今は君を想う
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千鶴...どうしてお前は俺を裏切るんだ。
幼かった頃は、あんなにも泣き虫で俺の傍を離れなかった...なのに今隣に居るのは...俺じゃない。
今頃...どうしてお前は自分を苦しめた相手に涙を流してくれるんだ。
新鮮な紅に染まる視界にぼやけるのは泣き崩れる妹...を支えるのは俺の心臓を貫いた浅葱色の羽織を血で染める憎き新選組だった。
愛しい存在の妹は、いつしか憎き存在に変わり果てる。
いや、変わってしまったのは...。
考え込めば意識が浮上してくる気配が頭を動かし、暗い瞼を開ければ何時もの自分の部屋のクリーム色の天井が歪んで見える。
額にはうっすら汗が浮かぶ。まだ涼しいとは言えど春を過ぎようとしている時期だ。
鬱陶しい布団を取り払おうとすれば隣から小さくだるそうな声が聞こえ、目をやればそこにいたのは夢にでてきた妹がいる。
なんで、こいつがいる訳?
「千鶴、何時から居たの...なに、また怖い夢でも見たとか?」
皮肉たっぷりで見下ろしてそう言えば、だらしなく開けられた千鶴の口元が一文字になり少し頬に赤みがさした。
『ち、違うよ...けど一人で寝るのは寂しくて...それに怖い夢を見たのは、薫の方...』
何故かこういう時だけ感の鋭い、自慢の妹。
顔色を伺おうと無遠慮に伸ばされた千鶴の手を俺は反射的に払ってしまった。
だって、無性に苛つくから。
あの、夢を見るのは毎回ではない...時々ああやって昔の事が頭に蘇る。けれど、千鶴や他の転生し今を生きる奴には記憶なんてない。
まるで、過去を天から咎められるかのように今も自分だけに残る傷跡。
だから、本当は一緒にいるのも俺には苦でしかない。
転生をしても尚お前を憎む事しか出来ない...、
「...俺は何時までも最悪だ」
抑えきれない醜い感情は消え入りそうな声になって弱音を吐くかの如く溢れた。
『薫!...薫は最悪なんかじゃないよ、何時も助けてくれるし...優しくて頼りになるお兄ちゃんだよ!』
起き上がるなり急に顔を詰めれば、
先程までのあどけない顔の面影など等に消え、澄み切った瓜二つな瞳が味方するように優しく笑う。
「そう...それよりも風紀委員の俺まで学校遅れるんだけど」
『えっ、嘘もうこんな時間。薫じゃあねっ』
話を逸らすのは慣れている方だと思う。
強気な瞳には面白いくらい焦りを浮かべさせバタバタと部屋から出て行った。
何時も助けてくれる...勘違いしないでよそれはきっと罪滅ぼしにしか過ぎない。
千鶴の目には今どんな風に俺は映っているのだろうか。
優しく映っている...そうならば其れは偽りに決まっている。
物音を立て慌てて支度をする千鶴を横目に最後の仕上げにタイを締める。
「先に行くよ千鶴...くれぐれも遅れるんじゃないよ」
毎朝の風景に笑いながらも俺は今日も妹より先に家を出た。
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