愛の巣
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陽が沈み黄金色の空も段々と色を落とし出した頃、私、千鶴は気合いを入れてキッチンに立った。
『うん、美味しいかも!』
ことこと煮詰めた暑い液体をお玉で掬って小さな皿に移して啜れば口の中で深い濃くと食欲をそそる香りが広がる。
私は思わず帰って来る彼の顔を浮かべながら褒めてくれるか、なんて考えてしまった。
そう、彼というのは私の旦那様になる予定の沖田総司さん。
予定って言うのは、私は大学生の仲間入りを果たしたばかりで彼は会社で働く社会人な訳で...、
私も肝心な心の準備が出来ず、其を誰より理解してくれた総司さんは私の心を汲んで、卒業まで待つとの事。
はい、残念な事にこの総司さん持ちのマンションに今は同居という形で結婚なんてしてもいなければ籍すら入れてないのです。
全ては、
「君の事が好きだよ、いや愛してる...僕じゃダメかな?一緒に暮らそう千鶴」
あの日の唐突な同居のお誘い。
確かに、単なる一目惚れとか運命の出会いだとか即、そんな関係まで至ったのではない。
私たちは付き合って二年は経過していてそれでも総司さんはその時高校生だった私に無理強いなんてしなくて本当に純粋なお付き合いをしてくれた訳で...。
申し訳ないというか、凄く待たせて...其れなのに、と同居したいと私の事を求めて来る総司さんの願いを聞き受けた私。
まぁ、まだ待たせてる訳ですが。
独占欲も他の人より強くて私の事になると会社休んでまで付き添ってくれる彼。
ここまで来るのに思ったよりかかったと思うほどだ。
愛情表現の激しい人だもっと強引かと思ってた...。
けれど私だってもっと一緒に居たい、其に近くで総司さんを見守りたい...
これって、総司さんの独占欲と同じなのかな...なんて。
久しぶりに思い出した困難や苦労、其に比例、いや何倍も幸せだった時間。
全てが大切な思い出だった。
「其にしても総司さん遅いな...今日は早いはずだけど」
甘い思い出に浸り幸せに顔を歪めていればちらりと細めた眼の橋に映る9時半を差す時計の針。
そんな時だった、図ったようにガチャリと鍵を回す音が部屋に響いた。
「千鶴、ただいま」
『あっ、お帰りなさい。総司さ、ん?』
愛しの彼に呼ばれた千鶴。労りを込めて笑顔で迎えるのだが...
えっと、
普段と声色は変わらないのに顔はほんのり赤いし、綺麗な翡翠色の瞳も少し熱を帯びていて...それになんだかお酒の香り。
これは完全に、
『酔ってますよね、総司さん』
私がそう呆れてため息を吐けば、
「千鶴、ごめんね遅くなって。寂しかったよね。ほら、ハグしてあげる」
恥ずかしげもなく広げられた腕。
この人然り気無く話反らしたな、と解りつつも、
もう、そうやって悪戯に笑う総司さんに敵うわけないじゃないですか。
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