14
助けたかったのに、




片恋の空:14




一角さんのお陰で吹っ切れたあたしは、あの日から何度か朽木隊長の元へ足を運んだ。気まずくてルキアの元には一度も行けなかったけれど、少しでも減刑されたら、それがあたしに出来る唯一の罪滅ぼしだとも思った。

朽木隊長には何度もルキアの減刑を請うように頼み込んではみたけれど、相変わらず朽木隊長は涼しげな顔であたしをあしらうばかり。その上、あたしだけしばらく六番隊に出入り出来ない状況になってしまった。

困ったあたしは、思い切って四十六室にも行ってはみたけれど、話を聞いてもらうどころか、そこに迎え入れてもらうことすら出来なかった。つまりは門前払い。浮竹隊長の下にも何度か足を運んだが、お体の弱い隊長に会うことは難しいもので、会えたところで長く話をすることも出来なかったのだ。

そんなあたしの行動をみていた恋次は、あたしの姿を見つけるたびにあたしを咎めて、この間六番隊に出入り禁止になったことが知れるととてつもなく怒鳴られた。あたしを咎める際には必ず、言葉の最後に「あたしに何かあったらルキアが悲しむ」と付け加えて、いつも寂しげにあたしを見下ろしていた。その視線が痛くて悲しかったけれど、あたしはその台詞を言われるたびに「だからってルキアに死んでもらいたくなんてない」と反論した。

いつしか恋次とあたしはすれ違っても言葉を交わすことがなくなり、視線があっても恋次にそらされるようになっていった。それはもちろんあたしにとってはこの上なく悲しいことだしつらいことだったけれど、ルキアが助かればきっと恋次の気持ちも元に戻ると信じていた。

「緋雪」
「あ、弓親さん」

お昼ごはんを食べ終えて冷たい麦茶を飲みながらのんびりと縁側で過ごしていると、弓親さんに声をかけられた。弓親さんはあたしの隣に腰掛けると、青い空を見上げた。

「綺麗だね」
「そうですね、まさに夏空って感じ」
「…どう?最近」
「何がですか?」
「恋次とか、朽木さんのこととか」
「んー……まあ、何も変わりないです。恋次とは相変わらず、なんとなくぎくしゃくしたまんまで」
「そう」

あたしは余っていた湯のみに冷たい麦茶を注いで弓親さんに差し出した。弓親さんは笑顔でそれを受け取ると、少しだけ麦茶を口にいれた。

「それにルキア、今日で確か移送なんです。…懺罪宮に」
「…」

ルキアの刑の執行まで、残り14日を切った。ルキアは六番隊の隊舎牢から懺罪宮四深牢に移送される。移送の先導は恋次だとどこかで聞いた。朽木隊長にも四十六室にも、ほんの少しも掛け合ってもらえないまま今日を迎えてしまった。ここまで来てしまうと、さすがにあたし一人の力じゃどうにもならない。

ルキアは二週間後、処刑されてしまうのだ。どうすればルキアを助けられるのかは、もうあたしには分からない。

「…それより弓親さん、一角さんは?」

なんとなく重たくなってしまった空気を戻したくて話題をかえる。弓親さんの真剣の表情は一転して、柔らかなものになった。

「鍛練してるよ、相変わらず」
「じゃあ、また会ったときにでも伝えといてください。一角さんの書類上がったんで、六番隊に届けて下さいって。あたし、今六番隊行けないから」
「分かった。相変わらず書類ご苦労様」
「とんでもない。もう日常ですよ」

笑って返せば、弓親さんも笑った。そして他愛もない会話を続けていると、ふと遠くで気配を感じた。柔らかだった弓親さんの表情も固くなる。

「…弓親さん」
「わかってる、旅禍だね。数は……」
「5か、6か、ですかね」
「それくらいだね」

あたしは麦茶を飲み干して立ち上がった。

「行くの?」
「はい。ちょっと様子だけ見に行ってきます」
「いいよ、ゆっくりしなよ」
「え、でも…」
「どうせ他の隊が行くでしょ、僕らが行く必要ないって」
「はあ…まあ、そうなんですけど」
「緋雪は十一番隊のアイドルなんだから。そう易々と他の隊の男に見せちゃ一角が憤慨するよ」
「なんでそこで一角さんが出てくるんですか…」
「まあいいからいいから、座って」
「はあ」

