09(10/35)


助けたかった
助けられなかった
守りたかった
守れなかった

そして 過ちを犯してしまった



 ● ●



「…いきなり檜佐木くんとなぁ…それは辛いなぁ」

二十分ほど、今までの出来事を話し続けた。

「ギン…私、辛いや」
「ボクがもっと粘っとけば良かったなぁ」
「ギンは悪くないよ。東仙隊長も、修兵も…誰も悪くないの…」
「蓮華ちゃん…」
「悪いのは全部、私だよ…」
「蓮華ちゃんのせいやない。二年前のあの日かて、アイツの願い聞いただけやろ?」
「そうだよ。でもあの時…私が他の手段を選べていたら、こんな結果にはならなかった」

私は未だに泣いていた。声は震えていないがただ頬を涙が伝っている。ギンはそんな私の頭を撫でながらずっと私の傍に居てくれていた。

「蓮華ちゃん、このまま三番隊に戻ってくるか?」
「え…」

突然ギンは私に言った。もちろん、ここに戻れるならそうしたい。修兵と顔を合わせるのは嫌だし、何より今の私じゃ修兵に迷惑を掛けるだけだ。それならばここに居て、ギン達と過ごしたい。

でも……

「ありがと。でも無理だよ…」
「何でや?」
「だって…私がここに居れば、ギンたちに迷惑掛かっちゃうもん」
「そんな事あらへんよ」
「だって隊首会の決定覆しちゃうって事なんだよ?」
「ボクはそんな事気にせぇへんよ?」

ギンが自分でこの決定はもう覆せないって言ったのに。そんな私を見抜いてか、ギンはにこやかに、爽やかに言った。

「まさか檜佐木くんが面倒みることになるなんてボクも思ってなかったからな、ボクの想定ミス。せやから蓮華ちゃんが望むなら隊首会の決定力づくでも覆すよ」
「無茶言わないでよ…」
「蓮華ちゃん守る事がボクの一番の仕事やからね」

ギンは相変わらずの笑顔でそう言った。

「ちゃんと普通に仕事しないとイヅル倒れちゃうよ?」
「今はイヅルより蓮華ちゃんの方が大事や」
「私は大丈夫だよ」
「大丈夫ちゃうから、こうやってここに来たんやろ?」
「…」
「だいぶ疲れとるみたいやし、ゆっくり休み」

そう言ってギンは私の頭をそっと撫でる。今までの緊張がゆるゆると和らいでいき、甘い眠気に誘われて、私は意識を手放した。











…………。

私が意識を手放してから、どれ程時間がたったのだろう。重たい瞼をこじ開けると暖かい光が私の目に入ってくる。私はあまりの眩しさに、また瞼を下ろした。

「起きたんか?」

聞きなれた声がした。薄く瞼を開けて声のした方を見る。綺麗な銀色の髪が真っ先に視界を埋め尽くし、それから特徴的な細い目と大きな口が写る。そこまで確認して、やっと誰かを認識し、思いついた名前を口にする。

「…ギン…」
「おはよう」
「おはよ…」

ギンはそっと私の頭を撫でた。その手が、大きくて、優しくて、私は甘えてしまいそうになった。けれど私は甘えてもいい立場の人間じゃない。緩む頬をぐっと強張らせる。

「今何時?」
「もうお昼や」
「…ずっと居てくれたの?」
「一人には出来へんからなぁ」
「…ありがと」
「どういたしまして」

私は重たい体を持ち上げる。手ぐしで髪を軽く直した。私の行動を、ギンは黙って見ているだけ。私はまだ覚醒しきっていない頭でギンに尋ねた。

「…ねぇギン」
「ん?」
「九番隊の誰か、迎えに来なかった…?」

私がそう言うと、ギンは相変わらずの笑顔で、

「誰も来うへんかったよ」

はっきりとそう言った。私はそっかと軽く相槌を打つ。もう私は九番隊にはいらないのかな、それならそれでありがたい。ぼんやりとした頭でそんなくだらないことを思う。

「ところで蓮華ちゃん」
「ん?」
「お腹空いたやろ?お昼食べに行くか?」

そう言えば、もう昼だ。私は朝も食べていないので、確かにお腹は空いていた。でもお金なんて持っていない。

「私、お金ないからいいや」
「何言うてんの、そんなんボクが出すに決まってるやろ?」
「そんなの悪いよ」
「じゃあ隊長命令な?」

笑顔で言われてしまっては、私は言い返すことなんて出来ない。しかも隊長命令だなんて、なんと便利で卑怯な言葉なのだろう。

「…じゃあ、お言葉に甘えて」
「よっしゃ、ほな行こか」

ギンは私の手を取るとそっと私を立ち上がらせた。私は逆らわずにそのままギンに合わせて立ち上がり歩き出す。ギンはそんな私を見て、安心したように微笑んだ。



私とギンは町に来ていた。どうやらここでゆっくり食事を済ますらしい。この辺りにギンの行き付けのお店があるのだそうだ。町に来たのなんて二年ぶりだったので、少しだけ変わってしまった町並みに戸惑いながらも私は大人しくギンについて行った。

