短編2 | ナノ


▼ もう疲れた2

リクエスト


先輩には男の恋人がいることを、多分俺だけが知っている。


「川原頑張り過ぎだ。少しは休め」
「あい……」
新社会人になったばかりで右も左も分からない俺に色々教えてくれたのは先輩だった。
若さゆえに暴走したときにはいつも先輩が『おい止まれ』と止め、何か失敗した時は『俺も手伝ってやるから』と手を貸してくれた。
そんな見た目同様中身も男前で少し乱暴な先輩に、最初はただ憧れているだけだった。
それが先輩と過ごすうち、先輩の不器用なところや人には頑張りすぎるなと言うのに自分が頑張りすぎるところなど、優しい先輩にいつの間にか憧れから恋愛感情へと気持ちが変わっていってしまった。
そりゃ男を好きになるなんてと葛藤はしたが、やっぱり先輩は見た目も中身もカッコよくて自分の気持ちを認めざるを得なかった。
それに俺が先輩を好きだとしても、女の子にモテモテな先輩が俺を好きになるはずがない。
経理の原さんや受付の笹村さんなどみんなが先輩の隣を手に入れる為に綺麗に着飾っている。そんな可愛い女の子達に俺が勝てる要素なんてない。
女の子達のように先輩のパートナーにはなることは出来ないが、いつまでも先輩後輩の関係として先輩の隣を歩けるよう、自分の想いは伝えず、ただただ先輩をこっそり見る毎日を過ごしていた。

だからこそ俺は誰よりも早く先輩に恋人が出来たことに気付いてしまった。
それもなんとなく女性ではなく男性なんだろうなということもわかってしまった。
気付いた時はそれはもうショックを受け、一日中泣き腫らした。
『もし俺が告白してたら実ってたのか……』
『そもそも先輩は男もイケたのかよ……』
だけどたまたまプライベートで見掛けた先輩とその恋人の男の姿に『こりゃ勝てないわ』と無意識に対抗意識を燃やしていた自分に笑えてしまった。

男はとても綺麗だった。
女に見える訳でもなく、誰がどう見ても男だとわかる風貌だったが、醸し出る雰囲気が他の誰とも違い、目を奪われた。
自分の良さを自覚し、それを惜しみなく生かしている。
見た目からもうその自信が溢れ出ており、芸能人並みの見た目である先輩の隣にいても男は見劣りすることはなく、むしろお似合いだった。
男同士だとかなんだとかこの二人には関係ないことなんだと勝手に納得し、いつか先輩に『実は男と付き合ってる』と言ってきてもいいように、その日から俺は笑顔の練習をした。

最初は引きつってばっかりの笑顔だったが、やっと先輩の幸せな姿に自然と笑顔ができるようになった頃、あの時の男が他の男と歩いてる姿を見てしまった。

『ふざけんなよ』と俺は頭に血が上った。
誰かにこんなにムカついたことはなかったと思う。

先輩から未だにカミングアウトされることはなかったが、日々先輩を見ている俺にはわかる。
先輩はあの男を本気で好いている。
それなのに本気で好いている先輩の気持ちを裏切るように男はよく浮気をしていた。
そして日に日に疲れた顔をし始める先輩に、男が浮気していることに先輩も気付いているんだとわかった。
それなのに相変わらず浮気を続ける男に腹が立ち、事前に調べておいた男の家に乗り込もうかと本気で思った。
だけどただの会社の後輩である俺がしゃしゃり出るのはおかしいだろと冷静になり、必死に怒りを抑えた。
そしてその日、俺は先輩を奪う覚悟を決めた。
俺が先輩を幸せにさせる。
今まで練習してきた笑顔をやめ、今度は料理の練習を始めた。







涙を拭いどこか吹っ切れた顔した先輩はカレーを頬張りながら「お前いい奴だな」と笑った。
先輩に美味しいと思ってもらえるよう頑張って作ったカレーは先輩の口にあったようで、嬉しくてたまらない。

「知らなかったんですか?でもいい奴なのは先輩にだけですから」
「なんだそれ。お前そんなこと言って、何が狙いだ!」
「ヒヒ、バレました?そろそろ金欠なんでお昼ごはんでも奢ってもらおうかなと」
仕方ねぇなーと文句言いながらも笑う先輩に心底ホッとした。

まさかあの先輩が突然涙を流すなんて思いもしなかった。
しかも前触れなくポロポロと出てきたそれは先輩が意図して出したものではないことにすぐに気付いた。
それほどまで先輩を苦しめてたことにまた怒りが湧いてくる。
だけどもうあの男に先輩をやる気はない。

「そういえば先輩ん家って会社から遠いですよね。今プロジェクトも佳境ですし、終わるまで俺ん家から通いませんか?お礼なら休日のどっちかに買い物付き合ってくれるだけでいいんで」
「確かに川原ん家って会社から近いんだな。お前がそれでいいなら甘えさせてもらうが」
「俺から誘ってるんですよ。いいに決まってるじゃないですか!」
まずは俺と常に一緒にいることを先輩の当たり前にしたい。
そして徐々に先輩に俺を意識させてやる。







補足

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