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私の愚かな行動が
こんな惨劇を生んだのに
私はあの人の居ない世界で
己を隠して生きている
あの人なら
馬鹿なことするなって
怒るだろうな



 ● ●



乱菊さんは私の手をひいたまま十番隊の隊首室に入った。ノックもなく入られたからか、中にいた冬獅郎は不機嫌そうに乱菊さんを見た。どうやら書類をかたずけていたらしい。私に気付くと、驚いた顔で私を見つめる。

「…松本、なんでコイツここにいるんだ」
「さっき角でぶつかりました。で、こんな状況だったから連れて来ました」
「こんな状況って…」

なんだよ、きっとそう続けたかったんだろう。私の顔を見て、冬獅郎は顔を歪めた。そして何も言わなくなって書類に目を通す。冬獅郎なりの優しさだろう。

「まあ座って」
「え、でも…」
「バレたくないんでしょ?大人しく言う事聞いた方が身のためよ」
「…はい」
「じゃ、私今から三番隊に書類持って行かなきゃいけないから、適当にくつろいでなさい」

そう言うと乱菊さんはすぐに行ってしまった。部屋には私と冬獅郎だけだ。なんだか気まずい雰囲気に包まれる。

「おい」

ふいに冬獅郎が話しかけてきた。

「…何?」
「何があった?」
「…別に、何も」
「何もねぇならお前がその目になるのはおかしいだろ」
「本当に何もないよ…ただ、思い出した、だけ」

そう言うと、また涙が溢れてきそうになる。こんな自分に嫌気がさす。

「お前…よく泣くようになったな。それに笑わなくなった」
「あんな事件を起こした私が、一人で笑ってられるわけないじゃん」
「お前は過去に囚われすぎなんだよ」
「…どういう意味?」
「あれはお前の責任じゃねぇんだろ」
「私の責任だよ」
「そこまでお前の責任だっていうなら説明してみせろよ、あの日のこと」
「説明出来ないから、それが私の責任っていう理由になるんじゃない。……どうして突然そんなこと聞くの?」

今まで一度だって、こんなこと聞かなかったのに。

「お前がいつまでもぐだぐだ逃げてるから、見てて苛々するんだよ」
「…冬獅郎には関係ないじゃん」
「ここや市丸のとこに逃げ続けてるくせに、関係ないって?」
「…」

なんで、そういうこと、言うの?

「お前一人で全部背負い込む必要ないだろ」
「背負い込まなきゃいけないから、私はこうして、私なりに、努力してるのに、」

どうして、認めてくれないの?

「話せよ、全部」
「…」
「何も知らないからどうにも出来ないことってあるだろうが。逆に真実さえ知ってればどうにかしてやれるだろ」
「…真実さえ知ってれば、どうにか出来る?」

冬獅郎の発言に、私の中で、何かが、切れた。

「…知ったような口、きかないで」
「別に、そんなつもりは、」
「冬獅郎に………」


「冬獅郎に何が分かんの!?」

私は、叫んでいた。

「私のせいだよ!大切な人を失くした…傷つけたんだよ!!」
「…蓮華…」
「私がちゃんとしてればあんな惨劇は招かなかった!!全部私の責任なの!!」
「…っ、」
「なのにどうにか出来るなんて…軽々しいこと言わないで!!」
「っ、俺はそんなつもりで言ったんじゃねぇ!」
「じゃあ冬獅郎が私の立場ならどうすんの!?」
「どう、するって…」
「分かんないでしょ!?分かるわけないんだ!……冬獅郎にも、乱菊さんにも…」
「蓮華…」
「世界で一番大事な人を失ったことがない冬獅郎には…分かんない…!」
「っ、俺は、」
「私の気持ち分かんないくせに…分かったようなこと言わないでよ!!」

私はまた泣いていた。そして十番隊の隊舎を飛び出した。

どうせ分からないんだ、冬獅郎にも、乱菊さんにも。一番大切な人を失くす悲しみを分かってくれるのはきっと、修兵だけ。でも修兵は私より傷付いてる。あの惨劇を目の当たりにしてたから、惨劇の真実を知らないから。

