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今夜は君を離さない

バタンと玄関のドアが閉まった。
僕はただじっと扉を見つめたまま動けなかった。

送るべきだった。でも、できなかった。
彼女の反応にショックを隠せなかったから。
名前も気まずい顔をしていて…以前みたいにからかってやればよかった。がっついてない風を装って。
でも、そんなこと僕はもうできなくて。
そして、彼女は帰ってしまった。

思わず自身の胸をぐっと押さえた。
胸になにかつっかえている様な不安な思いが心を支配して息苦しいよ。

喧嘩をしたってわけじゃない。
でも、僕らの心は擦れ違っている。
初めて手をつないだ時、初めてキスした時
あの頃の方が二人とも幸せだった。
僕はずっと好きで好きでたまらなく好きで、どんどん気持ちが溢れていくのに君は遠ざかっていくばかり。
きっとこの距離は僕が生み出しているのだろうけど。
名前が何も言わないのをいいことにあの暴走をなかったことにするからだ。

さっきこの扉を開けた時、恥じらい微笑む君がいたのが今じゃ信じられない。
つい手を伸ばせば届くところに彼女の温もりが存在し高揚した。
今、抱えるこの焦燥感とはえらい違いだ。幻だったのではないかと思えて仕方がない。

“ヤマトさんが遠い”
名前の震えた声が耳から離れない。
僕も君が遠いよ。君がわからない。
このままどんどん僕らの溝は深まってしまうのだろうか。
この先もずっと、君と幸せに過ごしたいのに。

どうするのが正解だったのだろう。
大切な人だから、精一杯大事にしようと思ったんだ。
名前が笑うと愛しくて切なくて胸が締め付けられる。
彼女がいてくれて、僕の世界がどれだけ色づいたか。

君に恋をした。そして、振り向いてくれて、手を繋いで、キスをした
心がどんどん満たされていったんだ。
出会ってから、気づいた。僕は今まで寂しかったってことに。
だって、こんな幸せな気持ち知らなかったから。そう、こんなに暖かい帰る場所がある喜びを知らなかった。
もう君なしなんて考えられない。

だから、名前の気持ちに寄り添える男になりたかった。
でも、必死にもがいたところで僕の器の大きさが広がることなんてなかったんだ。
今のこの現状がそう物語っている。

理想を追いかけるのはもう限界。
こんなに擦れ違ってしまうのならば、最初から背伸びなんてすべきじゃなかったんだ。
そう、等身大の僕を知ってもらうべきだった。

好きだから大切で
好きだからこそ君のすべてが欲しいんだって。

なら僕は今からどうすべき?
固まっていた身体は自然と動いた。
そして、サンダルを慌てて履き、勢いよく扉を開けた。

君を追いかけて伝えなくちゃいけない。
ありのままの僕を受け入れてって。

―――

誰もいない冬の夜道には枯葉が躍る音だけが聞こえる。
今、私は世界で一人ぼっちなのかと錯覚してしまいそうだ。
流れる涙を拭う気にもなれやしない。
でも、その孤独な空間は破られた。
聞き間違うはずない大好きな人の声で。

「名前待って!」

驚き振り返るとやっぱり彼。
上着も着ずに部屋着にサンダル、そんな寒い装いのまま。
慌てて涙で濡れた頬を手でぬぐった。
夜中に押しかけといて泣いている自分が恥ずかしい。彼の顔がまっすぐ見れないよ。

息を切らしたヤマトさんは私から少し離れたところで立ち止まった。
手が届かないこの距離。
それは追いかけても追いつけない彼との心の遠さみたい。
来てくれたことが凄く嬉しいのに、何も言えなかった、一歩も動けなかった。
だって、これ以上どう頑張ればこの壁を壊せるのかがわからなかったから。
ない頭を精一杯使って言葉を紡ごうとするけど、結局のところ今の二人を救ってくれる言葉は思いつかないのだもの。
少しでも何か言えばヤマトさんはもっと離れてしまいそうで…怖い。

