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これは 今から二年以上も前
私たち三人が まだ幸せに笑っていた頃の
幸せな お話



 ● ●



「しゅーへー!」

青空の下に、元気な声が響いた。振り返ったのは、檜佐木修兵と、その恋人であり私の姉である、神風紅。

「おう蓮華」
「蓮華、今からお昼?」

修兵に勢いよく抱きつけば、修兵はいつだってそれを受け止めてくれた。お姉ちゃんはそんなじゃれあう私たちを、優しく見守ってくれる。

「うん!お昼!お姉ちゃん、一緒に食べよ!」
「修兵も一緒だよ?」
「えー修兵はいらなーい」
「あぁ!?お前抱きついてきてそれはねぇだろ!」

幸せだった。毎日毎日、何気ない日々を送れることが、本当に幸せだった。お姉ちゃんがいて、修兵がいて、笑顔の耐えない、幸せな毎日。

「ほらほら、仲がいいのは分かったからじゃれ合わないの。いつもの場所でお昼にしましょ」
「はーい!」
「おい紅、俺はこいつと仲良くなんかねぇぞ」
「よく言うわ、大好きなくせに」
「んなわけあるか!」
「ふふふ、そういうことにしといてあげる」

私たちはいつも三人一緒だった。修兵は時々、恋人と二人っきりの時間だって欲しいって言って拗ねてたけど、私はそんな頼み聞き入れてやらなかった。むしろ、二人っきりの時間なんて作ってやるまいと思って、よく仲良しなギンちゃんと悪戯ばかりしていた程だ。

私たちはいつも九番隊舎の近くにある広い庭園で、三人仲良くお昼ご飯を食べていた。毎日お姉ちゃんが三人分のご飯を作ってくれるので、それを仲良く食べるのだ。食は戦争、ってよく修兵は言ってたけどまさにその通りで、毎回私と修兵のおかず争奪戦が繰り広げられていた。お姉ちゃんは、いつもそれを笑って見てた。

そんな風景を端から見れば、きっと幸せな家族にしか見えなかっただろう。修兵とお姉ちゃんの付き合いもとても長かったし、私は相変わらず二人に引っ付いていたし、君たち三人を見ているだけで幸せになるよ、ってよく言われたし、羨ましがられたりもした。

「あー!修兵!私のだしまき食べた!」
「食は戦争っていつも言ってるだろ?」
「でもそれ私の!返して!」
「残念、もう胃袋に送っちまった」
「さいってー!修兵のあほ!じゃあこれもらい!」
「あ!俺のから揚げ!」
「食は戦争なんでしょ?」
「こんのチビ!返せ!」
「もう食べちゃったよーだ」

そんな私たちの掛け合いを、お姉ちゃんはくすくすと笑って見てた。笑顔の耐えない人で、どんなときも笑ってた。

優しくて、温かくて、妹の私を何より一番大事に想ってくれる人。

昔お姉ちゃんに、修兵と私どっちが大事?って聞いたことがある。そしたらお姉ちゃん、おかしそうに笑いながら、どっちも大事に決まってるでしょ、って言った。その後に続けて、でもきっと私は最終的に蓮華を選んじゃうんだろうな、って、少しだけ寂しそうに笑った。その寂しそうな笑顔の意味が分からなくて少し戸惑ったけど、きっと私が一番なのは本当。だって実際お姉ちゃんは、何かどうしても特別な理由がない限り、私のことを優先していた。

今になって思うと、私の存在がお姉ちゃんを縛りつけていたのかもしれない。そんなこと言ったら、きっとお姉ちゃんは悲しそうに笑うんだろうけど。

楽しいお昼の時間もすぎ、そのまま庭園でのんびりしていた。私はお姉ちゃんに膝枕をしてもらって、青い空を眺めるのが好きだったから、いつもそうやって流れる雲を見つめていた。

「―――紅」

ふと修兵がお姉ちゃんを見つめる。お姉ちゃんはうん?って言いながら、きれいに小首をかしげていた。修兵はお姉ちゃんの頬にそっと触れて、きっとお姉ちゃんにしか向けないような優しい表情で、言った。

「どうだ、体」
「うーん、まあ、良くも悪くもいつもと同じ、かな」
「無理はすんなよ」
「大丈夫だよ。心配性だなあ修兵は」
「お前じゃなきゃこんなに心配してねぇよ」
「知ってるよ。…何かあったらちゃんと言うから」
「…それでいつも言わないのは誰だよ」
「私でーす」
「お前な…」
「ふふふ」
「ったく、何言っても聞きやしねぇんだからよ」

諦めたように修兵は言った。そんな修兵の肩にお姉ちゃんは頭を預ける。

「…大丈夫だよ、こうして修兵と蓮華がいれば。私、生きていける」
「…」
「大好きなみんなが居てくれれば、私、頑張れる」

お姉ちゃんは修兵の肩に頭を寄せたまま、静かに目をつむった。ちゃんと生きてるのに、安らかに死んだみたいなお姉ちゃんの顔。修兵は愛しそうにお姉ちゃんを見つめて、そしてそっと唇を塞ぐ。

