…助けにって…オマエら何人で来た!?せいぜい7・8人だろ?」
「5人と一匹だ」
「何だ一匹って!?てか本気でその人数で助ける気か!?」
「そうだ!」

一角さんと旅禍の掛け合いを聞いているうちに、徐々に思考がクリアになって、そして最後の旅禍の返事で、あたしの中の何かが切れた。


「―――ふざけないで!!」


気付けばあたしは叫んでいて、すでに旅禍の胸倉を掴んでいた。旅禍は驚いたように目を丸くしてあたしを見つめ、傷が深く起きることもままならない一角さんはあたしを声で制止しようとする。

「緋雪!」
「ルキアを助けに来た!?バカなこと言わないで!!」
「…」
「たかが5人で何が出来るの!?死にに来たも同然じゃない!!」

あたしの言葉を、何も言わずにただ黙って聞き入れる旅禍。それがさらに、あたしの中の怒りを爆発させる。

「どうにもならないんだよルキアは!何をしたって、誰に頼んだって、懺罪宮からは出られない!!」
「…」
「…あぁ、なるほど。お前がルキアの力を奪った死神ね?だから罪滅ぼしに助けにでも来たわけ?命を懸けて?健気なことね。で、どうやって助け出すつもり?」
「…緋雪」
「あたしが何を言ってもルキアは聞き入れない!あたしがどんなに足掻いても届かない!なのにルキアの力で死神になったヤツがどうやってルキアを助け出すって言うの!?」
「緋雪やめろ!!」

一角さんの怒鳴り声で、熱を帯びた喉がすっと冷えていく。それと同時に、切れてしまったあたしの中の何かが、今度は音も立てずに消えていく。そしたら涙がボロボロと溢れ出して、止まらなくなった。

会ったばかりの旅禍相手に、何をしているの、あたしは。

怒って、わめいて、今度は泣いて。ここ最近不安定になりがちだった精神が、とうとう壊れてしまったように思った。どうすることもできないまま旅禍を見上げて涙を流し続けることしか出来ないまま、時間だけがすぎていく。

「…ここから南にまっすぐ行くと、護廷十三隊各隊の詰所がある。その各隊詰所の西の端に真っ白い搭が建ってる…そいつはそこ居る筈だ」
「…! 一角さん…!」
「てめーがそいつをどうしようと興味はねぇ、助けに行くってんなら好きにすりゃいい。でもな、」

寝転んだままで、格好をつける風でもなく、なんとなくついでに買い物を頼むくらいの感じで一角さんはこう続けた。

「そこのバカが泣くのは面倒だ」
「…みてぇだな」

旅禍は静かにあたしを見下ろした。その視線につられるように旅禍を見上げると、太陽のようなオレンジに目を奪われる。綺麗だなと、あまり働きもしない頭でぼんやりと感じた。

「――助ける」

力強い、答えだった。

「どうやってなんてわかんねぇけど、俺がルキアを助ける。そう決めてここまで来た」
「………死ぬかも、しれないのに?あなたが力を奪ったくせに?」
「だからだ」
「…」
「だから俺が助けるんだ」

まっすぐに答える言葉に、嘘など感じなかった。強がってるでもなく、迷いがあるわけでもなく、確証なんてどこにもないのに断言できる人だった。優しくて強い言葉を聞いたからか、ゆるゆると力が抜けて、腕が真っ白になるほどの力で掴んでいた彼の胸倉を、そっと解いた。

「…それじゃ、恩に着るぜ一角」
「着なくていいぜ気色悪い」

そのままその場を後にしようとした旅禍だったが、ふと思い出したようにあたしを振り向いた。

「アンタ、緋雪、だっけ?」
「え…そう、です」
「ルキアに会ったら伝えとく」
「え?」
「大事な友達泣かすなってな」
「…!」

そう言い残して、走り去ってしまおうとする彼の背中に声もかけれずいると、思い出したように一角さんが呼び止めた。一角さんを倒したこの旅禍を、今回侵入してきた旅禍の中で一番強いと見定めた一角さんは、更木隊長の名と特徴を彼に伝えて注意を促した。それが彼のためではなく更木隊長のためだとは分かっていたけど、もはやあたしに声を振り絞る気力など残ってはいない。

ようやく旅禍が去った後、のろのろと一角さんにそばで座り込む。自分の体を起こすようあたしに指示した一角さんの体を素直に起き上がらせると、間髪居れずに見事な頭突きが飛んできた。

