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遅めの夕食を取り、苗字さん、私の順で風呂に入った。
私のシャツを貸してやれば小柄な彼女にはワンピースで、思わず息を呑む。
今まで感じたことの無い感覚が私を襲った。

“抱きたい”

この感覚を抱いたまま、私は風呂へと向かった。

私が風呂から出てくると、苗字さんは居間の机に突っ伏して眠っていた。
慌てて布団をひき、彼女を寝かせる。

そのとき小さく彼女が呟いた。


「殺してやる」


何の夢を見ているのだろうか。
明らかに眠っている彼女の奥には何があるのだろうか。

燃え上がる好奇心を抑えつつ、今日の爪のメモをし、私も眠ることにした。












翌朝


体をゆすぶられる感覚で目が覚めた。
薄目を開けてみると、いかにも情けない表情で苗字さんが私を見ていた。


「吉良さん、吉良さん」

「ん…おはよう、苗字さん」

「あ、おはようございます。って、その…すみません、朝ごはんを作ってみたのですが食べていただけませんか」

「朝ごはん?」

「はい…インターネットでレシピも見て、味見もしたので大丈夫とは思うのですが…」

「ああ、いただくよ」

「ありがとうございます」

苗字さんは、相変わらず私のシャツを着たままキッチンにひっこんだ。
顔を洗って、歯を磨いて、私もキッチンに行くといい匂いが漂ってくる。


「あの、どうぞ」

「ありがとう」

誰かに朝ごはんを準備してもらうなんていつ振りだろうか。
メニューは、味噌汁に焼き魚、卵焼き、大根おろしに納豆、そして白米。
純和風といったところか。

「冷蔵庫のもの使わせていただきました…」

「ああ、気にしないでくれ。ありがとう」

礼を言って一口食べれば、なるほど美味しい。
飛びぬけて美味しいというわけでもないが、一生懸命作ったんだろうな、という美味しさがあった。


「美味しいですか?」

「美味しいよ」

「よかった」

心底ほっとしたように彼女は微笑み、食事に手をつけた。

誰かが作った朝ごはんをしゃべる誰かと食べる。
こんなに心地いいものとは思わなかった。



「せっかくの休みだ。どこかにいかないか」

「え?」

「不満かね。もともと君と話したくて家に呼んだというのに寝てしまったじゃあないか」

「あう…」

「かまわんね」

「…はい」

「私は車でいくが、苗字さんはバイクでも…「いえ」

私の言葉を遮る。

「吉良さんの車に乗せてください。そこで、お話します」


暗くはなく、寧ろ明るく言い放った。



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