02(3/35)


いつもと同じように過ごしていた
いつもと同じように時が過ぎると思っていた

でも 世の中は そんなに上手く 出来ていない



 ● ●



私はいつもと同じように仕事をしていた。何も変わらないこの日々を、いつか本当の喜びと感じてしまうのも時間の問題だ。このままでは、この優しさ、幸せに包まれたままの世界に慣れてしまう。

それはそれで、確かに幸せなことかもしれない。

でも、そんな当たり前のような幸せは、私なんかが持ってていいものじゃないのだ。この三番隊は、本当に毎日賑やかで、穏やかで、優しい。そんな優しさは、私には勿体ない。そんな優しさなんか、私には必要ない。

だから、一層の事、私を見放して。

そんな惨めなことを考える日々。相も変わらず、今日もそうして過ごしていた。そんな時、この三番隊の副隊長である吉良副隊長に声を掛けられた。

「あ、神風さん。ここに居たんだね。探したよ」
「吉良副隊長…すいません、ご足労お掛けしました」

私が居るのは、三番隊の倉庫。仕事が早く終わって暇だった為、こうして汚い場所を掃除していた。

私は、汚い所が嫌いじゃない。だって、汚い所は私の心に似てるから、綺麗にしてあげたくなる。ただの自己満足だとは分かっているけれど、私の穢れた心の分まで、綺麗にしてあげたくなるのだ。

「いや、そんなことは別に構わないんだけど」
「はあ…それより、私に何か御用が?」
「あぁ、ちょっとね…」

先程までやわらかく微笑んでいた副隊長の顔が、一瞬にして強張った。

「…副隊長…どうなさいました?」
「…神風さん、今から隊首室に行くよ」
「隊首室に…ですか」
「うん、僕と一緒に来て欲しい」
「構いませんが…でも急にどうしたんですか?」
「大事な話があるんだ」
「大事な、話…?」

私が聞き返すと、吉良副隊長は俯いたまま首を縦に振る。私はもうそれ以上は問わず、そのまま吉良副隊長の後を着いて行く。

吉良副隊長に行き成りこんな事を言われて、正直驚いた。理由も分からないままだったが、吉良副隊長の悲しそうな後姿を見ていると、自然と気持ちも体も強張る。

緊張を解きほぐせないまま歩いているうちに、私と副隊長は隊首室の前に着いてしまった。私は静かに息をのむ。副隊長は、優しく隊首室の扉を叩いた。

「…イヅルです。隊長、神風さんを連れてきました」
「おおきにイヅル。入ってええよ」
「失礼します」

副隊長は、そっと隊首室の扉を開けた。扉を開けると、無言で私に入るように促す。導かれるように、私は隊首室の中へ入る。

そこにはにこやかな、市丸隊長が座っていた。

「蓮華ちゃん、わざわざ来てくれてありがとうな」
「いえ…そんなこと…」
「イヅル、お茶用意してくれる?」
「分かりました」
「あ…副隊長、私がやりま「蓮華ちゃん」

私がやります。
その言葉は市丸隊長の言葉で遮られた。市丸隊長は相変わらずの笑顔だったが、何処か寂しげな表情だった。

「蓮華ちゃん、今日は君に大事な話があるんよ」
「それは分かっていますが…副隊長にお茶汲みなど…」
「ええの。ボクがええって言うてんねんから、ええの」
「…分かりました…。あの、ご用件は…?」
「…まぁそっちへ座り」

市丸隊長は、私を自分の向かい側へ座るように促した。戸惑いながらも、私はそこに腰を下ろす。

「…蓮華ちゃん、今から言う事、二度は言いたくないんよ」
「…分かりました」
「先に言うとくけど、蓮華ちゃんにとっては辛い事やで?」
「……なんとなく、嫌な予感はあったので、分かっていました」
「…覚悟は出来てる?」
「…はい」

私は嘘をついた。嫌な予感があったのは本当だが、覚悟なんてこれっぽっちも出来ていない。ただ、あまり心配を掛けたり不安にさせたり、したくなかっただけ。

「そうか…」

市丸隊長は、呟くように言った。その言葉を聞き終えたとき、吉良副隊長がお茶を運んできた。市丸隊長はそのお茶を少しだけ口に含んで、間を開けた。

そして、決心したかのように口を開く。私はお茶を手にせず、そのまま市丸隊長の言葉を待つ。

「あんまり言いたくない事やけど、単刀直入に言わせてもらうで?」
「…はい、お願いします」

ふぅ、と溜め息をつき、隊長は一言。


「蓮華ちゃん…君、明日この隊から移動になったんよ…」

「………移動、ですか」


突然告げられた言葉。

『この隊から移動』

私は拳を握る。静かに、静かに握る。いつまでもこの偽りの幸せに縋っていてはいけないんだと、遠くで誰かに笑われているような感覚。

平隊員の移動なんてよくある話だ。二年間、私にその話が回ってこなかったのが不思議だったんだと思えばいい。こればかりは、どうしようもないのだから。

「…そうですか…分かりました」
「ごめんな…出来れば手放したくはなかったんやけど…」
「いえ、隊長の責任ではありません。たまたま私が移動になっただけなので」
「…たまたま、って言えばたまたまやろうね…」
「どういう意味です?」
「君が移動になる、その隊の場所は……」

