「ケイ、カールを買え」
「ケイ、ガリガリ君を買え」
「ケイ、お小遣いをくれ」

カールを口に放り込んだまま、私の席の前に座るアフロは、へらへらと笑いながら悪びれもなくそう言ってのける。そんな彼を睨みつけるが、彼にとっては痛くも痒くもないないらしい私の視線はスルーされる。

「…今まさにカール食べてるじゃん」
「もうなくなる」
「そんくらい自分で買いなさいよ」
「俺はお金がないんだ!」
「胸を張るな!」

えっへん、という効果音がピッタリなほどに、彼は堂々と胸を張る。こうも開き直られるとたいしたものだとは思うけれど、いっそ人としてどうかとも思う。毎度毎度お小遣いをせびられているのであろう金髪のリーゼントを思い浮かべて、私は同情してため息を吐いた。

「…百春かわいそー」
「む、何がだ?」
「…あ、あそこにかわいい女の子」
「なにっ!?」

私がそう言って廊下の方を指差すと、彼はご自慢のアフロを揺らしながら颯爽と駆け抜けて行った。そんな彼――花園千秋の後姿を目で追いながら、私は先ほどとは違う意味で、ため息を吐いた。ぐったりと机に突っ伏していると、頭を軽く小突かれ、しぶしぶ顔を上げる。

「……ももはる」
「何やってんだよお前」
「うっさい、今私は傷心真っ只中なんだ。優しくしろ」

花園千秋の双子の弟である百春は、私の前にどかっと乱暴に座ると、冷たい視線を私によこす。その視線にむっとして、べーっと舌をだしてすねてみせると、百春は盛大にため息をついた。

この九頭龍高校で、彼ら花園兄弟と入学当初から対等に喋れたのは、0歳から一緒にいる幼馴染の私くらいだろう。素っ裸だって見慣れてるし(もちろん幼少期ではある)、小学校から高校まで同じところに通い、家が隣同士のため嫌でも毎日顔を突き合わせている。

いつもそばにいて、なんでも言い合える。

だからこそ、近すぎて言えないこともある。

「…いい加減素直になれよケイ」

百春が、いつもより優しい声でそう言った。一瞬眉を顰めた私を見て、彼は困ったように笑う。百春だけは、私の気持ちを知ってる。

「…千秋にとっては、そんなんじゃないから」

ぼそっと私が言うと、百春はよしよしと私の頭を撫でた。その手をばしっと振り払って、頬を睨み付ける。

「やめろバカ!」
「おうおう、怖い怖い」

両手を上げて降参ポーズをとる百春にむかついたので、もう一度机に突っ伏してやった。彼らにとっては、私の蔑んだような視線など、気に留めるほどのことでもないらしい。拗ねた私の頭上から、再び盛大なため息が聞こえてきたけれど、あえて聞こえないふりをした。百春が席を立つ音に少しだけ顔を上げると、金髪のリーゼントは私を見下ろして言った。

「案外アイツだって満更でもねーって」
「…ありえない」
「そもそもアイツのこと好きっていう女、そうそういねぇからよ」
「でも、所詮幼馴染だもん」

そう言い返した私を見て、一瞬百春は何か言いたそうにしたけれど、結局何も言わずに教室を出て行った。派手なリーゼントが見えなくなるのを確認して、私はもう一度机に突っ伏して目をつぶった。

私は、あのデブアフロが好きだ。いつから好きになったのかなんてのはまったく記憶にない。気付いたら好きだった。それはもちろん百春を想う好きとはまったくの別物で、日に日に募る感情に私は恋を自覚したのだ。

しかし所詮は幼馴染。この壁は、でかくて高くて分厚い。普段は女の子にへらへらしちゃってる例のデブアフロも、相手が私になるとまるでそういう扱いをしない。結局、私は千秋の中の女という生き物からは随分かけ離れた場所にいるらしい。

