短編2 | ナノ


▼ 部下×上司

大学1年の夏、友達と待ち合わせしている時に加奈(かな)さんに声を掛けられた。
「君可愛いねぇ、お姉さんと遊ばない?」

別にカッコ良くもなく、可愛くもない俺をナンパしたのはただの暇つぶしなんだろうが、俺は一目で加奈さんに惚れてしまった。
そのまま友達との約束を放ったらかし、加奈さんと共に初めてのラブホへと足を踏み入れ、その日俺は童貞を卒業した。

俺は5歳上の加奈さんにベタ惚れで、一方的に加奈さんへとアプローチをした。
恋人というよりもただの都合のいいセフレ状態だったが、それでも加奈さんに構ってもらえるのが嬉しくて、呼ばれれば直ぐに加奈さんの元へと向かった。
そして出会いからちょうど1年経った頃、突然加奈さんに『子どもが出来た』と告げられた。
加奈さんにとっては堕ろすつもりでそう言ったのだろうが、俺がそれを全力で止めた。
「加奈さんは何もしなくていい。俺が全部どうにかするから」と説得し、根負けした加奈さんは渋々了承してくれた。
そしてできちゃった婚として、俺と加奈さんは籍を入れた。

俺は加奈さんに似た子が生まれるのかと日々嬉しくて、今は親にお金を借りて過ごしているが、早く社会人になって俺のお金で加奈さんと子ども養いたいと心からそう思った。

加奈さんと僕の子どもである陽菜(ひな)が生まれてから3ヶ月。
加奈さんは外に男を作り、家から出て行った。
家のテーブルの上には加奈さんの部分だけ記入されている離婚届が置いてあり、悲しさよりもとうとう来てしまったのかという思いでいっぱいになった。
加奈さんのような美人な女性が俺みたいな冴えない男に今まで付き合ってくれたことの方が奇跡で、いつかは捨てられるだろうと思っていたのが今日来てしまったのかとそう思っただけだった。
でも俺に陽奈を授けてから去ってくれるんだから、やっぱり加奈さんは優しい。
加奈さんの自由を無理矢理縛り付けてしまったことを申し訳なく思いながら、必要な項目を記入し、離婚届を市役所へと出しに行った。

大学を出て、生活が安定するまでは親に助けてもらっていたが、陽奈が5歳になる頃には実家から出て、陽奈と俺との2人暮らしが始まった。
慣れない料理や洗濯に苦戦したり、陽奈が突然熱を出して焦ったり、陽奈が怪我したと保育園から電話が来て会社を早退したり、陽奈が父の日にプレゼントをくれて号泣したり、陽奈は俺の全てで、陽奈が居てくれたからどんなことがあっても頑張ってこれたと言っても過言ではない。


そんな世界で一番可愛く大事な陽奈が、高校卒業と同時に一人暮らしをすると言った時は思わず泣いてしまいそうになった。
だけど陽奈が決めたことを自分のワガママで邪魔をしたくなくて、笑顔で賛成した。
別に一人暮らしするだけで一生の別れではないとわかってはいるが、それでももう家に帰っても陽奈が迎えてくれる日常がなくなるんだと悲しくなった。

陽奈が旅立つ日なんてずっと来ないでくれと思っていたが、早いものだ。
陽奈が「お父さん、ありがとう……大好きだよ」と言って出て行った日からもう1ヶ月も経ってしまった。
陽奈が居なくなっただけで一気に家は静かになり、毎日ひとりぼっちの寂しい夕食を過ごしている。
陽奈が家を出て行ってから家に帰るのが嫌になった。
どうせ家に帰っても電気は暗く、誰もいない。
そんな家へと帰るのが嫌で、会社に残る時間が日に日に増え始めていった。
一応大事な仕事なのでやっておいて損は無いが、早めに全て終わらせてしまうのもなと程々のところでやめる毎日。



「部長……無理しないでください」
自分を呼ぶ声が聞こえ顔をあげると、野々井(ののい)くんが缶コーヒーを持ち、目の前にいた。

「君も残っていたのか」
「はい。……これどうぞ」
缶コーヒーを渡され、ありがとうと受け取る。
真面目な野々井くんは見た目の良さから女性社員から人気だが、堅物な彼は一切それに振り向かない。
だけど人のことをちゃんと観察しているようで、今日のように人を気遣う姿を何度も見ているので、良い子だなぁと思わず感心する。

「そうだ野々井くん。このあと予定でもあるか?」
「……いえ別に」
不思議そうに答える野々井くんに、『それじゃあ我が家で一緒に食事でもしないか』と誘ってみた。
どうせもう仕事は残ってなく、このままひとりぼっちの家に帰るよりも、若い可愛い部下とゆっくり話でもして寂しい気持ちを紛らわせたい。
野々井くんは驚いた表情を見せながらも「是非」と了承してくれた。

部下を家に招待するなんて初めてかもしれない。
今までは陽奈が居たので家に仕事の奴を呼ぼうと思ったことはない。
もし家に部下を呼んで陽奈がその部下に惚れてしまったら、娘大好きな俺は泣いてしまうし、反対に部下が陽奈のことを好きになったら絶対に付き合うことを許せない。


家までの道中、野々井くんに好き嫌いは無いか聞き、家に着いてからは野々井くんをリビングのソファーに座らせ、俺は台所でオムライスを作り始めた。
料理を出して、「さぁ食べて」と促し、やっと野々井くんはオムライスに手をつけてくれた。

「美味しいです」
「ありがとう。オムライスは陽奈の大好物でね、これを作るとすごく喜んでくれたんだよ」
口数の少ない野々井くんだが、「娘さんのこと溺愛してたんですね」と聞いてくれるので、酒を飲みつつ陽奈とのいろんな話をした。

「陽奈は俺の宝物なんだ。別れた妻に似て美人だし、何と言ってもすごくいい子でどこに出しても恥ずかしく無い。本当は一人暮らしなんて反対だが、陽奈が決めたことだから、親である俺はそれを見守ってなきゃいけないんだ」
酒のせいもあってか、涙が止まらない。
別にもう一生会えないわけではないとわかってはいるものの、家に帰れば当たり前のように居てくれた存在がもう居ないということが、胸を苦しくさせるほど辛かった。

ずっと黙って聞いてくれていた野々井くんは、泣いて肩を震わせる俺の背中を撫で、「俺がいますよ」とそう言ってくれた。
どういう意図で言ってくれたのかはわからないが、その言葉に心からホッとした。俺のそばにいてくれる人がいる。
俺は1人じゃない。
その安心感から徐々に睡魔に襲われ、俺は眠ってしまった。







補足

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