短編2 | ナノ


▼ 無表情×特殊能力平凡

「朝ごはん出来ましたよー」
「…」
「洋介(ようすけ)さん?朝ごはん出来ましたよ。もう新聞読むのやめてください」
「…」
「洋介さーん!聞いてます?」
「…うるさい。何回も言わなくても聞こえている。区切りのいいところまで読んでいただけだ」
もぉ!と言いながら、まだテーブルに出ていなかったお茶を取りにキッチンへと戻る母さんを確認した後、いまだ新聞を広げたままの父さんに近付いた。

「父さんって本当に母さんのこと好きだね。毎朝毎朝母さんに構って欲しいからって聞こえないふりするなんて……」
さっきまでムスッとしていた父さんの顔は、僕の言葉を聞いてばつが悪そうな顔に変わり、「母さんには心読めることは絶対に言うなよ。……あとああでもしないと、あいつは俺に構ってくれないんだ。仕方ないだろう」と広げていただけで実際は全く読んでいなかった新聞を畳んだ。






口から発される言葉は誰でも聞こえるが、僕には口に出してない、心の声も聞くことができた。
最初は困ったこともたくさんあったが、母さんは心で思ったことがそのまま声に出てくるタイプで、本当の声なのか心の声なのか考えなくても喋れるから楽だった。
そして父さんは僕に人の心を読む力があることを知っていたから、さらに楽だった。

父さんの家系は代々長男に人の心を読む力が受け継がれているらしく、妻のお腹の中にいる子どもの性別が男だとわかった瞬間から、自分に人の心を読む力がなくなり、今度は自分の子どもに力が受け継がれることをわかっていた。
だから物心がついた頃から母さんに隠れて、2人で人の心を読まないようにする練習をしたり、本当の声なのか心の声なのか見極める練習をしてきた。
そのおかげもあって、僕は早い段階から力の制御が出来るようになった。

だけど今日は父さんの『怒った顔も可愛いな』という心の声の一部を聞いてしまった。
今回みたいにたまに力の制御が出来なくなることがある。
そういう時は決まって体調が悪くなる前兆で、悪くなる前に風邪薬を飲んでおいた。




症状が出る前に風邪薬を飲んだしこれで大丈夫だろうと思ったが、今日に限って電車が遅延しており、いつも乗っている電車は人でギュウギュウ詰めだった。
そのせいで一気に体調が悪くなり、しかも電車にいる客全員の遅延に対する不平不満の心の声まで聞こえてきて、学校に着いた頃には僕はグッタリとした。

机に顔を伏せてもクラスメイトの心の声が嫌でも聞こえる。
そして教室に入ってきた時には、宿題を写させてと言ってきた友達に「体調悪いからノート探すのもツラい」と言うと、笑顔で「大丈夫か?無理するなよ、お大事に」と言われたが、心の中では『つかえねぇな。宿題写させてもらうために友達やってんだから写させてくれないんじゃ意味ねぇよ』と言われたことでショックも大きい。

こんなことなら頑張らずに学校を休めばよかった。

椅子に座って、机に顔を伏せてるのに、頭はクラクラするし気持ち悪い。
『学校ダリィ……』
『今日は放課後どうすっかなぁ』という余計な雑音もひっきりなしに聞こえてくる。

もう無理をせず保健室に行こうと立ち上がり、教室の扉に向かうと誰かにぶつかった。
『おはよう、和人(かずと)』
「おはよう……」
自分の名前を言われたので反射的に挨拶をしたが、顔を上げて相手を確認する間も無く目の前がブラックアウトした。






『まだあまり顔色がよくないな』
『だけどこんなにジックリ和人を見れるとは……、和人には悪いがすごく嬉しい』
『ああ可愛い……』
『触りたい……』
誰かの声が聞こえる。
落ち着いた低い声なのに、呟かれる言葉はどれも甘く、しかも僕に言っているようだ。
誰がそんな事を言っているのか、相手を確認したい。
けれどそんな思いとは反対に、徐々に意識が遠退いていった。



何処かの部活が声出しをしているのか、その声で目が覚めた。
辺りを見渡してみると、白いベッドに白いカーテンと僕はいつの間にか保健室にいた。
どうやってここまで来たのか記憶がないが、朝よりはだいぶ調子は良くなり、心の声も聞こえなくなった。

今の時間を知るために仕切りの役割をしていたカーテンを開けると、同じクラスの高坂(こうさか)くんがいた。

「高坂くん?なんでこんなところにいんの?」
声をかけるとこちらを向いたが、その顔は無表情で何を考えてるのか全く読めない。
だけど黙っていてもこうもカッコいいとは羨ましい。

「保健委員だから、担任に西島(にしじま)の様子を見てろと頼まれた」
簡潔な物言いはわかりやすいが、もう少し言い方はなかったのかと内心笑ってしまった。

「そっか。迷惑かけたみたいで悪い、ありがとうな」
「随分寝てたが、もう大丈夫なのか?」
保健室にある時計を見るともう下校時間で、朝から丸々寝ていたことに自分でも驚いた。
流石にこれだけ寝てれば良くなるはずだ。

「もうピンピンしてるよ」
安心してもらえるようにニッコリ笑ってみたが、高坂くんの表情は全く変わらなかった。
同じクラスだけどあまり話したこともないし、無言もキツイので、帰ろうかなと「もう帰るな。ありがとう」と言った。

『まだ話したい』

後ろから聞こえた声に慌てて振り向くと、高坂くんだけがいた。
喋った様子もないので、高坂くんの心の声が聞こえてしまったらしい。
まだ本調子ではないのかと思った瞬間、高坂くんの声が次から次へと聞こえてきた。

『可愛い』
『好き』
『愛してる』
『もっと一緒にいたい』
『和人の声を聞いていたい』
内容に驚いて高坂くんの顔を見たが、その顔は無表情のままだった。







補足

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