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悲しみの中に憎しみを含めて
悔しさの中に憎しみを含めて
瞳の奥にさえ憎しみを含めて
今日まで貴方は生きてきた
私はそれを恐れていたのに
なのに今では貴方にあの人の影を映してしまうから
恐怖よりも懐かしさが溢れるの



 ● ●



仕事の途中言われたとおり、私は自室にいた。今日は修兵が来ると言っていたから、大人しく部屋で待ってみることにする。どうせお説教をされるだけなのは目に見えているので、さっさと謝って早く眠ろう。そんなことを、まるで消えてしまうんじゃないかというくらいぼんやりとした頭で考える。

今の時間は、もうすぐ月が昇るか昇らないかくらいだ。修兵は残業があったようなので、いつもより仕事の終わりが遅い。しかし時間も時間なので、あと一時間もあればここへ来るだろう。その間特にする事もない私は、じっと写真を見ていた。

写真の中には笑顔の三人。確かこの写真は乱菊さんに撮って貰ったものだ。これを撮った日は、あの人の誕生日だった。あの人にプレゼントを渡して、喜んでもらって、その後に撮ったんだったっけ。

写真は乱菊さんからのプレゼントだった。私はあの人が好きだったゲンゲの花を摘んだ。修兵からは着物、ギンからは飴玉、冬獅郎からは置物を貰って、とても幸せそうだったのを覚えてる。ギンからのプレゼントを見て、ギンらしいってあの人はおかしそうに笑ってたな。

そして私のプレゼントを見て、みんなは馬鹿にして私を笑った。花屋で綺麗な花を買い、綺麗に包んでもらったわけでもなく、ただあの人が好きだからという理由で摘みに行った、ゲンゲの花。一生懸命だったのに笑われて、私だけすごく惨めな気分になってたのに、あの人は一切笑わなかった。それどころか、ゲンゲの花を見つけてくれてありがとうって、抱きしめてくれた。

「…ほんと、懐かしいな…」

そっと写真に触れる。そこにあの人の温もりは感じられない。分かっている、分かっているけど、それでも。

あの温もりが、欲しかった。

「…会いたいよ…」

あの人の優しい笑顔が浮かんだ。大好きな大好きな、あの笑顔。

「…なんで、なんで…」

なんで、死んじゃったの。どうして生きててくれなかった?そしてどうして私は、そうすることしか出来なかった?

考えれば考えるほど嫌になる。

今日はただただ誰かに甘えたかった。もう嫌だって、泣きつきたかった。だけど、私はそうやって泣き付ける相手なんて、いない。

ねぇせめて、こんな日くらい、あなたを呼んでもいいですか。

ぎゅっと目をつむって、大好きな笑顔を思い浮かべた、忘れることなんてできるはずもない、あの笑顔。


「お――――「入るぞ」


私があの人を呼びそうになったとき、運がいいのか悪いのか、修兵が現れた。予想よりもずっと早い訪問だ。喉の奥底で出かかった言葉を飲み込み、そして新たな言葉を吐き出した。

「っ…どうぞ」
「おう…って、何見てんだ?」
「あ…な、にも見ておりません」
「じゃあその手にあるのはなんだよ」

答えるのに夢中になってしまったため、写真を隠すのを忘れていた。言われて気付き、慌てて隠す。後ろにさっと隠しただけだったので、修兵はそれを取り上げようとする。

「見せろ、副隊長からの命令だ」
「嫌です」
「見せねぇとぶっ飛ばすぞ」
「それでも、嫌です」
「はあ…ま、いいけどな」

修兵は私の隣に腰を下ろした、無意識に遠のいてしまった。別にそんなことするつもりはなかったのに。そんな私を見て、修兵は苦笑する。

「よっぽど嫌われてるな、俺」
「…」

違うよ、嫌いなんかじゃないよ。でもそうしないといけないから、反射的にそうしてしまうの。

「ところで…話とはなんでしょう」
「ああ…霜月のこと」

予想はしていたので、別に驚きもしなかった。

「…今日何されたんだよ」
「別に、何もされておりません」
「じゃあ何で殴った」
「…前のお返しです」

嘘ばっかりついている。過去の事なんてどうでもいい、でも腹がたって仕方なかった。どうしてあの人を、お前なんかにけなされなくてはならない?ただそれだけが許せなかった。