「…ありがたいことなんだけどさ」

誰にも聞こえないようにそう呟いたと同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。突っ伏していた体を起こして、少し遠くにある窓から四角い空を眺める。汗が額を伝う。それはうだるように暑い夏の日の、私のいつもの憂鬱だった。


そして放課後、部活に足を運ぶ。もちろん私もバスケ部だ。いつも千秋と百春の後ろを引っ付いて歩いてたから、気付いたら当たり前にバスケをはじめていた。一度はリタイアした彼らが再びバスケをやり始めたことが嬉しくもあり、少し悲しくもあった。

彼らのようなセンスは、私にはない。日に日に遠ざかっていくその背中に、いつしか追いつけなくなるんじゃないかという錯覚さえ覚える。それでも一緒にいたくて、私は相も変わらずバカみたいにバスケを続けているのだった。

「…も、無理…」

今日は体育館が使えないため、男女合同で外周をすることになった。暑さと疲労で、どんどん体力は奪われていく。体力のない私の限界などとうに越えていた。足を引きずるようにして小走りするのが精一杯だ。一瞬でも気を抜いたら、それだけでこの熱々フライパンのようなコンクリートの上に倒れることになってしまう。そんな情けないこと、出来るはずがない。

「弱音を吐くな。ガリガリ君食べるか?」
「…なんでそんなもん食べながら走ってんのよあんたは…」

ふいに千秋が私の隣を走り出した。片手にはガリガリ君。用意周到というか…これは奈緒ちゃんにチクってやるべきなのか…。

「む!それは許さん!!」
「勝手に心を読むな!!」

許せないのは、奈緒ちゃんにチクってしまうことだろう。なんとなく胸が痛む。私はそういう風に言ってもらったこと、一度もない。

「まぁそれだけ言い返せたら大丈夫だろう」

千秋はへらっと笑って、私を追い越していく。あぁ、ほら、また。広くておっきい背中が遠ざかる。いつもすぐそばにあったその背中は、遠ざかるたびに小さくなって、次第に見えなくなっていく。

「っ、」

私は慌てて千秋の背中を掴んだ。いや、正確にはその服のすそを掴んだ。どうしてそうしたのかは分からない。反射的にそうしてしまったのか、はたまたまったく別の理由か。

「はあっ、はあっ、は…っ」

息が苦しい、暑い、視界が、かすむ。呼吸のリズムがおかしい。
なんだろう、音が遠くなる、何も、聞こえなく―――

「ケイ!?」

次第にブラックアウトしていく視界の、ずっとずっと遠くの方で、大好きな人の声が、私を呼んだ気がした。


 ● ●


「……」

目覚めたのは保健室だった。暑くもなければ寒くもない、程よい涼しさを感じる。気だるい体を起こす気にはならなくて、ぼんやりとした頭で辺りを見渡す。ふと見上げた空は、夏だというのにもう少し薄暗くなり始めていた。

「いまなんじ…?」
「7時だ」

返事を期待したわけじゃないけれど、突然返ってきた返事に、一瞬で頭が冴える。

「…ちあき…」
「まぁもう過ぎてるけどな」

笑顔でチューペットを飲み干す彼に、自然と笑みが零れた。

「…みんなは?」
「もう帰ったぞ。ここはサッチーがあけといてくれた」

そういえば保健の先生もいない。五月先生に申し訳なさを感じながら、よろよろと状態を起こした。千秋が「む」と眉を顰める。

「もう起きて大丈夫なのか?」
「うん…あんまり遅くても迷惑かけちゃうし……千秋は、待っててくれたの?」
「まぁなー」

次はどこからかカールを持ち出して、それを口に放り込む。保健室なのに、という突っ込みすらする気力がなくて、苦笑いでそれを見守りながら立ち上がる。しかし貧血だったのか、足元がふらふらだ。歩いて帰れる自信がない。そんな私を見て頼りなさを感じたのか、突然千秋が私の手を取った。

