15
足掻くだけの日々と、




片恋の空:15




例の旅禍のことで伝令が下ったのは、その日の夜のことだった。旅禍たちは児丹坊を倒した後、三番隊隊長市丸ギンに迎撃されたらしい。市丸隊長の迎撃は命令を無視したものだったらしく、その為急遽隊首会が開かれ、さらに副隊長も側臣室へと招集がかかる有様。他の隊員たちは特にすることもないので、みんな適当に散っている状況だった。あたしもやることがなくて、お風呂に入ったり夕飯を食べたりして、すっかり眠りについてしまったところだった。

しかし眠りは浅く、最近は寂しい夢を見る。
恋次は遠く、あたしの声の届かない場所にいて、ルキアはもっとずっと遠くに居る。あたしの声は届かないまま、二人はどんどん闇の中を進んで、最後には消えて行く。追いかけたいのにあたしの足には鎖が絡まり、身動きが取れないのだ。二人が消える頃、いつもあたしははっと目が覚める。それが夢だと気付くのに、毎回少し時間がかかる。現実味もないふわふわとした夢なのに、なぜか目覚めてもまだ夢の中に居る気がして怖い。

今日もまた、そんな夢にうなされて目が覚めた。のろのろと体を起こして、溜め息をつく。布団から抜け出して空を見上げれば、もう数時間後には空が白んで朝を迎えるところだった。

すっかり目が覚めて眠れなくなってしまったので、温かいお茶を入れてから死覇装に着替えて外に出た。縁側で空を見上げながらお茶をすする。またルキアの命の時間が減ってしまったのだと思うと、苦しい。

あれからルキアには会っていない。謝りたいけれど、もうそんなこと出来ないところまできてしまったんだとひしひしと感じて、やるせない。どうしようも出来ない感情が胸に渦巻く中、少し落ち着こうとお茶をすすっていると、再び眠気に襲われた。あぁ、また起きたら誰かに怒られる、なんて思いながらも、眠気には勝てないものだ。柱に頭を寄せて朝までこのまま眠ろう―――



―――警鐘が鳴り響いたのは、そんなときだった。



あたしはそのけたたましい音に飛び起きると、斬魄刀を持って勢いよく外に出た。いたるところで人が駆け回り、まだ朝を迎えていないというのに騒がしい。まだ少し混乱していたが、いつまでもこのままじゃいられない。あたしも人の流れに紛れながら、反射的に自分の配置場所へと駆けていた。そのときに、すれ違う人に声をかけた。

「あの、何があったんですか!?」
「あぁ!旅禍が進入してきた!」
「旅禍…!?」
「アンタも急いで配置につけよ!捕らえたヤツは大手柄だぜ!」

そうして声をかけた死神は颯爽と走り去る。寝ぼけているのかなんなのか、あたしはまだ頭が完全に覚醒していない。だけど、なんとなく胸騒ぎがして、不安がぐるぐると巡っていた。

あたしの嫌な予感は、なぜか昔から結構当たってしまうのだ。

不安で高ぶりそうな感情を押さえ込みながら、今は旅禍に集中することにした。だって悪い未来ばかりを考えていたって仕方ない。あたしは頭を左右に振りみだす。今、過ぎていくこの時間だけを考えるんだ―――。



そしてあたしは自分の配置についた。この近くに旅禍が潜入したようで、辺りはばたばたと騒がしい。

「神風六席!」

十一番隊の隊員があたしに声をかけてきた。あたしはこの隊員が何を言いたいのかを悟り、答える。

「旅禍は?」
「はい、この近くに落ちてきたみたいなんスけど…逃げられちまったみたいで見当らねェんですよ」
「落下…?まさか空から進入してきたの?」
「らしいっすよ」
「そう………わかった、じゃああたしはここの守りを固めておくから、あなたたちは旅禍を追って」
「はい!」

隊員が他の隊員を連れて走り去った。あたしも近場の隊員に指示を与えて、そのまま動かずに待機する。霊圧を捕捉しようと試みるが、あちこちでいろんな霊圧が膨張しあったまま混ざり合って分かりづらい。まだ瀞霊廷にいる死神たちに落ち着きがないので、仕方ないといえば仕方がない。

「…」

押し殺そうとすればするほど、不安の高まりはおさまらない。それでもなんとか、理性だけで必死にこの時間にすがり付いていた。

そんなとき、誰よりもよく知る霊圧を二つ、そんなに遠くない場所で感じた。その霊圧のすぐ近くで、あたしの知らない霊圧がひとつ……ふたつ。

「一角さん…弓親さん…」

思わずぽつりと声に出していた。しばらくすると弓親さんとひとつの知らない霊圧は遠ざかり、一角さんともうひとつの霊圧がそのまま残った。嫌な予感に、ドクン、と心臓が跳ねる。背筋には冷や汗が伝っている。