ヤマトさんも何も言わなかった。
ただ、私の泣き顔を気まずそうに見てくるだけ。
涙を流すめんどくさい女にかける言葉ってきっと難しいよね。彼もなんて言ったらいいのかわからなくて当然だ。
沈黙が重いよ。

彼の視線から逃れたくて地面に視線を落とした。
ヤマトさんはこんな駄目な私をどう思ってる?
そして、この居心地の悪い空気に先に言葉を落としたのは彼だった。

「僕らこのところ、ずっとおかしいよね。」
「…うん。」
「あの夜からだ。」
「……うん。」

ずっとしっくりこない私たちのこの距離を彼ははっきりと口に出した。
お互い触れなかった議題。どうしてこうなったのだろう。

「あの夜のことを君が何も言わないのをいいことに僕も何も言わなかった。でも、それがいけなかったんだ。……ごめん。」

彼の発言はまったく私の予想しないものだった。
驚いて顔を向けるとそこには、まるで子供が自分のした悪さを自白してきたかのようなそんなバツの悪い顔をした彼がいた。

「……ヤマトさんは何を気にされているんですか?」

どうして貴方が謝るの?私は嬉しかった。ヤマトさんが求めてくれたことが。

「あんなことしておいて信じてもらえないかもしれないけど、僕は君が大切なんだ。この気持ちに嘘はないよ。」
「いつも私を大切にしてくれてます。」

そう、今だってわざわざ追いかけてくれたじゃない。貴方はいつだって優しい。
すると、彼は頭を振った。

「よしておくれ。結局、あの夜、君を襲った。」

そして、極まりが悪そうに私から目線をはずし続けた。

「僕はずっと何歩も先を歩いていつだって君を先導したかった。でも、そんなに僕はできた男じゃなかった。だから、僕らは最近おかしいんだよ。」

「そんなことないです。いつも足を引っ張るのは私の方で……。」

いつも足手まといなのは私で……貴方はずっと先を歩いている。
そして、もう少しでも私に勇気があったら、今頃きっとあの夜の続きをしているはずだった。
でも、私のせいでそうは至らなくて……駄目だ、思い出したらまた涙が出そう。

「いや、君は悪くない。僕が自分を偽っているから…。」
「偽る?」

「つまり………、僕は本当は……」

私の言葉を受け、ヤマトさんは俯いて頭を掻き少しの間黙った。
そして、意を決したように顔を上げた。
まっすぐに私を見つめてきた彼に私は思わず目を見張った。
だって、ヤマトさんは苦し気に眉を寄せ、瞳を不安そうに揺らしていたから。
今にも泣きだすんじゃないかと思うような……情けない顔だった。
そんな彼の唇は戸惑いがちに動いた。

「君が欲しいんだ……すごく……。」

耳を澄ましていなければ、枯葉の囁きに紛れて気づけないような小さな声。

動けなかった。
凄くびっくりしたから。
いつもヤマトさんは私よりずっと大人だった。慌てる私をからかって、優しく笑っていて。
でも、今、目の前にいる人は…
眉を下げ、私の心を伺っている。嫌われるのではないかと。
不安でたまらないんだって瞳が揺れてる…臆病な心が伝わってくる。
こんな彼を知らない。
いつも穏やかにずっと先を歩いている人だって思っていたけど……今の貴方を見てそんなこと思えない。

私に向き合うこの人はただの男の子だ。
好きで好きで、もっと近づきたくて、
でも、言葉に出す勇気がなくて相手にどう思われるか脅えて
私たち同じところに立ってたんだ。

なんだ。一緒だったんだね。
ずっと遠いところに貴方はいると思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。
馬鹿だなあ、私たち。お互いがお互いを求めてるのに、上手くできなくて。
同じところをぐるぐるして……

不思議だ。
さっきまで孤独で心細くて胸にポッカリ穴が開いていたのに
まだ情けなく眉を下げる彼を見ていたら……
心が温かくなっていく。
凍えそうだった身体に愛おしさが隅々まで広がる。