「…千秋?」
「とりあえず座れ。そしてこれに着替えろ」

千秋はさっと私の荷物と制服を差し出す。どうやら円たちから預かってくれたみたいだ。しかし一体どこに隠していたのだろう…考えるだけ無駄なんだろうけれど。

「俺は外で待ってるからな」

だからガリガリ君奢れよ、と言って千秋は廊下に出た。そんな彼にため息が出る。これがもし奈緒ちゃんだったら迷わず着替えを手伝うなんて言い出しそうなものなのに。別にデブアフロなんかと一緒に着替えたいわけではないけれど、少なくとも「そいうい対象」でないことは明らかだ。

そりゃそうだ。多分、これが普通の女子だったら、きっと誰も千秋に待たせたりしないだろう。倒れたのが私だったから、みんな千秋にこの場を任せたのだと思う。幼馴染の偉大さと、その殻の大きさにもやもやとしながら、私はゆっくりと着替え始めた。


五月先生に挨拶をして、学校をでる。ゆっくりと歩く私の隣には、相変わらずカールをむさぼる千秋。歩幅を私に合わせてくれてるのが、愛おしい。

「ごめんね千秋」
「ん?」
「迷惑かけちゃった」

私がそう言って千秋を見上げると、千秋はカールを食べながら笑った。

「ガリガリ君でいいぞ」
「…ゲンキンなヤツ」

呆れたようにそういうと、私の携帯が鳴った。メールだ。ディスプレイをみると、百春からだった。メールを開いて、内容を確認して、思わず赤面した。


―――チャンスだぞ


たった一言。メールには、それだけ。何がチャンスだばか者。赤面した顔が千秋にバレないように、私は千秋から顔を背ける。

が、勘のいい千秋にはあっさりと見抜かれてしまう。

「そのメールは百春からだな」
「…なんでわかるの」
「ケイの顔が真っ赤だからだ」
「…それも、なんでわかるの」
「17年も一緒だからなー」

カールを噛み砕く軽快な音とともに千秋が言う。だったらそのエスパー具合で私の気持ちもあっさり見抜いてくれればいいのに、と心底思った。

「―――ケイ」

ふと、いつになく真面目な声色で千秋が私を呼んだ。

「ん、なに?」

赤い顔もとりあえず落ち着いたようなので、振り向いて千秋を見上げる。私を見下ろす真面目な視線が、あんまり切なそうでどきっとした。多分、このデブアフロにこんなにどきどきするのは、この世で私だけだ。と、信じたい。

「オマエは―――」

言いかけて、千秋は気まずそうにアフロを掻いた。珍しく戸惑った行動に、私までつられて戸惑う。

「千秋?どうしたの?」
「んー、いや、なんでもない」

へらっと笑うと、千秋はまたいつもの様子でカールを口に放り込む。その様子に思わず険しい表情をしてしまった私を見て、千秋は困ったように笑った。

「なんでもないんだ、スマン」
「なんでもないなら謝んないでよ。心配するじゃん」

口を尖らせてみれば、千秋はまた困ったように笑う。そういえば、千秋は私が駄々をこねたときは、いつも決まって許してくれたっけ。そう、私のワガママだけは、いつだって許してくれた。

「…気になる。教えて千秋」
「うーむ」
「教えてくれなきゃ奈緒ちゃんにいろいろいいつけるぞ」
「なにっ!?そ、それはだめだ!!」

別にいろいろ言いつけるほど何も情報はないから、ただのハッタリなんだけど。けれど思った以上に千秋は動揺しているので、心当たりはあるらしい。睨み上げてハッタリを続けた。