一角さんと弓親さんは強い。あたしなんかじゃ足元にも及ばないほど、強い。だから大丈夫だ、きっと大丈夫なんだ。そう自分に言い聞かせてみるえけれど、右手は素直にあたしの心を映しているらしく、ぶるぶると僅かに震えていた。一角さんときっと今争っているのであろうひとりの旅禍の霊力に、ただならぬ不安を感じた。

大丈夫だ、一角さんならきっと大丈夫、大丈夫。

必死に自分に言い聞かせる。言い聞かせ続けてないと、このままじゃあたしはすぐに一角さんのもとへ向かってしまいそうだった。ぎゅっと目をつむり、一角さんと弓親さんの無事を祈る。

そしてあたしが祈った、その瞬間だった。


「―――!!!」


一角さんの霊圧が、揺れた。こんなの、我慢できるわけがない。

「―――ねぇ!!」

あたしは近くにいた隊員に声をかける。隊員が振り返った。

「ここ、任せるから」
「え…ちょ、神風六席!」
「お願い、頼んだからね!」

申し訳ないとは思いつつも、無理矢理その場の管理を押し付けて、あたしは瞬歩で一角さんの元へと向かった。

「一角さん…!」

どうか、どうか無事でいて。あたしの祈りじゃ届きそうもないけれど、今はそう祈ることしか出来なかった。






屋根を伝いながら、あたしは必死に足を進めた。ちょうどあたしが一角さんのところに到着したときにはすでに、一角さんは倒れていた。そんな一角さんの近くに座り込み何かしている、オレンジ色の髪の見慣れない死神。

刹那、あたしの中で何かが爆発した。間違いない、あの死神が、旅禍だ。

あたしは屋根を蹴り、背後から旅禍の元に飛ぶ。霊圧がとんでもなく跳ね上がったけれど、そんなの気にしていられなかった。あたしの霊圧に反応したのか、旅禍が慌てて振り返った。そしてあたしの一撃を防ぐ。

「く…っ!?」

一角さんとやり合ったのだから、傷は浅くはないようだ。突然のあたしの一撃を防ぐのが精一杯だったらしい。

「…あなたが…一角さんを…」
「なんだよお前…一角の知り合いか!?」

容易くその名前を口にするその旅禍に、あたしの怒りは絶頂を迎えた。

「捕らえろ!喰蛇!!」
「!」

あたしが始解を放つと、刀は消えて、あたしの指から一本ずつ、計十本の糸のような細く柔らかな刃が現れた。その刃の糸は自由自在に動かすことが出来る。あたしはその糸で旅禍の体を雁字搦めにしてきつく縛りあげた。すると刃が旅禍の体に食い込み、じわじわと旅禍の体を痛めつける。

「ぐ…っ!?」

旅禍が痛みの声を上げるが、そんなこと気にしていられない。

「お前が…一角さんを…!」
「…っ、落ち着けよ!アンタが一角の何なのかしらねぇけど、このままじゃ助かるもんも助からねぇぞ!」
「!?」
「…一角の斬魄刀の柄の中に血止め薬が入ってる…それを使えば一角の血は止められる!」
「!」

あたしは少しそのまま硬直していたが、旅禍の体を解放してやった。旅禍はガクリと膝をつく。始解を解いて、膝をつく旅禍を見下ろしたまま言った。

「…あなた、もしかして…一角さんを助けようと…?」
「…早くしてやれよ、まだ腕に薬濡れてねぇんだから」
「…」

あたしは一角さんの元へ歩み寄って、血止め薬で傷口を塞いだ。止血されたことを確認すると、膝をつく旅禍の元に行って、彼の傷口に同じように血止め薬を塗ってやった。旅禍は何も言わずに、あたしの行動をただ静かに眺めているだけだ。薬を塗り終えると、旅禍はあたしの目を真っすぐに見て言った。

「ありがとな」
「………どうして」
「ん?」
「どうして一角さんのこと、見殺しにしなかったの?」

見殺しになんてしてたら、今ごろあたしが死に物狂いで殺しにかかっているところだけど。だけど普通ならそうするはずだ、放っておいても死ぬ敵を前にとる行動なんて、見殺しにするかそのまま止めをさすか。あたしがここに来るまでの間にどっちだって出来たはずなのに、この旅禍はどちらも選択しなかった。

