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さて、出かけるとしてもまず彼女には昨日の服しかない。
申し訳ないが同じ服を着てもらい、そのまま彼女の家へ行くこととなった。
アパートで一人暮らしという典型的なOLらしく御両親と鉢合わせする心配もない。
そして交通手段は、私の車だ。
車でいいと言った彼女だが、いざ車の前に立つと固まってしまった。
苦虫を噛み潰したようなような表情で車を見ている。
「苗字さん、無理は……」
「いえ、大丈夫です。……失礼します」
そう言って助手席に乗り込む。
私も慌てて運転席に乗り込むと、酷く驚いた表情をした彼女がいた。
「あ、れ?」
何に驚いているんだろうか。
「き、吉良さん、変なお願いをしてもいいでしょうか」
「なんだい?」
「手を握ってください」
「?」
その手に触れたら戻れなくなりそうだ。
言葉を飲み込み、その細く白い手を握る。
ああ、なんて
「とても綺麗だ」
無意識に彼女の手を頬へ誘った。
彼女は嫌がる素振りは見せず、むしろ蕩けたような表情で私を見ていた。
「……すまない。つい、美しい手だったので」
「い、いえ、私こそ、吉良さんの手が私の手を包む感覚がどうも……」
「君も手が好きなのか?」
「ええ、とても」
どこまで私と一緒なんだ。
とにかく彼女の家に向かうため車を発進させた。
何から話そうか。何から聞こうか。
よくよく考えれば昨晩はお互い会社で相手を殺そうとしたのだ。
なのに彼女を家に招き、共に夕食を作り、今朝は彼女の手作りの朝ごはんまで食べた。
なんということだ。
「吉良さんは殺人犯なのですか?」
唐突に彼女は聞いてきた。
「私もそうなんですよね」
さも当たり前のように彼女は続けた。
「私、嫌いなんですよ。二十代後半から三十代前半くらいの男性。子どものころにレイプされましてね、もう子どもは望めない体にされちゃいまして」
そう言って左耳の裏を掻く。
「現場はこーんな車の中でした。何人だったかな?3人?4人?大人の男が覆いかぶさってめちゃくちゃにしたんですよ。 密室の車。1人が運転してて、途中で交代してひたすらまわされました。解放されたのは数日たってからでしたね。親は頭では理解してるみたいでしたけど心がついてこなかったのでしょう。いつしか家には帰ってこなくなりました。だから嫌いなんですよ、車。」
ふぅ、と小さく息を吐く。
「私は12月30日、雪が降る年の瀬に連れ去られ、壊され、年明けに解放でした。だから、だから私はずっと30日には人を殺し続けているんです。昨日は吉良さんを殺そうとしました。本当にごめんなさい。」
心底申しわけなさそうに頭を下げる彼女はとてもか弱く見えた。
「なるほど。要するに30日になると殺人衝動が抑えられないと」
「はい。私ね、すごく憎いんですよ。でも小さかったから顔も覚えてないし、私がこの年になったってことは犯人たちもそれなりに年齢いってるはずなんです。でも、だめなんです。私を襲った当時の奴らの年齢と似た人間を見るとどうしても、憎くて憎くて……愛おしいんです」
「愛おしい……?」
脈絡のない単語に私は思わず聞き返す。
「変ですよね。もちろん憎いんですよ?ただ……彼らの手は女としての悦びを私に刻みつけたのです。だから殺して殺して手だけいただくんですよ。ふふ、恥ずかしいんですけど、それでスるのがいいんです」
とろん、と蕩けたような表情を見せる。
さっきと同じだ。
「わかってます、異常ってことは。それでもやめられないんです」
「……その年齢の人と体を重ねるのは嫌なのか?」
「……私の頭に残ってるのが、乱暴に私を扱い愛した手と、下品な笑顔、そして」
ガリッ
苗字さんが勢いよく左耳裏を掻いた。
血が流れている。
「この耳元でねっとりささやき続けられた男の声ですかね」
ああ、だから左耳を掻くのか。
「ごめんなさい、どうしても30日前後は気がたってしまって……しかもほら、昨日は誰も殺めていないので……ふふ、この“能力”を手に入れてから30日に人を殺さなかったのははじめてかも」
「“能力”?」
「はい。なんだかみんな見えないらしいんですけどねぇ……あ、着きましたよ」
あそこのマンションです。
彼女が指をさしたのはごく一般的なマンションで、まさかこんなところに殺人犯が、という典型的な例だ。
「吉良さんもどうぞ」
そういわれて私は人生ではじめて“順番を踏んで”1人暮らしの女性宅に入った。
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