もしかすると他の人が今の貴方を見たらかっこ悪いと言うかもしれない。
でも、私は今、情けなくて自信がなくてそれでも精一杯、思ってくれる貴方が愛しくて堪らない。
すると、彼はぶっきらぼうに私に聞いてきた。

「………引いた?」
「え、いやまさか………馬鹿だなぁと思って。」

途端に肩を落とす彼。

「ヤマトさんがってことではなくて…、ええっと、…あの…」

ああ、私はいつも言葉が足りない。
彼と付き合いだして自分がいかに口下手なのかと思い知る。
今、ヤマトさんがまっすぐに思いを伝えてくれたように私も伝えたいのに。
駄目だな、いつも恥ずかしさが先に出て上手く言葉にできない。
素直になる薬、そんなのがあったらいいのに。

まだ項垂れる貴方に思わず笑みが零れた。
ヤマトさんが頑張ってくれたように私も……
そして、私は足を進めた。
さっきまで頑なに動かないとを思っていた身体が自由になったのは彼が心を温めてくれたから。
いつだって勇気をくれるのは貴方だ。
そして、彼の身体をそっと抱きしめた。

「名前、僕の話聞いてた?」
「もちろん。」
「そんなことされたら、また君を襲っちゃうよ。」

あ、凄く困っている。
ふふ、とまた笑いが漏れてしまう。
このところ私が距離を詰めるたびにこの人は困っていたのね。

「うっかり襲って下さいよ。」
「…本気にするよ。泣いても嫌がってもやめないよ。」

「やめないで。」
「よく言うよ、あの日を境に名前は僕を怖いんだろう?その…さ、…君が欲しくてたまらないけれど、大切にしたいのも本当なんだ。だから、少しずつ前向きに検討して欲しい。でも、僕はもう余裕なんてなくて君を心待ちにしている、ただそれを知っていてもらいたくて…。」

この人はどこまで優しいのよ。

「…ヤマトさんが怖いわけじゃないの。」
「無理しなくていい。君が欲しくてもう限界だけど、本当に泣かせたくもないんだ。」

まだ思いが貴方にちゃんと届かない。
今、頑張らないと私たちはきっとずっと擦れ違ってしまう。
緊張から自分の鼓動が早くなっているのがわかる。
恥ずかしくてたまらないけど…ちゃんと正直にありのままをさらけ出さなくてはいけない。
私はぎゅっと抱きしめる力を強めた。

「無理してでも…ヤマトさんを欲しいって思うのはおかしいことですか?」

そして、彼の胸に頬を寄せて続けた。

「あの夜、私を求めた貴方のことを思い出すと……胸が熱くなる。初めてで怖いし緊張してるけど、それでも…先に進みたいんです。」

頑張った。とても恥ずかしいけど頑張って言った。
ちゃんと私の気持ちを伝えた。

「……………。」

だけど、なんで何にも言ってくれないのだろう?
恐る恐る彼を見上げたら……
口をポカンと開けて
信じられないとでもいった顔をしている…

「……あの…本当ですよ。」

すると、これでもかとばかりにまた情けない顔しちゃって
笑っちゃ駄目だなってわかっているんだけどな、口元がむずむずしちゃう。
だって、愛おしすぎて胸が締め付けられるんだもの。
貴方が好きで好きでたまらない。

「本当?」
「はい。」

「本当に?」
「はい。」

「ならもう一回言ってくれないかい。」
「嫌ですよ。2回もこんなこと言えません。」

「お願いだよ。だって、僕は……僕はずっと君からその言葉が欲しかったんだ。」

彼の瞳がまた揺れている。
自分に自信が無くて、柔弱な顔して……そんな顔されたら…
ヤマトさんは凄い。私の心をあっという間に丸裸にしてしまう。
気づけば口走っていた。恥ずかしくてたまらないことを