あたしは言われるがまままた縁側に座り直す。だけどそわそわと落ち着かない。弓親さんはというと、暢気に麦茶を飲みながら相変わらずぼんやり空を見上げていた。ふとあたしは思い出して、弓親さんに言った。

「そうだ弓親さん、この間隊員からお饅頭頂いたんですけど、一緒に食べません?」
「いいね、頂こうかな」
「じゃあ持ってくるんで、ちょっと待っててくださいね」

あたしは立ち上がって蕎麦饅頭を取りに走った。本当は旅禍のことが気になって仕方なくて、じっとしていられなかったのが本心だ。蕎麦饅頭の前に、少しだけ旅禍の霊圧を辿ってみることにした。





あたしが駆けつけたときにはすでに数名の隊員たちがいて、小柄なあたしじゃ男の人たちが壁になって何も見えなかった。すっかり困っていると、聞きなれた声に呼ばれた。

「あれ、神風さん?」
「あ、吉良副隊長」

見上げれば、三番隊の吉良副隊長がいた。恋次と同期の死神で、まだ霊術院に居た頃に紹介してもらった。何度か食事もご一緒させてもらって、よくしていただいてる先輩だ。

「神風さん、一人?」
「はい。旅禍の霊圧が気になったものですから…」
「でも外には児丹坊がいるし、大丈夫だよ」
「そうですか…」

背伸びしたりしてしばらくきょろきょろとはしてみたけれど、結局なにも見えなかった。仕方ないので蕎麦饅頭を取りに戻ろうとすると、不意に声をかけられた。

「お、十一番隊のアイドルちゃんじゃねぇか」

どこの隊かも分からない席官の人が、二人。
この呼ばれ方は個人的にはすごく嫌だけれど、もうすっかり全ての隊に浸透してしまっているらしく『十一番隊のアイドル』という呼ばれ方で覚えられてしまった。その為あたしの名前はあまり広く知れ渡っていないので、それがなんとも気に食わないが、今更どうこう言えずにいるわけだ。

とりあえず軽く会釈だけしてさっさと戻ろうとすると、しっかりと腕を掴まれた。あたしが一人で行動していると絡まれるのも時々あることで、こんな風に腕を掴まれたり触れられたりすることもある。こんなことにはすっかり慣れたし、どうも舐められているようにしか思えなくて不快だけれど、なるべく落ち着いて返事をする。

「…あの、離していただけますか?」
「なんだよつれねぇな」
「俺たちちょっとアイドルちゃんと話してみたいだけなんだって」
「しかしこんだけ間近でみても可愛いんだな。アイドルってだけあるぜ」
「なぁ、今度さ、一緒に飯でもどう?」
「お断りします。そろそろ腕を離してください、綾瀬川五席に用事がありますので」

少しだけ霊圧をあげる。男たちが一瞬たじろいだとき、あたしの腕を掴んでいた男の腕を、別の男がひねりあげた。

「いでででででででで!!!」
「おい、女が嫌がってんだからやめとけ」

そう言って呆れたように男を睨みつけたのは、九番隊の副隊長だった。二人の男がびくりと肩を震わせる。あたしもこんな間近でお会いするのは初めてで、思わず背筋がしゃんとなる。

「ひっ、檜佐木副隊長…!」
「どこの隊のヤツかは知らねぇけど、十一番隊に喧嘩売るような真似はしねぇ方がいいぞ。分かったらさっさと持ち場に戻れ」
「す、すいませんでした!!」

男たちは慌ててそこから逃げ出した。あたしも慌てて檜佐木副隊長に頭を下げる。

「あの、ありがとうございました」
「いや、それは構わねぇけど…お前、何でここにいる?十一番隊の管轄はここじゃねぇだろ?」
「え、いや、その…旅禍が気になってしまいまして…すいません、すぐに十一番隊舎に戻ります」

ぺこりともう一度頭を下げると、檜佐木副隊長は一瞬きょとんとした後に、くつくつと笑った。あたしもつられてきょとんとしたまま小首を傾げてしまう。

「…?あの、なにか…」
「いや、悪い、別に何もねぇんだ。ただ十一番隊にもちゃんと礼儀のなったヤツがいるんだな、と思ったらおかしくてな」
「…もしかして、うちの隊の者が度々失礼を…?」
「まぁそれはいつものことだ」
「!!!ご、ごめんなさいすいません!!あのっ、ちゃんとよく言って聞かせますので!!!」

あたしがそう言って頭を下げると、やっぱりおかしそうに笑う副隊長。

「そ、そんなに笑わなくても…」
「悪い悪い、悪意はねぇんだ。それよりさっさと行かなくていいのか?綾瀬川が待ってるんだろ?」
「あ!そうだった!すいません、失礼します!!あと、助けていただいて本当にありがとうございました!!」

あたしは慌てて瞬歩で十一番隊まで移動する。蕎麦饅頭片手に弓親さんのところへもどると、そこにはにこやかな弓親さんと、不機嫌そうな一角さんが居た。一角さんはお茶をすすりながらあたしを睨みつける。

「弓親さん、遅くなってごめんなさい…これ、蕎麦饅頭」
「ありがとう緋雪。ところで、一体どこに行ってたの?」

にこやかな弓親さんの言葉に、思わずびくっとなった。別に弓親さんは怒ってもいないんだろうけど、隣にいる一角さんが妙に不機嫌なのは、多分あたしのせいだろう。

「えっと……やっぱり旅禍のことが気になっちゃって……なので、少し様子を見に行ってました…」
「そう。その後、何かあった?」
「その後?」
「旅禍を見に行った後」
「その後って言われても………あ」

言われて記憶を辿る。
すると男たちに絡まれたことを思い出した。

「何かあった?」
「ちょっと、知らない隊の男の人たちに腕を掴まれちゃって…それでなかなか戻ってこれなかったんです」

あたしが素直にそう言うと、一角さんの眉がピクリと動く。弓親さんはなんだか楽しそうに続けた。

「それで一瞬霊圧が跳ね上がったんだね」
「…バレてました?」
「もちろん。で、うまくかわせたの?」
「はい、九番隊の檜佐木副隊長が助けてくれました。それでなんとか戻ってこれたんです」

そう言いながら蕎麦饅頭の包みをほどいていると、一角さんがあたしの手をとめてずいっと顔を寄せた。あまりの至近距離に思わず作業の手を止める。

「…緋雪」
「は、はい?」
「お前、しばらく一人で行動すんの禁止」
「え……えぇぇ!?何言ってるんですか一角さん!」
「うっせぇ!テメーが一人でちょろちょろしてっからすぐに男に絡まれるんだろーが!!一人行動は今後禁止だ!禁止!!」
「じゃあ任務とかどうしろっていうんですか!」
「それは別だ!でもそれ以外で一人で行動すんのは禁止だ!!いいな!?」
「よくない!そんなのひどいじゃないですか!あたしにだって一人っきりの自由な時間が欲しいです!」
「禁止だっつってんだろ!!アホか!!」
「あたしにだってプライベートは必要なの!だからそんなの守りません!!」

ぎゃーぎゃーと始まったあたしたちの言い合いのすぐ隣では、弓親さんが蕎麦饅頭をほうばりながらお茶をすすっていた。

「…平和だね」

ポツリと呟いた弓親さんの言葉が、まさか現実にならないということを、まさか誰が想像しただろう。あたしはすぐに、今後訪れる出来事が全て、平和じゃないということを知ることになった。


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