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私の感じる孤独はいつも
私の愚かさ故の罪



 ● ●



「超越した強さねぇ…」
「ねぇねぇ、なんだと思います?」

私はとりあえず十番隊の隊首室に来ていた。乱菊さんと一緒にお茶をすすりながら、強さについて考える。

「でもそれ、私が分かっちゃっても仕方ないじゃない」
「そうなんですけど、せめてヒントくらいあれば!」
「そうねぇ」

乱菊さんはお饅頭を頬張りながらうーんとうなると、あっ、と何か思いついたような素振りをみせる。するとニヤリと笑いながら冬獅郎の方を向いた。冬獅郎の眉毛がピクリと上がる。

「こういうときこそ隊長ですよね」
「…どういう意味だ」
「だってほら、隊長は蓮華のことが「何の話だ」

言いかけた乱菊さんの言葉を冬獅郎は塗り替える。私は期待を込めた瞳で冬獅郎を見つめた。

「そんなことよりいい加減仕事しろよ松本」
「そんなことって、可愛い後輩の相談にそれはないでしょう」
「そうだそうだー!」

私は冬獅郎に食って掛かる。私よりもちっちゃい冬獅郎だから、隊長だろうとなんだろうと、そんなのお構いなしだ。

「うるせぇ!そんなことに違いねぇだろ!いいからさっさと仕事しろ!お前の分の書類こんなに溜まってんだぞ松本!」

冬獅郎は自分の目の前に、どかっ!という効果音がピッタリなほど積み重ねられた書類の山を乗せた。どうやら全部、乱菊さんの溜め込んだものらしい。乱菊さん自身これは想定外の量だったのか、うっと言葉に詰まった。

「……んもー、分かりました、分かりましたよ。やりますよ、それ」
「えー、じゃあ私の悩み相談はおしまいですか?」
「ごめんね蓮華、文句なら頭の固い隊長に言って」
「冬獅郎のばかーちびー」
「チビっていうなチビ!」
「冬獅郎の方がちびじゃん!」

冬獅郎といつものように言い合いをし合っていると、隊首室の扉がノックされた。私と冬獅郎、そして乱菊さんがその扉へ視線を寄せる。

「九番隊副隊長、檜佐木修兵です、入ってもよろしいでしょうか」
「…あぁ、入れ」

修兵が扉をくぐりぬけて顔を見せる。私を怒りにきたのかもしれない。そしたらまた怒られてしまう。私はすこしおどおどとした様子で修兵の顔を見つめた。修兵は私の姿を見つけると、私を手招いた。いつもなら「ちゃんと仕事しろ!」って怒るのに、今日はそんな様子でもなさそうだ。少し拍子抜けしたが、素直に修兵のところまで歩み寄る。

「…すいません、うちの蓮華が仕事中にお邪魔しました」
「いいのよ〜いつ来てくれたって」
「松本、いつ来てもいいわけねぇだろ」
「あら隊長、隊長だって嬉しいくせに」
「うるっせぇんだよ!さっさと仕事しろ!…檜佐木!さっさとそいつ、連れていけ」
「はい、すいませんでした。乱菊さん、たまにはこいつの躾してやってくださいね」

修兵はそういいながら私を連れて隊首室を出た。いよいよ怒られるかと思ったが、やはり修兵は怒らない。私は不思議に思って、少し俯く修兵の顔を覗き見る。その顔は、とても悲しそうに歪んでいた。

「…修兵?」

恐る恐る声をかければ、修兵はぼんやりと私を見て、笑った。

「…東仙隊長から聞いてる。今回は叱るつもりはねぇよ」
「…じゃあ、何しにきたの?何かあったから来たんでしょ?」
「…紅が、」
「! お姉ちゃんになにかあったの!?」

私は修兵の腕を掴んで揺さぶる。客観的に見れば、お姉ちゃんが関わって修兵が冷静でいられなくなることが逆に心配になることもあるのに、主観的に見れば、私だってそうだ。矛盾している自分がほとほと嫌になるが、お姉ちゃんが関わっているのだから仕方ない。