ひとつ、息を吸って、市丸隊長は私に、絶望を、告げた。


「…九番隊、なんよ」

「…………九番、隊?」


一瞬、何もかもが止まった気がした。世界も、時間も、私も、呼吸も。

その全てが意味を失くすほどの破壊力を、その言葉は持っていた。


『九番隊』


その場所に移動する、だなんて、私にとっては、耐え難い拷問のようなものである。あの日の走馬灯が私の頭を駆け巡って、あの日の惨劇がゆらゆらと視界の奥で揺れる。

「神風さん、隊長を恨まないで欲しいんだ」

幻に飲まれてしまいそうになった私の耳に副隊長が鮮明に響いた。それと同時に視界で揺れたあの日の惨劇が消える。私は僅かに震えていた。

「市丸隊長は凄く反対したよ…もちろん僕も。でも、隊首会で決定した事なんだ」
「この話…隊首会にまで持ち上がっていたんですか…!?」
「僕等は猛反対したけど、他の隊の隊長方は、移動に賛成で…」

たかだか平隊員の移動が隊首会にまで持ち上がるだなんて、一体誰が思っただろう。副隊長は悲しそうな顔をする。

「ごめんな、蓮華ちゃん…ボクらじゃ何の力にもなられへんかったわ…」
「そんな事…!」

私は悲しげな顔をして俯く隊長たちに言った。でも、私は何も悪くないのだと、目で訴えられてそれ以上何も言えなくなる。

「蓮華ちゃん、この決定はもう覆されへん…」
「でも…どうして私なんですか…なんで九番隊に…!」

声が微かに震えている。今にも泣き出しそうな私に、切ない表情で微笑みながら、移動になった理由を市丸隊長はゆっくり話す。

数日前、この三番隊に珍しい客が来た。私もよく知っている人―――九番隊の隊長、東仙要。

その頃、三番隊の仕事は市丸隊長がサボるので溜まりに溜まっていた。そんな中、手が空いていたのは私だけだった。だから渋々、お茶を淹れるために私は九番隊隊長の前に姿を現したのだ。

さすがの東仙隊長も、私が元九番隊の三席だとは気付かなかったらしい。それもそうだ、姿も心もこの変わり様、分かる方が凄いと思う。

私は、お茶淹れると、そのまま隊首室で仕事をした。市丸隊長は誰かがしっかり見張っていないとまともに仕事してくれないし、来客中だと、だらだら喋りすぎて結局話が長引いて仕事をしなくなる。だから私はあまり目立たないように、静かに見張っていた。

本来ならば、これは吉良副隊長がすることなのだが、生憎現世に向かっていたため、お茶を淹れた私が自然とその役に回ったのだ。書類を進めながら、市丸隊長を見張り、そして、東仙隊長が私に気を取られないように、必死に自らの存在感を薄めていた。

――が、どうやら東仙隊長が私の仕事っぷりを気に入ったらしい。

そのため、私を九番隊に引き入れたいと市丸隊長に申し出た。勿論、市丸隊長と吉良副隊長は断固として拒否したのだが、その問題は隊首会で話し合うことになった。結果、別に移動しても支障のない件だったので、ふたりの抗議は無残にも敗れた……

「…って事なんよ」
「…私、他なら何処へ行っても構いません…でも…でも九番隊なんて…っ」
「蓮華ちゃん…」
「私…九番隊へ行くなら、し、死んだ…方が…っ」

気付けば、ぽろぽろと涙が頬を伝っていた。情けない程嗚咽が漏れる。市丸隊長は私の隣に移動すると、優しく頭を撫でた。

「蓮華ちゃん、ごめんな?ボクの力不足で泣かせてしもた」
「っ、ひく…っ」
「辛くなったら、いつでも戻って来てええから…せやから、我慢してくれへんか?」
「……また、ここへ来ても、いいんですか…?」
「勿論。辛くなったり、逃げたくなったりしたら、いつでも戻っておいで?」
「ほん、とに?」

市丸隊長は、優しく、大きく頷いた。私はその姿を見て安心した私は、嗚咽を押さえ込んで涙を拭い、市丸隊長の目をそっと見た。

「…分かりました、行きます。九番隊に…」
「蓮華ちゃん…」
「…辛くなったら、またお邪魔します」
「いつでもおいで、待ってるよ」
「はい…。市丸隊長、吉良副隊長、今までお世話になりました」

立ち上がって、二人に一礼した。相当ぎこちない笑顔を作っていた私を見て、市丸隊長は少し心配したように声をかける。

「無理はせんと…な?」
「はい」

私はそのままもう一度頭を下げて、隊首室を後にする。こんなに心が締め付けられたのは、二年ぶりだった。



私は、これからあの場所へ戻る。
(恐怖の幕開け)


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