「いっっっっったああぁぁぁぁぁぁい!!!な、何するんですか!」
「こっちのセリフだバカ!!後先考えず旅禍に飛びつきやがって!!アイツじゃなかったら見事に殺されてたぞオマエ!!」
「だ、だって!!」
「だってもクソもあるか!しかもわざわざこんなとこまで来やがって!!自分の持ち場があっただろうが!!」
「い、一角さんだってここ持ち場じゃないじゃないですか!」
「俺はサボってたら偶然アイツに会ったから応戦してたんだ!!テメェがごちゃごちゃぬかすな!!」
「だから心配になってここまで来たんじゃないですか!!」
「それがそもそもおかしな話だっていってんだよこっちは!!」
「だって!!」
「だってじゃねぇ!!」

怒鳴りあって、そして沈黙。静けさがなんとなく重くて、居心地の悪さを感じさせた。目の前には見たことがないくらいボロボロになった一角さんがいて、無傷のくせに精神だけはボロボロになってしまったあたし。一角さんが心配で、旅禍の言葉もいまだにあたしの中を巡っていて、まず何に手を付けていいのかもうまく判断できない。

あぁ、そうだ、四番隊を呼ばなくちゃ。あたしは偶然近くを通った隊員を捕まえて救護班を呼ぶように指示を出し、あたしはここで一角さんの具合を見ることにした。一角さんの体を支えながら立たせると、なんとか壁際まで歩いてもらってそこにゆっくりと座らせた。いくら薬で血を止めていたって傷は痛むのだろう、少し歩いただけでも一角さんの呼吸は荒くなり、額から汗が流れる。何も言わずに死覇装の袖でその汗をそっとぬぐってやると、一角さんの目があたしを見つめた。

「………悪ィ」
「え?」

一呼吸おいてから一角さんが零したのは、謝罪の言葉だった。

「負けた」
「…」
「…」
「…珍しいですね」
「慰めにもなってねぇぞ」
「珍しいから、来ちゃったんです」
「…」
「……生きてて、良かった」

ポツリと呟くと、一角さんはあたしの頭をやんわりと引き寄せた。心臓の音が聞こえて、確かなぬくもりを感じ取る。

「泣くな」
「……うん」
「お前が泣くといちいち面倒だ」
「…ごめんなさい」

なんとか涙を押さえ込み、頬を濡らさないようにする。血と汗のにおいがした。だけど確かに、一角さんのにおいがした。

ふと、戦いの場に似つかわしくない、優しすぎる旅禍の彼を思いだす。オレンジ色の髪、まだ幼さの残る顔つき、そしてルキアを助けるという言葉――

「…ねぇ一角さん」
「あ?」
「彼の、名前は?」
「…黒崎一護」
「黒崎…一護…」
「なんで名前なんて聞きやがる」
「別に。一角さんを負かしちゃうなんて相当強いんだなあって思っただけです」

一角さんから頭を離すと、あたしはまっすぐ一角さんを見つめた。あたしの顔を見てすぐ、一角さんの顔つきも変わった。きっと今、あたしはとても強い目をしているんだろうということは、誰が見ても分かるだろう。

「…行くのか」
「いえ、まだここに残ります」
「…いいのか、ルキアちゃん放っといて。行きてぇなら行けよ」
「行きません。あたしはあたしに出来ることを、目の前の出来事を、まずは受け入れます」

あたしは、彼の、黒崎一護のように強くも、優しくもない。だからこそ、まずはここからはじめなければいけない。

「救護班と一緒に一角さんを連れていきます。考えるのも動くのもそれからです」
「…」
「ルキアの極刑はまだ先だから大丈夫。今は、一角さんの方が大事」

今はね、ともう一度付け足すと、目の前の先輩は不機嫌そうに眉をひそめるものだから、つい笑ってしまった。黒崎一護に全てを託すだなんてそんなバカげたことはしないけれど、彼の力強い言葉だけは、少し信じてみたいと思った。

少しだけ、赤い髪を靡かせる彼の後姿を思い出す。大きいくせに誰よりも何よりも寂しそうな頼りない背中も、遠い彼女を思う横顔も、いつだってあたしを孤独にさせた。なのにどうして、ルキアを助けたいんだと、あなたは言わなかったのだろう。

恋次、あなたがずっと願えなかった強さが、彼にはあったよ。


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