15 冬獅郎side(19/35)


泣いてるお前なんて見たくなかった
変わってしまったお前なんて見たくなかった
それなのに俺は 俺の心は
まだお前に縛られてるんだ
あの日から 嫌いになろう 諦めよう
そう決めたのに



 ● ●



日の沈みかけた空を見ながら俺は廊下を歩いていた。ここ最近、ずっと気になって仕方なかった。

生まれて初めて俺の心臓を射抜いた女―――蓮華の移動。

過ごしなれた三番隊をはなれて、過去に過ごしていた九番隊へ戻って行った。にとって過ごしやすかったはずのそこは、今はもう恐怖の場所でしかない。

あの事件以来、は変わった。己を恨み、己を苦しめ、アイツや檜佐木を思うばかり。何もかもを自分のせいにして、自分に辛い思いをさせている。いつだって前向きで真っ直ぐで明るかったは、もう居ない。

俺はどんな事情があって、あんな事件が起きたかは知らない。でもあの事件のせいで大勢の人が悲しんだ。も檜佐木も、きっとアイツも…。

の移動が決まってから、俺はあまり仕事に真剣になれなかった。九番隊といえば、隣の隊だ。いつ鉢合わせするか分からない状況にいる。それにが辛い思いをしているのかと思うと心が痛んだ。おかしな話だ、忘れようと決めたのに。



廊下を歩き、厠の前を通ったそのときだった。小さな小さな、きっと誰もが聞き逃してしまうような呻き声が聞こえた。女子用の厠の中から声がする。荒い呼吸音、呻き声、そしてそれは聞きなれた声だった。

俺は慌てて中に入る。ここが女子用だろうとなんだろうと関係なかった。そんなこと気にしていられなくなるほど、俺は必死だった。

案の定、中でぐったりと倒れている少女を見つけた。その光景を見て、俺は一瞬硬直した。

トイレの中は血が飛び散っていた。紛れもなく、倒れている少女の血痕。

「っ、おい!」

俺は少女に駆け寄った。

「しっかりしろ!おい!おい!!」

返事はない。そのかわりゆっくりと目を開ける。

「おい、お前!大丈夫か!?」
「…しゅ……へ……」

それだけ言うと、少女はゆっくり目を閉じた。声をかけても返事はないが、まだ呼吸は出来ている。俺は少女を抱え、急いで四番隊に向かった。




―――翌日。

俺はまともに仕事なんて出来なかった。溜め息ばかりが零れる。昨日の傷は大丈夫だろうか、平気だろうか、心配ばかりしてしまう自分が情けなくて、思わず少し苦笑する。

「隊長」
「なんだ松本」
「何かありました?」
「何がだ」
「何かめずらしくニヤけてたものですから」
「…何もねぇよ」
「そうですか」

変に勘のいい松本は、俺の変化に気付いたみたいだった。あまり悟られすぎないように、俺はしっかり仕事に向き合おうとした。

その瞬間、思いもよらぬ窓からの訪問。昨日厠で倒れこんでいた少女―――蓮華だった。

いきなりのことで、俺も松本も混乱した。

「蓮華!?アンタ何でここに…!?」
「…お久し…ぶりです…乱菊さん…」

息も絶え絶えに蓮華は言った。慌てて松本が水を用意する。蓮華はそれを一気に飲み干し、息を落ち着かせる。そして呼吸が整ったところで俺を見る。

やめてくれ、見ないでくれ。これ以上俺の気持ちを掻き乱さないでくれ。

「…冬獅「何の用で来た?」
「…私を助けてくれたのって、冬獅郎だよね?」
「知るか」
「嘘つかないでよ…生かしてもらったこと、ありがたく思ってるんだから」
「本当にそう思ってるんだったら、いい加減檜佐木に白状しろよ」
「…相変わらず厳しいね、冬獅郎」

俺の言葉を聞いて、蓮華は苦笑していた。

…違う、本当はこんな冷たい言葉を向けたいわけじゃない。大丈夫かとか、傷は痛むかとか、もっと優しい言葉をかけてやりたいのに。どうやら俺は惚れた女のためにプライドも捨てられない程度の男らしい。

「…白状出来たらこんな苦労してないよ」
「お前…本当に変わったな」
「人間変わるもんだよ、たった二年で」
「変わりすぎだろ、いくらなんでも」
「変わらなきゃ…ダメだったんだもん」
「もうお前は俺の知ってるお前じゃねえな」
「…そうだね」
「…俺が惚れてたお前じゃねえ」
「…そう、だね…」

俺は蓮華の目を見て話せなかった。変わり果てた蓮華…それを見るのが辛くて、悲しかったから。二年前から、必死で忘れようとした女がここにいる。それなのに忘れられずに、俺はまだ今の蓮華に過去の蓮華を写している。まだあの眩しい笑顔が忘れられない。まだ今のコイツのどこかにも、それがあると信じているのかもしれない。