「着いたで、此処や此処」

ギンが私を連れてきたのは小さなお店。ギンは私の手をひいて、店の中へと足を進める。スッキリしていて小物もそんなに置いていない、飾りっ気のない店内。その奥にギンは足を進めて行った。

が、その店に入ったのは失敗だったらしい。

奥にずんずんと進んでいくギン。私は手を引っ張られているので、抵抗なんて出来ない。ただギンの数歩後ろを必死になってついていく。すると急にギンがピタリと足を止めたので、私もそれにならう。不思議に思って見上げたギンの顔からは、いつもの優しさはなくなっていた。

「…ギン…?」

ギンの顔を見て私は彼の名を呼ぶが、ギンは動こうとしない。私はギンの向く方へ目をやった。

そこに居たのは……


「…しゅう、へい…」


ひどくかすれた小さな声で思わず呟いた名前は、なぜか修兵には届いてしまったらしく、彼は驚いたように私を見た。反射的に、私はギンの後ろに隠れる。

「蓮華…に、市丸隊長…」
「さっきぶりやねぇ、檜佐木クン」
「何で蓮華を連れてるんですか?」
「ボクの隊の子やで?ボクが連れまわしたってええやないの」
「それは昔の話ですよ、今蓮華は九番隊の隊員なんです」

修兵は座っていたが、立ち上がってこちらへ歩み寄る。きっと彼は、私を連れて九番隊に帰る気だろう。私は慌てていつもの姿になろうとしたが、大事な物を三番隊の隊首室に忘れてしまったのを思い出す。

それは隊首室で泣いていた際に放り投げ忘れてしまった、瓶底眼鏡。あれのお陰で目の様子を誤魔化せるし、印象だってがらりと変えれるから、決して手放さないように気をつけていたのに、どうやら三番隊でギンに気持ちを落ち着かせてもらっている間に、すっかり存在を忘れてきてしまったようだ。それがなければ、私は二年前とあまりかわりのない姿。

「どう…しよう…」

思わず呟いた言葉はギンにも聞こえていたようで、ギンは私を絶対に前に出させないようにと後ろに隠した。どうしよう、このままじゃ本当に修兵にバレてしまう。焦る私やギンが放つ殺気にすらお構いないし、修兵はつかつかと歩み寄ってくる。

「蓮華、出て来い」

修兵が、私に向かって言った。思わず肩がビクッと大きく揺れる。その声は、完全に怒っているときの声だった。

私が修兵にだけこんな態度をとるからだとか、修兵を避けている事に対して腹が立っているからだとか、急に逃げ出して迷惑をかけてしまったからだとか、思い当たる節なら腐るほどあって、私が悪いのも明らかだ。しかし、弱虫な私に堂々と修兵の前に出て行く勇気など微塵もない。

「蓮華」
「―――っ、」
「やめやめ、蓮華ちゃん嫌がってるやろ?」

そんな私に助け舟を出してくれたのはギン。私はギンの後ろに隠れたまま、私を甘やかしてくれる大きな手を握り締める。

修兵が、怖かった。いろんな思いがこみ上げてきて、心が恐怖で支配されていくのが怖くて、だから無意識にギンを頼ってしまう。

「…蓮華を怒ったりはしません」

修兵が言った。さっきの声とは比べ物にならないくらいに、ひどく優しい、悲しい声だった。

「でもそいつは俺の隊の隊員です。返してください」

修兵がそう言って私たちに近寄る。ただただ怖くて、悲しい声が切なくて、どうにも表現しがたい気持ちがこみ上げて、吐き気さえした。

やめて、来ないで。

どう足掻いても、どんなに逃げ続けても、ギンが守ってくれていたとしても、罪は消えないことを思い知らされる。結局修兵を守りたいといいながら、私が守りたいのは私自身でしかないのだろう。これ以上いろんな気持ちが膨れると、マイナスの感情が爆発してしまいそうで、私は思わず叫んでいた。



「近づかないで!!!!」



叫んだ、というよりも、怒鳴ったに近いだろうか。涙声で声を荒げた私に、ギンも修兵も驚いたようで唖然としている。

「私は九番隊の隊員です…心配せずとも必ず帰ります…だから……だから今は、私に近づかないで下さい…!」

私はそれだけ言ってギンの手を取りその場から逃げた。

「蓮華ちゃん…」
「…っ」

何時だってそう。不利な状況になると、逃げる事しか選択出来ない。



私は、とてもとても弱い獣。
(あとどのくらい時が過ぎれば強くなれるのだろう)


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