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30日、名前は残業をすると部長に申し出をした。
確かに業務が残っていたのも事実で、一人、また一人と帰る中、名前はもくもくとパソコンに向かっていた。

「吉良さん、一緒にご飯とかどうですか?」

「いや、遠慮しておくよ。今日は寄る所があるのでね」

「えぇっおつきあいしますよ?」

「いや、私自身一人でゆっくり行きたいところだからね」

さして綺麗な手でもなく、顔も綺麗でもない。
ましてやこいつは先日名前にひどいメールをしてきた女の一人だ。
本当ならしゃべりたくもない。

「あの、じゃあ吉良さん!いつ暇ですかぁ?今度でいいから行きましょうよっ!私美味しいお店知ってるんですぅ」

ガッと腕を絡められ、不快感があふれる。
そして


名前が見ていた。


ああ、女の当てつけは名前に対してか。

そうなるとふつふつと怒りがこみ上げる。

「この際伝えておくが、私は君に興味は微塵もない。今日も彼女へのプレゼントを買うために寄り道をするんだ。学生じゃああるまいし、誰かにプレゼントを選んでもらう必要もない。彼女がいる以上、女性である君と食事にいくつもりもない。せいぜいいい男を見つけるといい」

私はぽかんとする女性社員の腕を振り払い、会社を後にした。




ああ、彼女にプレゼント、か。
目立つことが嫌いなのによくもまああんなことを言ってしまったな。
こうなったら名前へ何か買って帰ろう。
どうしようか?




















買い物を済ませ、時刻は23時。
くだらないテレビをつけながら彼女の帰りを待つ。
遅くなるとは言っていたから帰ってくるのだろう。明日は仕事だからな。

早く寝てしまえばいいのに、居間に居座る私は本当に滑稽以外何物でもない。

23時半。

バイクの音がすると、玄関の扉があき、名前が帰ってきた。
死んだような目をしているので何も言えないし、名前も何も言わなかった。

彼女は着替えを持ち、先ほど手に入れたらしき“手”を持って、そのまま風呂へと向かった。

「…ぁ…ん…」

風呂場の横のトイレに向かう途中。
おそらく手に入れた手で慰めているであろう名前の声が漏れてきた。

ぞくりと背中を奔る感覚はなんだろうか。
快感だろうか。


用を足し、居間にもどる。

眠ればいいのに、私は、またくだらないテレビの続きを見るのだ。












家の時計が日付の変更を告げると同時に名前が居間へ入ってきた。

「…」

もう日を跨いだのに、相変わらず浮かない顔をしていた。
手には“手”があった。

名前はその手を窓を開けて“ぽい”と投げた。
しかしその手はすぐに灰になり、彼女のスタンド能力を垣間見る。


名前は窓ぶちに手をかけたまま動かない。
そろそろ声をかけるべきか。


「吉影さん」

「…なんだ?」

彼女から声をかけてきた。

「私、おかしくなったかもしれません…」

「どうかしたか?体調でも悪いのか?」

「いえ…あの、気持ち良くなかったです」

「…は?」

「今日の男を殺す時も、さっき手で慰めているときも、まったく満たされませんでした。私にとって一番沈んで一番ハイになるのがこの日なのに…私はおかしくなったのでしょうか?殺すだけじゃだめなんでしょうか…」

俯き、ひどく辛そうに顔を歪ます。


「おいで」

気が付けば彼女をそばへ呼び、彼女の体を抱きしめていた。

「濡れますよ」

「構わないよ、乾くから」

「…気持ちいいです」

「え?」

「吉影さんの腕の中、すごく気持ちがいいんです…」

きゅ、と私の背中の布をつかむ。
嗚呼、鼓動が高まる。
落ち着いてくれ、と願うも余計に鼓動は早くなる。


「名前」

「はい…ん、」

腕の中から見上げる名前の唇に自分のそれを重ねる。
驚いた表情を見せるもすぐにそれを受け入れた。

小さな隙間に舌を滑り込ませれば、拒むこともなく、彼女の暖かい口内へと誘われる。

上下の歯を優しくなぞれば、苦しそうに甘い声を漏らす。
自分でもわかるくらい息を荒くしながら彼女の口内をひたすら犯した。

満足はしていないが、そろそろ苦しい頃合いかと上唇を吸い上げるように唇を離せば、ぐったりと私の胸に倒れこんできた。


本来ならここから本番、といきたいが、いかんせん彼女のぐったり具合を見ているとこれ以上何かしようという気にはならなかった。


とろけた目で私を見上げる名前に、囁く。



「愛してる」


今日はこれくらいで許してあげるよ。



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