私はこの二人が魅せる世界が、世界で一番美しいものだと思ってた。

二人とも、そこに居るだけで絵になるのだ。どうして私みたいなのとお姉ちゃんの血が繋がっているのか、私にはさっぱり分からない。だけど確かに私たちの血は繋がっていて、修兵いわく、結構似てるんだそうだ。

じゃあどうして、私とお姉ちゃんは同じものを同じだけ手に入れられないんだろうって、その言葉を聞くたびによく思ってた。そう思うたび、自分自身に嫌気が差す。分かってるのに、求めてしまう自分がいる。

この瞬間、いつも私は一人、幸せな輪の中から外れてしまうような気がしてならなかった。

「こら修兵!お姉ちゃんに手ぇだすな!」
「いってぇ!」

私は修兵にお姉ちゃんを取られたくなかった。修兵にお姉ちゃんを取られたら、私はひとりぼっちになってしまうから。もちろん、お姉ちゃんに修兵を取られても、私はきっとひとりぼっち。そんなことはありえないのに、その感覚にいつも怯えていた。いつからそう思うようになったのかは分からない。だけどそれは自然と、私の心を縛り付けていた。

そういう光景を目にするたび、私は二人の時間を阻止している。そうすることで、私はまた幸せな輪の中に入れるから。一番近くで感じる疎外感など、悲しいだけのものでしかないから。

だから今回も、起き上がって修兵の頭を叩いたわけだ。

「っ、蓮華!いつもいつも邪魔すんな!」
「うるさーい!お姉ちゃんは私の!」
「いいや俺のだ」
「違う!だって私のお姉ちゃんだもん!」
「もう二人のものでいいじゃない」
「「よくない!」」
「仲良しねぇ」

相変わらずくすくすとお姉ちゃんは笑う。あぁ綺麗だなあって、妹の私から見てもそう思う。お姉ちゃんは綺麗で優しくて料理も出来て頭も良くて、非の打ち所がないくらい、素敵な人。だからお姉ちゃんは、いつも何でも手に入れていく。

その裏でたくさんのものを失ってたことを、このとき、私は知りもしなかったけれど。

「さ、もうお昼も終わりだね。仕事に戻ろうか」
「えー!やだやだー!もっとお姉ちゃんといたい!」
「九番隊には修兵も東仙隊長もいるから全然寂しくないでしょ?」
「お姉ちゃんがいい!」
「我侭言わないの。仕事が終わったら、すぐに九番隊に行くから」
「絶対?」
「絶対」
「じゃあ、寂しいけど、がんばる」

拗ねたようにそう言えば、お姉ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。お姉ちゃんはよく頭を撫でる人で、それが修兵だろうと私だろうと、ことあるごとによく撫でた。そんなお姉ちゃんの手が、私は大好きだった。

「じゃあ修兵、蓮華のこと、お願いね」
「待てよ、四番隊まで送る」
「私は平気。蓮華、放っておいたらまた仕事しないでふらふらするから、ちゃんと見ててあげて」
「でも…」
「体のことなら心配しないで。何かあったらすぐに連絡入れるようにするから」
「…わーったよ」
「それじゃあ、また後で」

お姉ちゃんは空になったお弁当を片付けると、四番隊へ向かった。私と修兵はそれをしばらく見送ったあと、九番隊へ向かう。

「…お姉ちゃんと同じ隊が良かったなあ…」

私がぽつりと呟けば、修兵は溜め息を吐きながら言った。

「そうなったらお前じゃれてばっかりでろくに仕事しねぇだろうが。ただでさえこんだけしねぇのに」
「私、一番側でお姉ちゃんのこと見ててあげなきゃいけないから」
「…」
「私のせいであんなことになったんだもん。お姉ちゃんのこと、私が守ってあげるんだ。だから、修兵なんかにお姉ちゃんはあげない!」
「へーへーそうですか」
「なにさ!」
「残念ながら、紅はすでに俺のもんだぜ」
「なっ!お前、私の知らないところでお姉ちゃんに手出したんだなー!?絶対許さない!!」
「おまっ!馬鹿!斬魄刀を抜くな!!」

私が構えると、修兵は走って九番隊まで逃げ出す。私はそれを追いかけて、そしたらだんだん楽しくなってきて、二人で笑ってた。

この瞬間、少なくとも修兵は、私のものだった。

いつだってお姉ちゃんの方が先に私よりも多くのものを持っていくと錯覚していた私に出来る、これが精一杯の悪あがき。別に修兵と恋人になりたいわけじゃないけれど、幼い頃からずっと一緒にいるのだから当然修兵のことは好きだ。その修兵とお姉ちゃんが魅せる世界が何より美しいものだと知っているから、それを壊したいとも思わない。ただ純粋に、お姉ちゃんが私の大事なものまで全部さらっていきそうで、怖かった。

「おい蓮華!お前しつこいぞ!」

笑いながら修兵が言う。
私の向けるその笑顔が、永遠に私とお姉ちゃんのものならばいい。



私はこのとき、ありもしない神様にそう祈ったのを覚えている。
(少なくとも醜い獣が幸せだった頃)


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