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悪夢はみなかった
でも私が生きていることこそ
貴方にとっては悪夢
なのに貴方は
いつまでも優しいね
優しく出来るのは なぜ?



 ● ●



次の日、私はいつも通り出勤した。珍しく何の被害もなかったのは、あの夜確かに私を守ると言っていた修兵が、何らかの手を回したからだろう。

「おす、蓮華」
「おはようございます、檜佐木副隊長」
「今日も頑張れよ」
「はい」

修兵はいつもの優しい笑顔だった。けれど昨日の悲しそうな笑顔が、頭に焼き付いたままだ。

私はまだ修兵を苦しめている。あの頃の幸せを私自身で壊してしまった…最近本当によく見え隠れする、あの人の影。

そういえば、まだ十番隊に謝りに行っていなかったことをふいに思い出す。さっさと仕事を済ませて昼休みにちゃんと謝りに行こうと思いながら、私は仕事を進めた。



時間がたち、昼休み前。私は最後の書類を仕上げた。三番隊に持っていく書類だったので、そのまま三番隊に向かう。あれから一度も三番隊には顔を出していなかったので、少し緊張していた。

三番隊についた私は隊首室の扉を叩いた。思わず背筋がしゃんとなる。

「失礼します」
「入っておいでー!」

名前も何も言わなかったのに、元気よく返事が聞こえた。きっと中にいる人は、私が誰だかすでに分かっている。そっと隊首室の扉を開くと、中には見慣れた人がふたり居た。

「…お久しぶりです、市丸隊長、吉良副隊長」
「神風さん、久しぶり」
「蓮華ちゃーん!会いたかったでー!」

私は二人の元へ歩み寄って書類を手渡した。

「これ、九番隊からです」
「ご苦労様、神風さん」
「蓮華ちゃん…あれっきり顔みせへんかったけど大丈夫やったか?」
「平気ですよ。何とかやってます」
「無理したらアカンで?」
「はい」
「それとな」
「何ですか?」


「君に危害加えてるの、誰?」


背筋がぞっとした。こんなギンは久々に見る。一体誰から私のことを聞いたんだろう。

「…誰から聞いたんですか?」
「誰でもないよ。自分で調べた」
「…私は大丈夫なので…」
「じゃあ前に死にかけたんは何でや?」
「…っ、何で、知って…」
「ボクに嘘は良くないで、蓮華ちゃん」
「…でも、今はもう完治しましたから、大丈夫です」
「…君がそう言うんやったら我慢するけど、」


「そいつら、次は殺すで?」


ギンのことは大好きだ。でもやっぱりいつまでたってもこの雰囲気のギンには慣れない。

「…大丈夫、ですよ」
「隊長、神風さん怯えてるじゃないですか」
「あ…ごめんな?蓮華ちゃん」
「いえ…心配して下さってありがとうございます」

深々と頭を下げ、私は三番隊を去った。ギンが元気に「また遊びにおいでー!」と叫んでいた。

ありがとう、また来ます。そんな気持ちを含んだ笑顔を作って、私は二人に手を振った。



書類も届け終わって、昼休み。私は十番隊舎に向かっていた。どう謝ればいいかだなんて考えながら歩いていると、その道中でばったり修兵に会った。

「おー蓮華」
「…どうも」
「今から昼か?」
「そうですが…」
「そうか、じゃあいいんだ、悪かったな」
「何か用事ですか?」
「いや…暇そうなやつに倉庫の掃除頼もうと思ってただけ」
「…私、やりましょうか?」
「いや、別にいいよ。昼だろ?」
「掃除くらいならすぐすみますので、別に構いませんよ」
「…いいのか?汚いぞ、九番隊の倉庫」
「構いませんよ」
「んじゃあ…悪いけど頼んでもいいか?」
「はい」
「ありがとな」
「いえ」

私は一礼すると、九番隊の倉庫へ向かった。仕方ない、十番隊には仕事が終わってから顔を出そう。そう思って、私は来た道を引き返し、九番隊の倉庫へ向かった。

昔の私なら、こんなこと考えられなかっただろう。掃除なんて大嫌いだったから。でも今は、私の心を掃除してる気分になるからか、進んで掃除をしたくなる。それで罪滅ぼしをした気分を味わいたいだけなのかもしれないが。

