短編2 | ナノ


▼ もう疲れた

「んっ……いい……そこ、あぁっ!」
「大翔(ひろと)好き……好きだ」
「俺もっ!……んん、いい!っそこ好きぃ……」
パンパンと激しい音が聞こえる扉の向こうの様子を想像し、壁にもたれかかりそのまま床に座り込んだ。

あいつは俺をどうしたいんだ。
何をすれば、何を言えば正解なんだ。
ビッチ、娼婦、尻軽。
思考がまとまらない頭では野口(のぐち)を蔑む言葉しか浮かばない。
だけど俺は野口の性格を知った上で好きになり、告白した。
わかっていたはずのことなのに、付き合い始めて『好きだ』と擦り寄る野口の姿に、俺だけは特別なんだと錯覚していた。
だけど俺もやはりそこら辺にいる奴と同じ、『好きだ』と言われただけで調子に乗る奴の1人。ただの野口の暇つぶしの遊び相手。
きっと興味が無くなれば速攻切られるだけの存在なんだろう。

どのぐらいの間そうしていたかわからないが、開かれたドアの音がしたあと「うわっ!」と驚く声が聞こえ、顔を上げた。

「あんた誰だよ!?泥棒?それとも大翔のストーカー?」
「……残念。恋人」
「あっれー?秋本(あきもと)さん来てたんだぁ!」
驚いた表情を浮かべる野口を思わず睨みつけてしまった。
何が『来てたんだ』だ。ワザとらしい。
お前が久しぶりに会いたいと呼んだんだろうが、だから忙しい仕事を何とかして終わらせて来たというのにこの仕打ちか
訳がわからないと顔に書いてある男に「こいつは俺の恋人だからさ、もう帰って」と告げると状況を理解したのか、ニヤリと余裕のある笑みを浮かべた。

「彼氏さんが怒ってるみたいだからもう俺は帰るな。スッゲェよかったわ、またいつでも呼んでくれよ」
「今日はありがとー」
恋人の目の前だということも気にせず深いキスをし、情事に発展しそうな勢いにさすがに待ったを掛けた。
去り際、男は『俺、本気で大翔の事好きなんで、奪いますから』とワザワザ俺に宣言して帰って行った。

言ってろガキ。てめぇもどうせ俺と同じ運命になるんだ

「で?何か言うことは?」
「ねぇ俺、運動してたからお腹空いたー。秋本さん何か作ってよ」
男をご丁寧に2人で見送り、鍵を閉めたあと一応言い訳を聞こうとしたが、何のことだかと知らんぷりされた。

常々思うがこいつほど最低な男は居ない。
そしてこいつほど人を魅了して止まない男も居ないだろうな。
男だと思えないほど綺麗な顔に、ダダ漏れな色気。
初めて見た時はこれほどの美人がいるんだと驚き、惚れたらダメだと警報が鳴っていたのに、俺はまんまとこいつに落ちてしまった。
あの吸い付きのいい真っ白な肌は触り心地も最高だが、簡単に赤くなり、自分の痕を付ける快感は凄まじい。

結局野口と俺の分のご飯を作り食べ終わると、さっきまで他の男とヤッていたことを忘れたかのようにベッドに誘われた。
案の定さっきの男との情事の後がこれでもかというほど身体中に残っていたが、それを上書きするように丁寧に、けれど激しく抱いた。








「はぁ……」
「先輩、どうしたんですか?お疲れですか?」
「まぁちょっとな……」
野口の戯れにいちいち嫉妬するのももう疲れた。
本気だったのは俺だけで、あいつは最初から俺のことなんか好きじゃない。
だけどどんなに俺が怒ろうが束縛しようが、何故かあいつは『別れよう』とは言ってこない。
そもそもあいつの中では俺と付き合ってると思ってないのかもな……

「なら息抜きにゴハンでもどうですか?」
「いいぞ。じゃあいつもの居酒屋でいいよな」
「いや……俺の家はどうですか?こう見えて料理得意なんで振る舞いますよ」
川原(かわはら)が入社してからかれこれ3年の付き合いだが、初めて川原が料理が上手いなんて聞いた。
半信半疑だったが、今から腕まくりをして嬉しそうに『先輩何が好きですか?』と聞いてくる川原に久しぶりに笑った。

「カレー食いてぇな」






川原の家は思ったよりも綺麗だった。
整理整頓が行き届き、家具の色合いも俺好みで落ち着く。
「先輩はここでのんびりしててください」と川原に言われ、ソファーに座りテレビを見るが、目が勝手に川原へと向いてしまう。
スーツの上からエプロンを着け、真剣に料理をする姿は相手が男だとしてもいいものだな。
トントンとリズムよく聞こえる音も心地良い。
野口の浮気や、野口の我儘に振り回されていたことで心身ともに疲れがだいぶ溜まっていたのか、気が付けば眠ってしまった。


「……っぱい!……んが……したよ」
スパイシーないい匂いがする。
薄目を開けると、川原の和む顔があった。
どこにでも居そうな素朴な平凡顔。
だけどその顔が俺は結構好きだった。

「わりぃ。寝てたわ」
「疲れてたんですね……本当に大丈夫ですか?ゴハンできましたけど食べれますか?」
「ああ食う」
ソファーから起き上がりテーブルを見ると、カレーにサラダと既に食事が並んでいた。
その光景に何故か泣きたくなった。
ただのカレーなのにすごく美味そう……

「先輩の口に合うかわからないですけどどうぞ」
「……いただきます」
スプーンを手に取り、カレーを掬って一口。

「美味い、」
「先輩のために作ったのでそう言ってもらえてよかったです!」
俺のために作ってくれた料理……
その言葉を聞いた瞬間、せき止められていた決壊が崩れてしまった。
久しぶりの優しさと温かさ、悲しくもないのにボロボロと勝手に涙が出てきた。
止め方がわからず手で拭うが、全くおさまらない。

「本当に美味い……ありがとう、川原」
「先輩……無理しなくていいですからね。俺の前では自然なままでいてください。そんでいつでも待ってますんで、なんかあったら言ってください!先輩にはいつもお世話になってるんで、少しでもお返ししたいんです」
俺の涙に驚くこともなく、優しく告げる川原に『ああ俺はもうダメなんだ』と自覚した。

自分のために作られた温かい料理。
俺を気遣う言葉。
揺るぎない信頼。
確かな居場所。
安心できる相手。
心身ともにボロボロな俺にはどれも輝いて見えた。
そして決心した。もう野口とは別れよう。







補足

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