「落ち着けって」

修兵が私を宥める。かがみこんで、私に視線を合わせてくれた。そして私の両手をぎゅっと包み込みながら、修兵は私の目をまっすぐ見つめて笑った。

「命に別状はない。ただここ最近結構疲労が溜まってたらしくて、それで体が弱ってたんだと。それが病状を悪化させただけらしいから、もう大丈夫だ」
「……わ、たし、」

お姉ちゃんが無事だということには安心した。だけど私の中で、また黒いものがぐるぐると渦を巻く。疲労が溜まってただなんて、これだけ一緒にいて気付きもしなかった。

私が何でもお姉ちゃんにまかせっきりだったから?守るつもりが結局いつも守られている。どんどん下に向かう私の顔を、修兵は両手でそっと包んで上に向ける。修兵と目が合った。

「ンな泣きそうな顔すんなって。……俺だって自分のこと、情けないと思ってんだから」
「…私、四番隊に行って来る」
「待て、今行っても紅は寝てるぞ」
「いい、行く。お姉ちゃんは私が側にいるだけで笑顔になれるって言ってくれたもん。だからお姉ちゃんが目覚めるまで、側にいる」

ハッキリそう言うと、修兵は黙り込んだ。そしてふっと儚げに笑うと、私の頭をぽんぽんと撫でるように叩いた。

「…分かった、じゃあ行ってこい」
「いいの?」
「どうせ引き止めたって聞きゃしねぇだろ」
「うん」

頷けば、修兵は笑う。

「今日だけは許してやるよ」
「ありがと」
「じゃあ俺は仕事に戻るから」
「…うん」

本当は一緒に来て欲しいけれど、そんなわけにもいかない。修兵が過保護になるのは、お姉ちゃんに対してだけだ。それを理解しているから、一緒に来てって甘えられない。

「…いってくる」
「あぁ、気をつけてな」

修兵は立ち上がると、私の背中を見送ることもなく行ってしまった。私は軽く溜め息をつくと、四番隊舎に向かって走った。






「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

四番隊に到着した私は、お姉ちゃんの側にいた。お姉ちゃんは薬のお陰で今はぐっすり眠っている。もうこのまま目を覚まさないんじゃないかと思うくらい、静かに寝息を立てながら。そんなお姉ちゃんをじーっと見つめていたら、卯ノ花隊長がお茶とお菓子を持ってきてくれた。

「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ、蓮華さん」
「…お姉ちゃん、いつ頃目を覚まします?」
「かなり薬が効いているようなので、このままなら夕方くらいになります」
「夕方…」

まだお昼にもなっていない。私はお姉ちゃんの頬にそっと触れる。どうか夕方にはちゃんと目を覚ますように、祈りを込めて。

「…心配ですか」
「そりゃそうですよ」
「ちゃんと生きてますから、そんなに深刻そうな顔なさらないで。紅が目覚めたら、逆に心配されてしまいますよ」

卯ノ花隊長は笑った。分かっているけど、私はうまく笑えない。

「…私が守らなきゃいけないのに、結局いつも私が守られてるんです」
「…」
「あの日、私がもっとしっかりしてたら、お姉ちゃんはこんな体にならなかったのに…私のせいで、お姉ちゃんは……」

私はぎゅっと拳を握った。

振り返る過去の記憶―――







それはまだ私が席官になったばかりの頃だった。
私は虚の退治を命じられ、修兵と二人で流魂街のはずれにある森に巣食う虚の退治を命じられたのだ。どうやら普通の虚とは違って妙な性質をもった虚らしく、普通の隊員レベルで倒せそうにないと伝えられたため、私と修兵が赴くことになった。普通とは違う性質を持っているということも懸念され、そこへ四番隊の隊員も同行させるという運びになり、派遣されたのがお姉ちゃんだった。

「三人で任務なんて初めてだね!」
「蓮華、嬉しいのは分かるけど、お仕事なんだから気を抜いちゃだめだよ」
「だーいじょうぶだって!こっちには新人席官の私と四席のお姉ちゃんと副隊長の修兵がいるんだもん!余裕余裕!」
「まったくもう」

