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『君を抱きたい』
かくもはかない願いは叶うことはなかった。
お互いに手を舐めるという異様な行為に、名前が2回ほど達してしまったからだ。
今は私の腕の中でぐったりと眠っている。
「まあ、抱いてはいるか…」
性的な意味ではないにしろ、今名前の小さな体は私の腕の中に抱かれているのだから。
夕食も食べたし、明日は幸いにも休みだ。
風呂は朝でもかまわないだろう。
「…」
きっと、これは彼女に対してとても失礼な行為になる。
だが、
「すまない」
無防備なその唇に、自分のそれを重ねた。
彼女を布団に寝かしつけ考える。
なぜ私はこうも彼女に惹かれるのか。
手が美しいから?ああ、そうに違いない。
それ以外に女性になんて魅力はない。
しかし、今こう無防備にしている彼女を殺し、手だけを自分のモノにしてもいいのにどうしてしない?
問いかけても出ない答えに無意識にキラー・クイーンを出す。
彼もまた私を見て首をかしげた。
ああ、スタンドは本当に己によく似ている。
久しぶりに目にした名前に無表情なまま近づき、その枕元へ近づくと頭を撫でた。
あの張り付いた無表情が綻び、僅かながら優しさ、愛おしさを垣間見せた表情に思わず彼の名前を呼んでしまった。
キラー・クイーンは“何ですか?”と言わんばかりに首をかしげたが、私が何も言わないので、出てくる必要はないと判断し姿を消した。
見た目が生物なのだから多少自我があってもおかしくはない。
ただ、それを、目の当たりにするとやはり思考がうまく追いつかなくなるものだな。
もう考えるのはよそう。
眠っている名前を起こすのも悪い。
朝1で風呂に入れるように湯は張っておこう。
起きたらすぐに沸かせてその間に朝食を作って...名前が良ければ昼過ぎから出かけよう。
もう少し服を持っていてもいいだろう。彼女はなんでも似合う。
明日は日曜日、人が多いかもしれないがさして問題は無い。
隣に名前がいたら、煩わしい外の音は聞こえないのだから。
朝
眩しい日差しが顔に当たり、私は目を覚ました。
なんとなく体が重いけれど、すっきりした気持ちだった。
ふと、温もりを感じ、そちら向けば吉影さんがすやすやと眠りについていた。
あれ?一緒の布団で寝てる...?
昨日の手の舐め合い...
「~~~っ!!!」
顔に熱が集中するのがわかった。
私はあろうことか吉影さんに手を舐められ、そして吉影さんの手を舐め、果ててしまったのだ...しかも2回も...。
2回目以降記憶がない。失神してしまったみたい...。
思わず下半身を確認したけど、特に違和感はないからそういう行為はしなかったみたい。
ほっとしたけど、残念な気もする。
なんとなく、無防備に寝ている吉影さんの顔を見る。
睫毛長いなぁ...すごく綺麗。
つつつ、と彼の唇に指を這わす。
この唇にキスをしたらどうなるんだろう?
昨日、口の端を舐められた時言いようのない快感が体を奔ったのだけれど、それに反応したらきっとはしたない女だと思われると感じて平然を装った。
寝ている今ならいいだろうか?
吉影さんも30を過ぎているし、ファーストキスってわけでもないだろうし...
もんもんと考えていると長い睫毛のしたから綺麗な瞳が私を捉えた。
「おはよう、名前」
「おはよう、ございます」
ああ、恥ずかしい。
「昨日は可愛かったよ」
吉影さんは、微笑んで私の頬にキスを落とした。
腕枕をしていたので、彼女が起きたのはすぐにわかった。
もぞもぞと動き、私を見たのもすぐに感じた。
面白いので様子を見ようとたぬき寝入りを決め込む。
彼女の柔らかな指が私の唇のなぞる。
嗚呼、勘弁して欲しい。折角抑え込んだ欲がまた溢れてしまうじゃないか。
指が止まった。
我慢出来ない。君が悪いんだ。
目を開け、彼女の顔を捉えると朝の挨拶を交わした後、小さなキスを落とした。
今朝のキスで彼女は相変わらずきょとんとしていたが、“欧米風ですね”と笑ってその場は終わった。
そして私とナマエは今、少し遠めのショッピングモールに来ている。
近場だと同僚に見つかる可能性があるからだ。
あまり服にもこだわってこなかったらしく、私の選ぶものを従順に試着し、良いか悪いかを判断しながら買い物を続ける。
化粧品や日用雑貨を二人で選ぶとまるで夫婦に見えるだろうか。
女性客の一人が商品を手に取り吟味しているのを目の端でとらえる。
ああ、綺麗な手首だ。
だが
「吉影さん?」
「ああ、すまない。つい」
「いえ」
隣にいる名前の手のほうが何百倍も魅力がある。
そっと彼女の手を取ると、不思議そうに私を見上げる。
手の先の…今まで余分だと切り捨ててきた部分にすら魅力を感じる名前。
もし“運命”というものが実在するのなら、それはきっと彼女を“運命の人”と言ってもいいのでは、と考える。
だが、彼女のほうは相変わらず淡白で何を考えているかわからない。
私のキラー・クイーンが大好きということはわかるが。
「これとか可愛いですよ!」
「ああ、良い色だ。私は紫かな」
「じゃあ私は灰色ですかね?」
「女性としてそれは寂しい。桃色にしなさい」
「はぁい」
可愛らしい小鉢を見つけて名前は嬉しそうにそれを吟味した。
沢山の色展開があるが、この中で灰色を選ぶ彼女はやはりなかなかの感性の持ち主だ。
服や雑貨を買い、車に乗り込む。
本当に私の車は平気なようで、ニコニコと笑っていた。
ああ、それがいやに嬉しい。
しかし、名前はふと車の画面表示を見ると悲しそうな顔をした。
嗚呼、明日は…
「明日、帰り遅くなります」
「わかった」
5月30日。
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