倉庫についた私は、とりあえず手をつけられそうなところから順番に掃除を始めた。埃まみれの倉庫は空気が悪いため、倉庫の扉は開けたままにしてある。三十分ほど掃除をし続けると、倉庫の中は見違えるほど綺麗になった。これくらいでいいかな、と思った私は、そろそろお昼にしようと掃除用具を片付けていた。

するといきなり大きな音をあげて、扉が閉まった。驚いて振り向くとそこには……

「霜月、亜季…」
「どうも、神風サン」

霜月亜季と、いつもの三人が居た。暗いのであまり表情はよく分からないが、他の三人は怯えたように立っている。霜月はいつもの笑顔を浮かべていなかった。声も厠で聞いたときのように、低く冷たい。

「亜季…ほんとに、これで終わりにしてくれるよね?」
「約束だよ?絶対だよ?」
「本当に今回で終わりだよね?」
「くどいんだよ、黙れ」

他の三人は震えながら霜月の後ろに立っている。私は意味も分からず、ただその光景を見つめていた。


――――――また、厠と同じ恐怖が、始まるの?


霜月はニッコリと冷たい笑みを浮かべ私を見た。それは初めて見る、霜月の顔だった。冷たく、優しさも感じられない、笑顔。

「この前はどーも」
「…」
「みてこれ、亜季の可愛い顔、こんなになっちゃった。こんなに大きく腫れて…いろんな隊のみんなの笑われ者だよ」
「…」
「お前のせいでね」

霜月の顔から、笑顔が消えた。

「ちょっと檜佐木副隊長に甘やかされてるからって、調子乗ってんの?」
「…別に私からひっついていってるわけではないのですが」
「いつだってお前は亜季に逆らうよね。そんなにしてまで可哀想な子でいたい?」
「可哀想なのはお前だろ」
「はあ?意味わかんない。いじめられてるやつに可哀想なんて言われたくないね」
「人を傷つけることしか出来ないお前は可哀想だよ」
「…亜季ってば、こんなになめられてたんだね。心外だよ」

そう言うと霜月は三人の方を振り向いた。そして冷めた声でこう言った。

「殺しちゃえ」

三人怯えていた。霜月は止めをさすかのように続ける。

「最初に言ってあるよね?言う事聞かないとお前らを殺すって」
「ひぃ…っ!」

三人は震える手で斬魄刀を抜いた。全員本気なんだと、すぐに分かった。私も反射的に自分の斬魄刀を抜こうとしたが、その瞬間、まるで走馬灯のように頭に流れ込んできたのは―――

あの日の、光景。



甘い血の匂い
血にまみれた部屋
黒と白の蝶々
大きな満月
修兵の泣き顔
修兵の目
修兵の台詞
あの人の顔
あの人の姿
私についた返り血
そして私が握っていた――


―― 斬 魄 刀 



「――――っ、」

目眩と吐き気がした。あの日の血の匂いが蘇る。あの日から、私は一度も、斬魄刀を抜いていない。同じ過ちを繰り返してしまうのが怖かったから。

「…わ、悪く…思わないでね…」
「こ、殺されるくらいなら…あ、アンタを…」
「じ…自分の命の方が…大事、なんだからあ!」

三人は震える手で斬魄刀を握り私に襲いかかる。どんなに目眩がしようとも、これでも元三席。平隊員の太刀筋なんて、手に取るように分かる。しかもこんなに震えてるんじゃなおさらだ。私は三人の攻撃を軽々避け、そのまま倉庫から逃げようとした。

―――刹那、肉の斬れる音と同時に、私のじゃない、誰かの悲鳴が聞こえた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「!!?」

私は驚いて声も出なかった。霜月が、自分の仲間だったはずの一人を、斬ったのだ。

「お前…なんで…」
「アンタが逃げたりするからでしょ
「な…」
「アンタが避けなきゃコイツは亜季に斬られたりしなかった」
「お前…」
「アンタが大人しく殺されてくれなきゃ、亜季他の三人殺しちゃうよ?」
「…っ、」

目が、本気だった。これでも一緒に過ごしてきた友達だろう、それを簡単に殺すだなんて、コイツの頭はどうかしている。でも私が言う事を聞かなければコイツは絶対他の三人を殺すだろう。三人はすっかり怯えている。

「…っ、くそ女…!」

私はニヤリと笑う霜月の方へ、歩み寄った…。



もう誰かが死ぬところは見たくない。
(でも死ぬのは怖い)


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