今は君を想う

「2/3」



『薫ってば、早すぎるよ...朝起きる時間同じな癖に』


千鶴は数分前に兄を送り出した扉の前にたち靴を履く。


急ぎすぎて少し跳ねの目立つ髪の毛を手櫛で調えその扉を開ける。


ふんわりと入り込んで来る朝の心地好い風を体全体で受け止め振り帰った。


『行ってきます』


誰に聴かせる訳もなく恒例行事な挨拶。


本当は薫と一緒に歩きたいんだけどな...。


太陽の暖かな光が建物の影を象るまっすぐな道。


毎日のように私は其処を歩く。



薫は何時も私とは別行動で一緒にいられるのは殆ど家の中だけ。


せっかくまた兄弟になれたのに...。


千鶴は覚えていない訳ではなかった。


フリをしていただけ。もし、私まで覚えていたら薫はどうするのかと不安があったから。


それでも、正直知らないフリをするのは辛かった。


時々見せる、薫の悲痛な瞳。今日の朝だって...だけど直ぐに兄の顔を見せるんだ。


そんな表情を見せられて自分が逃げているだけに思えてきて、



けれど言わない方が良いかもしれない。薫の傷を抉る様な事はしたくないのだ。



だから、せめて...。



***


『薫、おかえり!』


「嗚呼、ただいま千鶴」


学校で普段通り風紀委員をこなし、全授業を終え帰宅すれば、満面の笑みを浮かべ俺のそばまで駆け寄ってくる妹。


部活に所属しない千鶴が先に家で待っていて、笑顔で出迎えてくれるのは日課だが、


...何か違う。


変にそわそわしている時の千鶴は何か隠している証拠だった。


ふと、千鶴の背後に目を凝らせば大勢の人でも呼ぶのかと思うほどに料理を乗せた皿が並べてある。


「どうしたんだ?あんなに...」


ごく自然に伸びた人差し指は奥のテーブルを指す。


『あのね...日頃のお礼っていうか...その...兎に角薫の好きなの作ってみたんだ』


「なにそれ」


照れながら可愛い事を言う千鶴に俺も其が移ったみたく紅くなり、悟られるのが嫌で俯けば、



『薫、一緒に食べよっ』


一輪の花が咲いたかのように微笑み誘ってくる。


キラキラした顔はとても眩しくて、...


いつしかお前は俺の光だったんだ。



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