「前のお返しね…」
「今回の件は私が悪者です」
「また嘘つくのかよお前」
「嘘なんてついてません。殴ったのだから私が悪くて当然です」
「…聞き込みしたんだよ、俺」
「え…」
「お前が霜月を殴る前、何があったのか」
「…」
「お前悪口言われたんだってな」
「…」
「それで殴ったんだろ?」
「…はい」

それで殴ったと思われているなら良い。霜月があの人をけなしたことで頭にきて殴ったなんて、口が裂けても言えやしない。

「それで殴ったのか」
「…はい、ひどい言われようだったので」
「そっか…」





「いい加減もう嘘つくなよ蓮華」


修兵はいつもとは違う声で私にそう言った。思わず私は修兵を見上げると、目が合った。

修兵は、二年前の、あの時と同じ、目を、していた。

「檜…佐木…副隊長…?」
「まさかお前だったなんてな…」


「二年前、あの事件を起こした神風蓮華」


「!!!」
「出来れば気付かないままにしたかったよ、まさかお前だったなんて」
「…な、んで…」
「流石にこれだけ一緒に居て、気付かないわけないだろ」
「っ、」

修兵の目からは、優しさの欠片も感じられない。

「お前が全部狂わせた」
「…やめて…」
「お前があの幸せな日々をぶち壊した」
「…お願い…だから…」
「何もかもお前のせいだ」
「…や、だ…」
「お前が、アイツを」


「いやぁぁぁぁぁ!!!!」


私は勢い良く起き上がった。ひどく息が荒い。

「……ゆ…め…?」
「大丈夫か?」
「!!!」

いきなり声がした。振り向けば見慣れた顔がそこにある。バクバクとうるさい心臓の音が聞こえてしまいそうなほど、近くに。

「檜佐木…副隊長…」
「あ、驚かせたな…悪ィ」
「…い、いえ…」

ふと外を見るともう月が高く昇っている。あれから本当に一時間ほどたったのだろう。

「ずいぶんうなされてたから、ほっとけなくてな」
「あ…申し訳ありません…」
「謝るなよ、勝手にしたことだ」
「…いつから、そこに?」
「さあ?少し前くらいだろ」
「…そう、ですか…」

夢だったことに私は安堵した。あんな修兵の目を、もう二度と見たくはない。

「悪い夢でもみてたのか?」
「…少し…でももう大丈夫です」
「そうか」
「あの…お話、とは…?」

正夢でないことを、ひたすら願った。

「ああ…霜月のことだけどな」
「…はい…」

心臓が大きく跳ねる。どうか、どうか、正夢じゃありませんように。

「なんで殴った?」
「そ、れは…」
「悪口でも言われたか?」
「…っ、」

夢のことを思い出す。私は思わずギュッと強く目を瞑った。やめて、やめて、そうひたすら願った。

するとポンっと軽く頭に手が乗せられた。思わず目を開けて修兵を見ると、目が合った。

修兵は優しく微笑んでいた。

「俺はお前が悪いとは思ってない」
「え…」
「咎めるつもりもない」
「…」
「守るから、俺が」
「な、にを…」
「お前に嫌われてたって何だって、俺はお前を守るから」
「…」
「それだけだ」

そう言って、修兵は私の頭をクシャクシャを撫でて立ち上がった。

「んじゃな、あんまりうなされんなよ」
「…なんで…」
「ん?」
「なんで私なんかに…良くしてくれるんですか…?」

私がそう聞くと、修兵は悲しそうに笑って言った。

「………から」
「え…」
「いや、まあ俺はお前の世話係だしな」
「…」
「それだけだ」

修兵は笑って私の頭をまた撫でて、「じゃあな」と言って部屋を出て行った。


優しい人、綺麗な人
貴方には何の罪もない
だからいいよ、私なんか守らなくて
私は今も貴方を苦しめてる
やっぱりあの日、私も死ねば良かった


「…私、やっぱり最低だな…」



私は貴方に偽りの罪を背負わせている。
(私は貴方を救えない)


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