「……ヤマトさんのものにしてほしい。今夜、私を離さないで。」

こんなこと、とてもじゃないけど言えないって思っていた。
やっぱり貴方は魔法使いよ。
素直な私を引っ張り出したんだもの。

―――

帰り道、手を繋いで帰った。
名前の手からはまた緊張が伝わってきたけれど…僕はもう君を家へ返す気はない。

部屋まで戻る道で、頭の中はお祭り騒ぎの大混乱だ。
つまり、今、隣にいる彼女のここ最近のおかしな行動はすべて僕を誘っていたということで、
僕はそれに気づかずにスルーしまくっていて、
彼女が僕を欲しいって
彼女が、だ。
今夜は離さないで?
これ願望がそのままカタチになっているんだけれど、どういうことなのだろう。
動揺しないほうがおかしいよね……

月の灯に照らされた君の横顔を盗み見た
僕より柔らかな髪
潤んだ瞳
桃色に染まった頬
赤い唇
いつもこの美しさに焦がれるだけだった。
それが今夜…その全部が僕のものになるんだ。
やっと、手に入れる。
君の心も身体も。

気付けば心臓の音が煩い
緊張し過ぎだろ
経験がないってわけではあるまいし……
いや、でも、こんなに誰かに心を奪われるのは初めてなんだ。
そういう相手と行為に至るのは初めてなわけで、やっぱり初めてみたいなもの?

僕が握るこの小さな手が強張っているのは、嫌ってわけではなくて、緊張しているからで。
今、二人は同じ思いを抱いているわけで…
でも僕からするとあの夜の名前はたしかに拒絶していたよね。
彼女はいったいどこから気持ちの準備ができていた?
どこから僕は気づかずに馬鹿をやっていた?

「名前本当なんだよね?」

「ヤマトさん、しつこいです。」

あしらわれたけど、君の耳は赤く染まっていて……この色は意味は……
ずっと自分の中だけで終わっていた欲望が実現される。


玄関の前まで着いた。
この扉を開けたら、今までとは違う僕らになる
このもどかしい関係が終わる

部屋に入ると、彼女の手が更に強張ったのがわかる。

緊張している。
でも、それでも僕のことを求めているって、さっきその唇は紡いだ。
信じられないけれど事実。
今、僕らの思いは同じ場所に立っている。いいんだよね。

お互いの視線が交じり合う。
君は僕の唇を待っている。そして、僕も…
唇を寄せていくと、彼女はぎゅっと目を閉じた。

もう、あわさる
僕らはこのまま……
あ……でも、だめだ、なんで今……、駄目だよ

「へっくしゅん!」
「「………………。」」
「ご、ごめん。」

もう今日は自分がかっこ悪すぎて嫌になる。

「い、いえ!そんな!ヤマトさん上着も羽織らずに追いかけてきてくれたんですもん。そうだ!ココア温めなおしましょう。飲み逃しちゃったと思ってたんですよ!」
「……いや、いいよ。」

僕はココアとかどうでもいい。

「そんな冷え切った身体のままじゃ風邪ひいちゃいますよ。私、温めなおしてきますね。」

早々と靴を脱ぎ、キッチンに足を向ける彼女の腕を僕は慌てて掴んだ。

「待って。」

不思議そうに振り返る君。まったく。僕の部屋に何しにきたの?と問いたくなるよ。

「僕としてはココアじゃなくて……君の身体で温めて欲しいんだけど。」

途端に名前の頬には朱が刺した。

「駄目かい?」

NOなんて言わせないよ。

「……望むところです。」

僕は笑みがこぼれてしまった。
だって、言葉とは裏腹に緊張しきったその面持ちが可愛くてしかたなくて。

「後悔なんてさせない。」
「……しませんよ。」

「優しくする。」
「……お願い。」

そして僕は強張る彼女の身体を抱きしめた。

僕らはいつだって回り道ばかりだ。
そのせいで、悩んで傷つけあうこともある。
でも、そのすべてがこの夜に繋がるためのものだったのならそれでいい。
だって今、僕も君も同じ熱を求めている。
こんなに幸せなことってないだろう。

髪を優しく撫でると名前は僕を見上げた。
さあ、今度こそこの先に繋がるキスをしよう。

今夜は君を離さない。

おしまい