11
あれから数日後、




片恋の空:11




「おはよ、ルキア」
「緋雪…」

定時が過ぎた頃、あたしは恋次の許可を得て、ルキアに会いに来た。今日はあたし一人だ。どうしても、一人で来たかった。

「相変わらずご飯全然食べてないって?弱っちゃうよ、体」
「心配にはおよばぬよ」

ルキアはそう言って薄く笑って見せた。その笑顔が、痛い。

「…あのねルキア、恋次に聞いたんだけど…」
「…」
「第一級重禍罪―――極刑に、なったんだね」
「…あぁ」

本当は、否定して欲しかった。違う、そんなことない、嫌だって、泣き喚いて欲しかった。昔から恋次の前では強がったり威張ったりしていたけれど、あたしの前ではいつもすごく優しくて、恋次に言わないようなことも話してくれたルキア。だからせめて、あたしの前ではそうあってほしくて、僅かな希望に縋ってここへ来たのに。

ルキアは己の罪を、誤魔化しもせず素直に認めた。

もしルキアが嫌だと泣き叫んだなら、彼女の心を慰めようと奮闘できたかもしれないのに、ルキアはそんなことなど一切しない。分かってはいたけれど、子どもじみたまま大人になれずにもがくあたしと、子ども心は忘れずにそっと大人になったルキア。その差は歴然としていて、また悲しくなった。

「兄様に言われたよ、次に会うのは処刑台だと」
「…どうして…?」

続いてルキアが吐き出したその言葉に、あたしの中で音もなく緩やかに怒りが込み上げた。どうして、お兄さんなのに、妹にそんな言葉が言えるの?

「言っただろう、あの人は私を見てくれたことはないんだ」
「っ、お兄さんなんだよ?ルキアの家族なんだよ?」
「…」
「…ルキアは、それでいいの…?」
「中央四十六室の裁定だ。覆りはしないさ」
「…」

淡々としたルキアの態度に、更に怒りが燃え上がる。鼻の奥がツンとする。眼球がじんじんと熱くなる。ルキアにこんな言葉を言わせてしまう兄なんて、必要なわけない。あたしは震える声で、ルキアに言った。

「…あたし、朽木隊長を許さない」
「…緋雪?」
「お兄さんなのに、ルキアの家族なのに、ルキアにそんなこと言わせる人なんて、あたし、許せない」

ルキアは驚いたようにあたしを見つめた。

「ルキアはこれでいいの?本当にこのままでいいの?」
「…私は罪を犯したんだ、従うしかない」
「…なにそれ…なによそれ!」

気付いたら、あたしは声を張り上げてた。

「だって何か理由があったんでしょ!?ルキアが理由もなく罪を犯すはずなんてない!」
「…」
「その上お兄さんと交わした最後の会話が『次に会うのは処刑台』っておかしい!絶対におかしい!!」

そしてぼろぼろと涙が頬を伝う。そんなあたしの姿を見て、ルキアが珍しくおどおどしたようにあたしに近付いた。

「緋雪…な、なぜ泣く……」
「泣くに決まってるでしょ!大事な幼馴染が極刑なんだよ!?」
「…それは…」
「嫌に決まってるでしょそんなの!…絶対…嫌だよルキア………」

肩を震わせて、嗚咽を漏らして泣くことしか出来ないあたしは、俯いて両手で顔を覆った。そんなあたしの手に、ルキアの手が伸びてきてそっと触れる。

「…いいんだこれで、幼馴染が罪人だなんて言えないだろう?」
「っ、よくない!どうしてそんなこと言うの!?」

ルキアの手を振り払って真っすぐにルキアを見つめれば、ルキアは困ったような顔であたしを見た。あたしがルキアを慰めてあげようとここへ来たのに、どうしてあたしが泣いていて、ルキアに慰められているんだろう。情けなくて、余計に涙が溢れた。

「…きらい」
「緋雪?」
「朽木隊長も、簡単に死を受け入れちゃうルキアも、嫌い」
「…」
「…生きてよルキア、せっかくまたこうやって話が出来るのに…どうして簡単に死を受け入れるの…強がるの…?」
「…」
「あたし頑張るから、全然力になれないかもしれないけど、ちょっとでも何かが変わるんなら頑張るから、ルキアが死ななくていいように頑張るから、だから生きたいって言ってよ…」
「……すまぬ」

ルキアは俯いて、静かにそう言った。運命を受け入れられない子どもなあたし、反してそれ受け入れる大人なルキア。

どうして、彼女はこんなにつらい想いをしなくちゃいけないんだろう。
どうして、恋次をこんなに悲しい気持ちにさせるんだろう。
どうして、あたしはいつまでたっても大人になれないままなんだろう。

「―――っ、」

ルキアは、生きたい、死にたくないと、そうは言ってくれなかった。あたしはこれ以上何も言葉に出来なくて、走って部屋を出た。ルキアがあたしを呼び止めた声が聞こえたけれど、あたしの足は速度を保ったままだ。

部屋の扉を開けた瞬間、見慣れた人物にぶつかってしまった。見上げれば、赤。恋次があたしをみつめて困惑の表情を浮かべている。

途端に、あたしの中で何かが弾けた。さっきよりもぼろぼろと涙が溢れてきてしまって、恋次に泣き顔なんて見られたくなくて、あたしは逃げるように更に足を速めた。恋次をすり抜けて、ひたすら走る。この場にいられなくて、ただひたすら走った。

「緋雪!」

恋次があたしを呼ぶ。
だけど、追いかけてこない。
分かってた、分かってたよ。

貴方の足はあたしじゃなくて、彼女を追いかけるためにあるんだもの。






泣きながら十一番隊に戻ったあたしは、自分の席に座り、机に突っ伏したまま泣いていた。定時を過ぎてはいたけれど何人かは鍛練していて残っていたらしい。残っていたみんなが心配そうにあたしを見つめていたのは知っていたけれど、今は笑顔になんてなれやしない。声も掛けづらかったらしく、みんな心配そうに見つめるだけで声をかけては来なかった。

あたしがこんなバカみたいに泣きじゃくったのは、これが初めてだった。だから尚更いろんな人に心配と迷惑をかけたに違いない。分かっていたけど、今はどうにもならなかった。

「…緋雪」

静かに頭上で声がした。弓親さんだ。こんな状況で泣いてる女の子に優しく声をかけられるのは、デリカシーのない十一番隊の中で、唯一彼だけだろう。

弓親さんはあたしの側にしゃがみこむと、そっとあたしの頭に手を置いて、優しくぽんぽんと撫でてくれた。それが余計に涙を誘った。ルキアに会いに行くことは伝えていたから、私がルキア絡みで泣いていることは分かっているらしい。

「…つらい?」

優しい声に、嗚咽を漏らしながら、何度も頷いた。

「…そりゃそうだね、いいよ、思いっきり泣けばいい。隊の連中にはここから離れるように言っておいたから、ここには僕と緋雪しかいない」
「う…ふぇ……」
「そう、我慢しなくていい。好きなだけ泣いていいんだよ。一人でつらくないように、ここにいてあげるから」
「う…うぅ……」

その言葉に、あたしは安心したのかもしれない。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


叫んだ声は酷く無様で、だけどもうあたしはそうすることしかできなかったのだ。弓親さんはそんなあたしの肩をぎゅっと抱いて、あたしが眠りに落ちるその瞬間まで、ずっと側にいてくれた。


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