かといって、その真実を知ったところで、修兵の中の私の憎しみが癒えるわけでも、消えるわけでもない。大切なものを、目の前で奪われたから。私は、結局守れなかったの。修兵も、あの人も。



私はトボトボと廊下を歩き、九番隊の倉庫にやってきていた。ホコリにまみれ、汚れた倉庫の隅にしゃがみこむ。泣き声を抑え、必死に泣き止もうとした。少しずつ涙が止まってきたので、冷静の今までの経緯を頭の中で整理する。

冷静な頭になれば、いろんなことに後悔する。冬獅郎は私を少しでも前向きにさせようとして言ってくれたってことくらい、分かってたはずなのに。なのに、あんな風に怒鳴りつけて、冬獅郎のこと傷つけて。

…女たちが言ってたように、私は最低な性格ブスかもしれない。

乱菊さんだって、親切心で十番隊まで連れて行ってくれたのに。そんな優しい二人のこと、一方的に罵って…。

「謝りに、行かなきゃ…」

冬獅郎にも、乱菊さんにも、酷い事を言ってしまった。

「……なんでだろ…」

冬獅郎や乱菊さんには謝りに行こうと思えるのに、修兵にだけは無理なんて。

謝ったって、絶対に許してはくれないのを知っているからか、それともただ怖いだけなのか。もしくは、あの人の面影が、どこか修兵にも移ってしまったからか―――

きっと全部だ。

倉庫の小さな窓から外を見る。そしたらもう日は高く昇っていた。もうお昼だ。

「…行かなきゃ」

仕事しに、行かなきゃ。

ぼんやりとする頭で私は隊舎へと向かった。

隊舎に帰ると、東仙隊長に呼び出しをくらった。そして霜月のことをこっぴどく叱られた。理由を聞かれたが、答えなかったから私が悪者になったのだ。でも今は東仙隊長の言葉もほとんど耳に入ってこなかった。修兵に近づいてからというもの、あの人の影がよく見え隠れする。前はその影すら見えなかったのに。

これ以上問題を起こせば、大きな処罰が下されるかもしれないと言われたのは覚えていた。それはありがたい、さあどんな問題を起こそうか、なんて上手く働かない頭で一生懸命考える私は、きっとどうかしていたんだと思う。

その後大量の仕事を言い渡され、ただ抜け殻のように淡々とそれをこなしていた。頭に浮かぶのは、あの人の姿。

笑ったときの顔、怒ったときの顔、泣いたときの顔、照れたときの顔。漆黒の目、漆黒の髪、細身の長身で凄く綺麗だった。男女問わず、誰が見ても綺麗だと言い張るあの容姿は誰もが振り返って見入ってしまうほど。私は青、あの人は赤、涙を流せば、瞳はしばらくの間その色に変化してしまう。

特異な体質の私たちは、幼い頃から、忌み嫌われていた。それでも必死で生き抜いてきた。それはあの人が私を支え、守ってくれたから。だから私は、今まで生きてこれた。

仕事中、思うのはそんなことばかり。悲しいわけじゃない、虚しいわけじゃない。なんだかポッカリと、心に大きな穴が開いてしまった感じだった。

「蓮華」

声が聞こえた、聞きなれた声だった。ゆっくりと声のした方を見れば、見慣れた人がそこに居た。

「…なんですか、檜佐木副隊長」
「話がある。仕事終わったら顔かせ」
「…わかりました」
「お前の部屋行くから、いいな」
「…いいですよ、別に」

私はそう言うとまた書類に目を通した。修兵の顔を見ても今は恐怖を感じない。そこに修兵がいる、としか思わない。ただ修兵を見てると、いつも隣にいたあの人がいるような錯覚をしてしまう。だから極力、修兵を見ないようにした、ただそれだけ。

「じゃあ、後でな」
「…」

それだけ言うと、修兵は行ってしまった。またお説教されるのか、面倒だな。そうとしか思えない私がいた。



愚かな獣は感情までもを失うのか。
(本当の笑顔を失って、とうとう涙さえも失った)


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