「…見殺しにしてたら、次はアンタが俺を殺しにくるだろ」
「…」
「それに、俺はコイツに勝ったんだ。それだけで十分だ」

なんて戦いの場にふさわしくない優しい言葉なのだろうと思った。

「…ありがと」
「ん?」
「一角さんのこと、殺さないでいてくれて、ありがとう」

この旅禍は間違いなく敵だ。一角さんを傷つけたのもこの旅禍だ。そんなことわかってる。でも一角さんを助けてくれたのもまた、この旅禍なんだ。ぐるぐるといろんな感情が巡っているけれど、この旅禍、あまり悪い印象を感じない。

「…なぁ、アンタ…」
「?」
「コイツの彼女?」
「は!?」
「いや、だってなんかすげー大事そうだったし…」
「違います!一角さんはあたしの隊の三席で、あたしは六席!いつも良くしてくれてるお兄さんみたいな人!」

あまりに突然の質問に、あたしは憤慨する。旅禍は申し訳なさそうに慌てて謝った。

「いや、悪い悪い!気悪くしたなら悪かった!」
「…」
「そ、そんな目で睨むなよ…」
「……あなた、変な人」
「へ?」
「今なら簡単にあたしのこと倒しちゃえるのに、何もしないなんて」
「は?だってアンタと戦う理由なんてねぇだろ?」
「…やっぱり、変」
「…」

あたしがそう言うと、旅禍は困ったように頭をかいた。その時、一角さんが小さく呻き声のようなものをあげた。あたしはすぐに一角さんのそばに駆け寄る。

「……………」
「…一角さん…」
「……緋雪?お前、なんでこんなとこ「〜〜〜〜よかったぁぁぁ!!」
「おま…バカ!抱きつくな!!」

目覚めた一角さんに抱きつくと、一角さんは寝転がったままあたしを引き剥がした。そしてぼそっと声を上げる。

「…ところで、なんで俺は生きてんだ?」
「目ェ覚めたか」

一角さんがそう言った瞬間、あたしの後ろにいた旅禍が一角さんに声をかけた。一角さんが寝転がったまま声の方を振り向く。

「よっ」
「……!一護…てめえなんでまだそんなとこに…おい緋雪どういうことだ!」
「えっと…あの、一角さん、これはね、」
「別に俺が助けたんじゃねーよ、助けたのはその子だ」
「え…」

あっさりと嘘をついた旅禍は、その話を逸らすように続ける。

「イヤーしかし初めて知ったぜ。解放された斬魄刀って持ち主が気絶すると元に戻るのな」
「!俺の鬼灯丸…!てめえ…返っ…」
「別に盗りゃしねーよ。ここの血止め薬をちょっと借りただけだ。な!」

旅禍はあたしの方を見るとびしっと親指を突き上げた。雑すぎる行動に、ただ目をぱとくりとさせるしか出来ないあたしのことなどまるでお構いなしに旅禍は続ける。

「まあ俺とあんたに使ったら全部なくなっちまったけどな。しっかしめちゃめちゃ効くなーこの薬」
「な…てっ…てめえ!なんてことしやがった!!」

寝転がったまま一角さんは怒鳴り声を上げる。傷が広がったらどうするつもりなんだこの人は!

「一角さん!そんなおっきい声出さないでください!傷開いたらどうするんですか!?」
「うっせぇぞ緋雪!助けられて永らえるなんざとんだ恥さらしじゃねェか!」
「なんてこというんですか!?死んだらそれで終わりじゃないですか!バカなこと言わないでください!!」

旅禍の存在などまるでなかったもののように言い合いをするあたしたちを見て、旅禍はそれはとても申し訳なさそうに言った。

「……イチャついてるとこ悪いんだけどよ、ちょっといいか?」
「イチャついてない!!」
「ス、スミマセン…」

凄まじい勢いで旅禍のセリフに反応し、怒鳴りつけたあたしにむかって、旅禍は反射的に謝罪の言葉を口にしたらしい。一角さんはその様子を一通り眺めたあと、しれっと口を開いた。

「―――で?俺が目覚めるまで呑気に待ってやがったんだ、なんかあんだろ」
「あぁ、質問したいことがな」
「…そんなこったろうと思ったぜ」

ツイてねえやと吐き捨てるように言った一角さんを見下ろしながら、オレンジ色の頭の旅禍はゆっくりと立ち上がった。その行動に少しだけ警戒心を露にすると、あたしがカッとなってしまう前に一角さんが口を開く。

「落ち着け緋雪。今更手なんて出してこねぇよ」
「でも…」
「で、何が知りたい?誕生日でも教えてやろうか?」

一角さんが小バカにしたように言うと、旅禍はいたって真面目に、何の迷いもなく、思いもよらぬ言葉を口にしたのだった。


「―――朽木ルキアの居場所」

「…え?」


息が、止まったような気がした。


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