10
そして

運命が廻る、




片恋の空:10




「…ルキアが?」

そう聞き返すのが精一杯だった。恋次は遠くを見つめながら続ける。

「…お前には早めに伝えとくべきだな、と思ってよ」
「それ…本当?」
「嘘ついてどうする」
「そう、だけど…」

恋次に呼び出されたあたしは、仕事が終わって六番隊に来ていた。夕陽を見つめながら二人で縁側に座り、あたしは恋次の話を聞いていた。あまりに急な話に、あたしはただただ固まった。

まさか、ルキアが、そんな、

ぐるぐると巡る。恋次を見つめることしか出来ないあたしは、彼のその姿に尚心を痛めた。今すぐに抱きしめたいくらい、恋次は遠くを見つめていた。あたしの姿なんて、はじめからその瞳には写っていないみたいだ。

まさかルキアが、罪人になってただなんて。

あたしは何を言えばいいのか、どうすればいいのか分からなかった。ただ恋次は遠くを見つめる恋次の瞳は、何かを決意したのであろう、静かにめらめらと燃えている。その決意は何かよくない決意のような気がして、あたしは怖くなった。

「あの…あのね、恋次」
「あん?」
「………ううん、なんでもない」

ルキアをどうするつもりなのって素直に聞けなくて、結局あたしはぐっと言葉を飲み込んだ。恋次に想われているルキアを妬ましく思う自分なんて嫌いだけど、ルキアのことは大事な友達だから、好きなんだ。守ってあげたいけれどどうすることも出来ないし、ましてルキアはもう罪人だ。あたしには今、何が出来るんだろう。

「…明日、行くんだよね?」
「あぁ」
「…恋次」
「ん?」
「気をつけてね」

恋次に伝えれば、恋次はあたしを見て笑った。くしゃくしゃとあたしの髪をなでる。

「心配すんな、すぐ戻ってくるからよ!」
「うん…」

そして去っていく恋次の背中を見つめながら、あたしはそっと空に祈った。どうか、どうか恋次が過った決意を固めてしまいませんように…!

このとき、それがあたしに出来る精一杯だった―――









その翌日。
朽木隊長と恋次は、ルキアを捕らえるために現世へと出向いた。その日のうちに、二人は、ルキアを連れて、帰って来た。

「…」

そして翌々日の今日、今現在、あたしは六番隊の隊舎牢の前にいる。そこでぼんやりと恋次を待っているところだ。

「おう、待たせたな!」

非番だった恋次が鍵を持ってやってきた。あたしは曖昧な笑顔でそれを迎える。恋次は隊舎牢の鍵を開けて中に入る。あたしもそれに続いた。

そう、あたしは今、ルキアに会いに六番隊の隊舎牢へ来たのだ。

非番なのに恋次はルキアに会いに行くと言っていたので、そこへ無理矢理同行させて欲しいと言ったのはあたし。純粋に、ルキアの状況が気になっていた。あたしはあたしなりに、ちゃんとルキアを想ってるのだから。

中に入ると、理吉くんが居たので挨拶を交わす。恋次に憧れているという理吉くんの眉毛にも、やっぱり刺青が入れてあった。そして理吉くんがいるそのさらに奥に見える、牢獄。その中にはただ空を仰ぎ見る見慣れた、人影。

「…ルキア…」

あたしは静かにその名を呼んだ。少しだけ驚いたようにルキアは一度こちらを振り返ったが、その後何事もなかったかのようにまた空を見た。

「…緋雪か」
「ルキア…」

あたしは牢獄に歩み寄って、その牢獄にそっと手をかける。

「…無事だったんだね、良かった」

あたしがそう言うと、鼻で笑うようにルキアは言った。

「良くなどないさ。私は罪人だ」

そう言い切ったルキアに、とてつもなく悲しくなった。どうして、人間に力を渡してしまったの―――聞きたいことはたくさんあるのに、やっぱりどれも上手く言葉にはならない。すると恋次があたしの隣に立った。ルキアに声をかける。

「よォ、いつまでヘソ曲げてんだよルキア?メシくらい食わねーと体もたねえぞ」
「…ヘソなど曲げておらぬ。腹が減っておらぬだけだよ、副隊長殿」

副隊長、と言う言葉を妙に強調させてルキアは言った。すると恋次の眉毛がぴくりと上がり、眉間に皺が寄る。

「…あァ!?何だてめえ?俺が副隊長ってコトに何か文句でもあんのか!?」
「イヤ別に?私のおらぬ二月ほどの間に随分と頑張って出世したな…と感心しておるのだ」

ルキアの嫌味な言い方に、恋次はさらに眉間の皺を深く刻む。あたしはというと、そんな二人の言い合いに口も挟めずおろおろとするばかりだ。

「良いではないか似合っておるぞ、がんばれ副隊長殿!強いぞ副隊長殿!ヘンなマユ毛だ副隊長殿!」
「殺す!!こっから出てこいてめえっ!!」
「ちょ、恋次…!落ち着いて…!」