「じゃあ、教えてくれないとねー」
「ぐぬぬぬ…」
「嫌ならいーよ?奈緒ちゃんにあんなことやこんなこと…」
「だああああ!分かった!言う!!」

千秋はそう言うと、何度か深呼吸をして私を見つめる。そしてしっかりと私の肩を掴んだ。思わず心臓が高鳴る。

これって、まさか、

期待なんてするべきじゃないのに、思わず期待してしまう自分。どきどきと、胸がうるさい。千秋に聞こえてしまったらどうしよう。

「ケイ」
「…はい」
「…オマエは…」

一呼吸。
静寂を切り裂いた、千秋の声。



「ガリガリ君は嫌いなのか!?」



「…………は?」



思わず素っ頓狂な声が出てしまったけれど、悪いのは決して私ではない。軽蔑のまなざしを向ける私を無視して千秋は続けた。

「ガリガリ君よりチューペットがすきなのか!?」
「…まあ、どっちかといえば」
「チューペットとカールは!!」
「時期的にチューペット」
「ガリガリ君は!!!」
「溶けやすいからあんまり」
「ガリガリ君と百春は!!!」
「そりゃ百春でしょーが」
「百春と俺は!!!!!」
「そりゃあ―――」


答えかけた最後の質問に、息を詰まらせた。

どう、しよう。

私が思ってる以上に千秋は真剣らしく、じっと私を見つめたまま動かない。どっちも好き。だけど、どっちも、違う好き。なんて答えたらいいのかわからないまま、刻一刻と時間は過ぎていく。

「そりゃ、ほら、どっちも―――」
「どっちだ」

言葉を濁すことは、許してくれなかった。聞いたのは自分なので今更どうしようもないけれど、後悔が一気に押し寄せる。今までの関係が、崩れていくような気がした。

千秋はまだ、ずっと私の答えを真剣に待っている。

どうしよう、声が出ない。どうすれば―――


―――チャンスだぞ


百春からのメールを思い出す。そうだ、これはチャンスだ。これを逃したら、私はもしかすると一生言えないままかもしれない。せめて今伝えてふられたら、新しい恋を探すことが出来るんだ、まだ花の女子高生だもの。

私は数回深呼吸をした。落ち着け、もうここまで気持ちはきてるんだ。ぐっと千秋を見上げて、なるべく落ち着いた声で、私は言った。

「……千秋」
「…え?」
「ち、あき、がすき」

声が震えた。あぁなんだかもう情けない。おかげで涙が出そうだ。もう一度軽く深呼吸をして、一番伝えたいことを伝えた。

「百春も大好きだけど千秋はもっともっと好きだよ。一番、好き」

沈黙が重たい。これ以上何を言えばいいのか分からない。思わず顔を伏せそうになった私の顎を掴んだ千秋は、強引に顔を上げさせた。

「―――本当だな?」
「っ、嘘ついてどーすんのこんなこと!」

なんだかむっとしたので、思わず可愛くない言い方をしてしまった。そんな私をみて、千秋は満足そうに笑った。そして軽々と私を両手で持ち上げる。

「っ、きゃあぁぁぁ!ちょ、ちょっと千秋!なにして…」
「喜びの舞!!!」
「な、なによそ…ってきゃああぁぁぁぁぁああぁ!!!」

私を軽々と持ち上げたまま、千秋はぐるぐると回りだした。なんだこれ。わけがわからないまま、私はだんだんと笑えてきて、気付いたら大笑いしていた。私が笑ったのを確認すると、千秋は私の体をそっと下ろした。

「貧血なのにまわされたからふらふらだよ〜」
「うむ」

なぜか満足そうにそういうと、ふらふらと頼りなく歩き出そうとする私の手を千秋はそっと握った。せっかくおちついた心臓がまた大きく跳ね上がる。

「じゃあ付き合うかー」
「…へ?」
「む、嫌なのか?」
「え、いやっていうか、え、あの、わ、私なんかでも、あの、」

私がひとり赤面しながらおどおどしていると、千秋は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

「俺はオマエがいい」

ほらいつだって、



デブアフロにくびったけ
(後日、百春から実は両思いだったことを知らされる)
(そんないつものうだるように暑い夏の日)


2013.04.16


|
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -