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開きはじめたパンドラの箱
それは本当にゆっくりだけれど
でも確実に
私の心をじわじわと
痛めつける…



 ● ●



翌日、私がいつものように出勤したときだった。隊舎に入ろうとして足をとめる。隊舎内が妙に騒がしい。耳をすまさなくても聞こえてくるほどの声の大きさだった。

「うっそ〜亜季ちょー可哀想!」
「うぅ…ふぇぇ…亜季、何にもしてないのに〜…」
「ホント、サイッテーだよな神風蓮華!!」
「マジありえない!亜季を脅すなんてさ!」

何の、話?

「え〜なになに、どういうこと?」
「神風がさぁ、檜佐木副隊長に惚れてるみたいなんだよね〜」
「はぁ!?キモッ!似合わねぇ〜」
「それで、昨日亜季を脅して、檜佐木副隊長とご飯行ったらしいんだよ!」
「脅したって?」
「檜佐木副隊長とご飯行く約束してた亜季を脅して、亜季の代わりにご飯行ったの!」
「うっわ気持ち悪〜い。何それ最強の性格ブス!」
「だよね〜」

何を馬鹿なことを。

「亜季と檜佐木副隊長ならお似合いだと思うけど、神風は無理だよね!」
「あはははっ!マジそれ!」

あぁもう、勝手にほざいてろ。

「でもさぁ…」

そんな霜月をかばうの女たちに、こんなことを言うヤツがいた。

「檜佐木副隊長の彼女さん…すっごい綺麗で可愛かったよね」
「それ分かる!しかも、超優しかった!」
「綺麗だし、可愛らしいし、強いし、頭もいいし…言う事なしだった!」
「お似合いだったよね〜」
「ちょっとしたオマケつきだったけどね」
「まあ、何か三人一組みたいな?」
「でも悲しい事件だったよね〜アレは…」
「檜佐木副隊長たち、結婚まで考えてたんでしょ?」
「相当ショックだっただろうね…」
「あたし、やっぱり檜佐木副隊長の彼女はあの人じゃなきゃダメだと思うな…」

私の心臓がズキリと痛んだ。まだみんなの心であの頃の三人は生きていたんだ。そう思うと泣きそうになる。そんな思いを一気に晴らす一言。


「黙れ」


「あ、亜季…?」
「前の彼女?あのクソブスのことでしょ。アレが綺麗とか超あり得ない」
「ちょ、亜季!」
「だいたいさぁ、檜佐木副隊長とお似合いとか意味分かんない。似合うのは亜季だし」
「亜季、お、落ち着いて…」
「あんな軟弱女、消えて正解よ」
「亜季、それは酷すぎ…」
「だいたい何なのよ、あのオマケ。いらないわよ、アイツも消えて正解よ」

私の中で、大きく音を立てながら、何かがキレた。

ガラッと勢い良く戸を開けて、霜月のとこまで歩み寄る。そして――――――――



霜月の顔面を殴り飛ばした。



空を飛ぶように、十メートル以上霜月は飛んでいった。周りで騒いでいた女たちもヒッっと小さく悲鳴を上げる。潰れた顔面を押さえながら、霜月は唸っていたブスも少しはマシになっただろう。

「恥を知れ」

あの人を侮辱するなんて、それだけは許さない。手加減してやっただけ有難く思え。ついでに言っておいてやろう。

「次は、殺す」

そう言って、私は隊舎を出て行こうとする。すると後ろからキャハハ、と大きな笑い声が聞こえた。

「次は、殺す…ですって?死ぬのはお前よ

潰れてしまった顔を覆いながら、霜月は笑った。私はそれを睨みつけ、隊舎を出て行こうとする。ふと見れば、入り口に人が立っていた。

修兵だ。

何があった、と言いたげにこの光景を呆然と見ていた。怪我をしている霜月、私に怯える隊舎のみんな、そして怯えられる私…完璧に私が悪者に見えるだろう。

「蓮華…これは一体「失礼します」

私は修兵の横を通り過ぎた。引きとめようとする修兵の声も無視した。

きっとこれを修兵が聞いていれば、いくら優しくて女に手をださない修兵とはいえ霜月を殴っていただろう。下手をすれば、殺されていたかもしれない。運のいい女だと思う。

隊舎で聞いた、あの頃の三人の記憶。みんなまだ、覚えていたんだ。まさか覚えていたなんて思いもしなかった。



―――蓮華



そう笑顔で私を呼ぶ、あの人の優しい顔が浮かんだ。優しくて温かくて大好きな、いつだって傍に居てくれたあの人の笑顔。いつだって人気者で、いつだって私たちは三人一緒だった。

よく喧嘩してた私と修兵を、やんわりと見守ってくれた。絶対私の傍を離れないでいてくれた。私が泣いてる時は、いつだって慰めてくれた。私が間違った事をすれば、ちゃんと叱ってくれた。そしていつだって守ってくれた。

あの時、私を守ろうとしてあんな目にあったのに、それでもあの人は笑ってた。その日から、絶対あの人を守りぬくって決めたのに。

なのに私は、守れなかった。

何一つ守れないまま、あの事件を起こしてしまった。二度と消せない、大きな過ち。もうあの人は帰ってこない。私のところにも、修兵のところにも。

「――――…っ」

思い出したら涙が溢れてきた。早足で廊下を歩き続ける。涙が出ると、瞳の色が変わってしまうだなんて、こんな目をしているのは、私とあの人だけ。

涙を拭いながら、下を向く。誰にも気付かれたくないからだ。まだ私は、こうして逃げようとしている。

どこへ向かってるのかは分からなかった。自分がどこにいるのかも分からなかった。ただひたすらに、歩き続けた。一瞬、あの人のところに行けたら、なんて思った自分が恥ずかしい。あの人のところに帰れる資格なんて、私にはないんだから。

角を曲がった時、誰かにぶつかった。霊圧すらも分からなかったなんて、本当にどうかしていた。

「わ…」
「っ、蓮華!?」

名前を呼ばれて顔を上げれば、綺麗な金の髪が目に入った。

「らんぎくさん…」
「アンタその目…ちょっといらっしゃい」

乱菊さんは私の手をひいて、スタスタと歩き始める。抵抗すら出来ないまま乱菊さんに着いていくと、辿り着いたのは十番隊の隊舎だった。

「隊舎…?なんで?」
「その目じゃみんなにバレるでしょ。しばらくしたら治るんだし、中に入ってなさい」

乱菊さんにつれられ、私は十番隊舎に入って行った。



守るべき人すら守れなかった私は愚かな獣。
(あの人の所へ行きたい)


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