今にもルキアに飛び掛りそうな恋次は、このまま牢獄まで壊してしまいそうな勢いだ。あたしはそんな恋次に必死にしがみつく。すると、ふとルキアが静かな声で言った。

「…恋次」
「あァ!?」

暴れていた恋次が止まる。

「私はやっぱり…死ぬのかな」

ルキアの言葉に、あたしは思わず息を飲んだ。この空間に立ち込める空気が重く、淀んでいる。しかしあたしが感じているそんな感覚など恋次には伝わっていないようで、ルキアの言葉に、反射的に答えを返していた。

「バカ、てめーあったりめーだろそんなの!てめーなんかスグ死刑だスグ!!」
「……そうか…そうだろうな……」

売り言葉に買い言葉。そしてルキアの、受け入れの言葉。己の結末を知ってしまっている彼女は、今どんな思いで空を眺めているのだろう。恋次はそんなルキアの返事に戸惑ったのかなんなのか、少し間をあけてまた怒鳴るように言った。

「バカ、てめージョーダンにきまってんだろジョーダン!!」
「どっちなんだ一体!?」
「…」

昔から変わらない、相変わらずの2人の掛け合いに、あたしは目を伏せたくなった。どうして、この2人はあたしを置いてけぼりにするんだろう。

「…今、朽木隊長が本部に報告に向かってる。そこで恐らくテメーの減刑を請う筈だ」

恋次の声色が、途端に優しいものに変わった。

「あの人はオメーの兄貴だろ。みすみすオメーを見殺しになんかしやしねぇよ」
「…いや」

一拍置いて、ルキアは言う。

「あの人は私を殺すよ」
「…ルキア」

思わず、彼女の名前を呼んだ。切なくて、寂しい、何かを諦めたような、だけど諦めたくなかったような、そんな声だった。

「私はよく知っている。あの人がどういう人なのか」
「…」
「朽木家に拾われて四十余年―――あの人は一度だって、私を見てくれたことはないよ」
「…」

それからはしばらく、無言の時が過ぎた。それがどのくらい長いものだったのか、はたまた短いものだったのかは覚えていない。あたしと恋次は思い空気を身に纏ったまま、ルキアの元を後にした。

恋次と二人、重たい空気を背負い、なんとなく気まずい様子で帰路につく。ルキアが仰いでいた空を見上げると、美しい青が広がっていた。

「なぁ緋雪」

恋次がぽつりとつぶやいた。

「…うん?」
「…いや、やっぱりなんでもねぇ」
「…そっか」

恋次が何を言いたかったのか、聞き返す気にはならなかった。そのまま二人、無言で歩く。

「…ね、恋次」
「ん?」
「ルキア、死なないよね?」
「…どうだろうな」

最後に聞いたルキアの声が、今も頭の奥底で反響していた。焼きついて離れない彼女の顔とあの声が、あたしの脳内を支配していたのだ。

「…あーあ!」

そう言ってぐっと伸びをする。

「早く帰ろ恋次、あたしお腹すいた!」

そして早足で恋次を追い抜いて、恋次の二歩先を歩く。

―――まさか泣いてる顔なんて、恋次に見せれるわけがない。

不安で、寂しくて、悲しくて、あんな状況なのに二人の関係のもやもやしている自分がいて。ちっぽけで醜いあたしの全ても、もう何もかもが嫌になった。ルキアがいなくなるのは嫌で、恋次があたしを見てくれないのも嫌で、あたしが独りになるのも嫌で。まるで何も知らない子どものような感情と、その感情をさらけ出せるほど子どもじゃないあたし。大人になるたびに、どうしてこんなに純粋に泣いたり笑ったり出来なくなっていくんだろう。不安定な私の心は、いつだって何にも寄りかかれずにぼろぼろと崩れていく。

「……緋雪、」
「なにー?」

振り返らない。
例えこの声が震えてたって、振り返ったりしない。泣いていたとしても、明るく声を張り上げるだけだ。だってあたしは、守られちゃいけない。

「……いや……そうだな、腹減ったな」
「でしょ?だから早く帰ろ!」

そう言ってまた一歩、恋次よりも先を歩く。必死に堪えた涙が、一筋だけ、頬を伝った。


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