私は席官になったばかりで、正直浮かれていた。自分の強さを過信していたせいで、あの悲劇を招くことになるだなんて、このときは思いもしなかった。

「紅の言うとおりだぞ蓮華。第一、俺たち三人がここへ派遣されたのは単なる偶然なんだからな」
「それは分かってるって!ほら、ちゃちゃーっと終わらせて、早く帰ろ!」

先に走っていく私の背中に、心配そうな視線が二つ突き刺さっていたことは分かっていたけれど、なんとかなる気がしてならなかった。私たちはいつも三人で、昔からどんなことだって乗り越えてきたのだから。過信は所詮確信にはならないことを、私はこの後すぐに身をもって経験し、知りえることになったけれど。

「…んー、いないね、虚」
「そうだな」

私はきょろきょろとあたりを見渡すが、どこにも虚はいないし、気配も感じない。

「もしかして、どこかに行っちゃったとか、そんなことはないのかな」
「それはないだろ」

私の質問はあっさりと修兵に切り捨てられる。どことなく修兵が冷たかったけれど、気にはしていなかった。ちぇっと軽く舌打をしながら、私は続けて辺りを散策する。しばらく探ってはみたものの、相変わらず気配は感じない。

「…どうしよう、修兵」

副隊長である修兵に問えば、修兵は少し考え込んでから言った。

「俺は紅と残ってここを調べる。蓮華、お前は先に帰って東仙隊長に報告を頼む」
「えぇ!?なんで私だけ!?」
「決まってるだろ、お前の気持ちが仕事する気持ちになってないからだ」
「なってるよ!」
「なってない。そんな気持ちで得体の知れない虚とやりあえるわけねぇだろ」
「そんなこと…!」

言い返そうとすると、お姉ちゃんがそっと私の肩に手を置いた。私はお姉ちゃんを見上げる。

「蓮華、副隊長の言うことは聞くものだよ」
「お姉ちゃんまで!」
「それに修兵の言ってることは間違ってない。これは遊びじゃないの、今日はもう帰って東仙隊長に報告してきなさい」

普段は絶対にこんなことを言わないお姉ちゃんに対して、私はこのとき怒りを覚えた。どう考えても幼い考えを拭いきれなかった私が悪いというのに、お姉ちゃんと修兵が私にとっての悪に思えたのだ。浮ついた気持ちで出来るような危険な任務じゃないってわかってるのに、私の気持ちはふわふわしていた。だけどお姉ちゃんに言い返すことの出来ない私は、きゅっと唇を噛み締めて、吐き出すようにこう言った。

「…きらい」
「え?」
「なんで修兵もお姉ちゃんも私だけのけ者にするの!?」
「そんなのじゃない、そんなのじゃないの、ただ私たちはあなたが心配で…」
「いいよ!行けばいいんでしょ報告!」

もう単なる逆ギレでしかなかった。私は瞬歩で九番隊まで帰り、東仙隊長に荒っぽく報告を済ませると、そのまま自室に戻り不貞寝していた。その後しばらくしてからお姉ちゃんと修兵は帰ってきて、私に声をかけたりしてくれたけど、すっかりふて腐れていた私はそのまま無視して不貞寝を続けた。修兵の呆れたような溜め息と、お姉ちゃんに向かって言った「もうほっとけ」という言葉が胸に突き刺さったけれど、どうにもならなかった。私は精神的に脆くて、そして弱かった。どこまでも子どもで、それ以上になんてなれなかった。

その日の深夜、私はこっそり自室を抜け出し、一人あの森へ向かった。お姉ちゃんと修兵に否定された気分になったことが、何より一番つらかった。だから私は、そんな気持ちなんかじゃなかったと知らしめたかったのだ、あの二人に。


「…私だって…私だって、もう席官なんだもん……!」



そしてその私の浅はかな行動が、後に悲劇を招いた。
(そして私は一生後悔することになる)


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