「…とりあえず、お礼だけ言いに来た…ありがとね」
「俺は何もしてねえよ」
「ホント…冬獅郎は何にも変わんないね。良かった」
「…」
「じゃ…私もう行くね。乱菊さん、お邪魔しました」

そう言うと、蓮華は隊首室を出て行こうとする。俺は焦っていた。何か言ってやらないと、優しい言葉の一つでもかけてやらないと、と。それでも何も浮かんで来ないし、口は動きもしない。思いついた言葉もすぐに消え去って、声にはならない。

そんな時、蓮華の華奢な体が大きな音を立てて崩れた。松本が慌てて駆け寄り、俺も後に続く。

「アンタ大丈夫!?」
「あ、はは…平気です、このくらい…もう仕事行かなきゃ…」
「馬鹿!この状態で何仕事なんて言ってるのよ!」
「でも…また東仙隊長たちに怒られるのやだし…」
「ガラでもないこと言わないの!今日はもう四番隊に居なさい!」
「でも「俺が四番隊まで送る。松本、ちょっと仕事頼む」

俺は蓮華を背に乗せた。

「とう、しろう?」
「悪ィな松本。行ってくる」
「蓮華は怪我人なんですから、あんまり傷に響く事はしないであげて下さいね」
「そのくらい分かってる」

俺は蓮華を背に乗せたまま、なるべく穏やかに、そして急いで四番隊へ向かった。二年前よりも随分と軽い蓮華の体、それだけあの事件が影響しているのだろう。それが辛かった、何もしてやれなかった自分が、悔しかった。





俺は四番隊に蓮華を送り届けると、結局何も言えないまますぐに十番隊舎へ戻った。何か言ったところで、蓮華の傷が癒えるわけじゃない。仕事だって残っているし、松本一人残しておくのは心配だ。

十番隊の隊首室に着いた俺は、真面目に仕事をする松本を見た。一瞬珍しいとは思ったものの、すぐにその考えは消えた。きっと松本は理解しているから、俺の一番理解して欲しくないことを。

自分の席について、俺は大きく溜め息を零した。松本が俺に声をかける。

「…恋煩いですか?」
「五月蠅ぇよ」
「…もう二年もたつんですね、あの事件から」
「…」
「あの事件の真相を知ってるのは蓮華とギンと…あの子だけなんですよね」
「…」
「何も教えてくれないなんて、ちょっと寂しいですよね。もう長い付き合いになるのに」
「仕事溜まってんだろ、さっさと終わらせろよ」
「修兵も知らないんですよ」
「…もういい、松本やめろ」
「修兵にすら言えないこと、そりゃ私たちに言えませんよね」
「やめろっつってんだろ!」

俺は怒鳴っていた。怒鳴るつもりなんてなかったのに。松本は静かに俺を見て、そしてゆっくり口を開く。

「隊長だってずっと思ってこと、言っただけです」
「…俺は関係ねぇ」
「じゃあ何で助けたりしたんですか」
「…」
「二年間、忘れたくても忘れられないほど好きだったからじゃないんですか?」
「――――…っ、」
「どうせ守れないくらいなら忘れた方がマシだとか、ふざけたこと考えたんでしょう」

何でこんなにもコイツにはお見通しなんだろうか。

「守るってあの子の墓前で誓ったんだし、守って下さいよ蓮華のこと、最後まで」
「…」



―――俺が蓮華を守る、だから心配すんな。



「あの子もそれをきっと望んでると思いますよ」
「…アイツが望むのか、被害者であるアイツが?」
「あの子にとって蓮華は命よりも大切な存在だったんですよ。当たり前じゃないですか」
「…そんなもんか?」
「そんなもんですよ。今の蓮華には守ってくれる誰かが必要なんだと思いません?」
「…市丸がいるだろ」
「…そうやって自分の決意から逃げるくらいなら、さっさと諦めたらどうですか?」
「…」
「蓮華は隊長のこと変わらないって言いましたけど、隊長は変わりましたよ」

松本は俺の目を見てハッキリと言ったハッキリ言われすぎて自分を情けないと思った。

「臆病者になりましたよね、隊長」
「…」
「自分の気持ちに対しても、蓮華に対しても」
「俺は、」
「生半可な気持ちで今の蓮華を思うくらいなら、見放してあげた方まだマシですよ」
「…俺は、」
「そんなんじゃ一生かかっても蓮華を守るなんてムリですね」

松本は立ち上がって隊首室を出て行った。

「…それでも、俺は――――……」

ポツリと呟いた独り言はきっと松本には聞こえなかった。俺の呟いた言葉は、矛盾した偽善にも似ていたと思う。


「 蓮華が好きだから放っておけねぇ 」



俺は約束すら守ろうとしない臆病者。
(冬獅郎side。一生叶わない想いだと知ってても、ずっと君を想うことに変わりはない)





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