×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
不器用な好き

「ちょっと、なんとなく……、ヤマトさんに会いたくなっちゃって、なんちゃって………ご迷惑かなとも思ったんですけど…えっと…明日会えるなぁとはわかっているんですけど、えー、その、あのですね…。」

扉を開けると頬を赤らめて恥ずかし気に視線を泳がす名前。
そして、驚きでまばたきすら忘れる僕。
これは!!期待してもいいってことだよね!?
そういうことでオッケーと解釈していいんだよね?ね?ね?

「急に来てご迷惑でしたよね。お疲れですよね。……やっぱり帰ります。」
「ちょっと待って!!せっかく来てくれたんだしお茶でも飲んでいきなよ。」

こんなチャンス絶対に逃しちゃいけない。
わざわざ会いたいからってだけで急に訪ねてきてくれるなんて初めてだ。
しかも夜。
彼女からの明確な意思表示だと受け取っていいよね?
これはやはりGOサインだろう。

「本当にすみません。明日会えるのになんでって思いますよね。は、ははははははは。」

真っ赤な顔を手で仰ぐ名前はちょっと壊れている。

「凄く嬉しい。来てくれてありがとう。さっ上がって。」

僕の言葉を受けて、名前の緊張した面持ちは少しだけ和らいだ。

「…お邪魔します。」

ーー

名前からのリクエストのホットココアを入れながら考えた。
これはまた期待させられてがっかりのパターンもありえるのだろうか。
この前だって何故か隣に座ってきたけれど、僕としては悩んだ末に彼女の気まぐれだと解釈した。
もしかすると今日も?
いや、さすがにそれはないだろう。
だって時刻は夜の9時。
この時間にまだ一線を越えぬ恋人の部屋を訪ねてきたのを、文字通り“会いたいだけ”の気まぐれと解釈する方がおかしいはず。

彼女を見ると本棚を眺めている。
が、心なしかそわそわしてないかい。
もしかして、やっぱりこの前も誘っていた?
ここ最近の彼女にしては積極的な行動は全部僕へのサインだった?
だとしたら…僕は罪深いことをした。
そして、こんな嬉しいことはない。
もうずっと前から君と過ごす夜を夢見ていたんだ。

今夜は家へ帰さない。


「名前は座ってていいよ。」

これ、いつもは私のセリフだ。逆のパターン。
なんだか手持ち無沙汰で、とりあえず本棚を眺めている風を装った。
初めてお家にお邪魔した時に、もしかしてヤマトさんが作ったの?って聞いたら、そうだよ。買いに行くより自分で出した方が楽だからね。って言っていた本棚だ。

なんとか彼の部屋に上がることに成功。
本当は自分のできうる限り可愛らしく「会いたくて来ちゃった。」て、言うつもりだった。
実は……家で練習もした。思い返すとすごく滑稽。
でも、その甲斐なく本番では緊張と恥ずかしさから口どもっちゃうし。言い訳も交えつつ訪問理由を述べていて大失敗。
ヤマトさん驚きすぎて固まってたし、もう帰ろうかと思ったけど……よかった。

私のためにホットココアを淹れてくれている彼をチラリと見た。
どういう気持ちで私を部屋に上げたのかな。

“僕も……君と夜を過ごしたい。”
カナメちゃんの予想だとこれ。彼も同じ思いであればどんなに嬉しいことだろうか。

“せっかく訪ねてくれたのに、追い返しちゃかわいそうだ。”
このパターンも私はありえると思うけどな。

でも見る限りヤマトさんは最初こそ突然の訪問に驚きを隠せてなかったけど、すぐに嬉しそうにしてくれた……
そう、私が期待していた顔だった。
彼は目元を優しくほころばせたのだ。
カナメちゃんの言う通り、タイミングを図り損ねていただけだった?
いつも優しい彼は私の気持ちがしっかり整うのを待ってくれていて、私からのはっきりしたサインを待っていたってこと?
もし本当にヤマトさんも同じ思いを持っていたのなら、さっさと「抱いて欲しい」て言えばよかったのだろうか。
いや、無理だ。
訪問理由を口ごもるレベルの人間がそんな大胆な発言できるわけない。
でも、今日の私らしくない行動の意味は流石に彼に伝わっているよね。

てことは、今からヤマトさんと本当に……あんなことやら、……こんなことやら!
やだ、いやらしいことが頭に広がって顔が熱くなってきた。
でも、経験ないから曖昧な想像ですけどね!!

彼をまたチラリと見るとマグカップに温めたミルクを注いでいる。
そして、マドラーでかき混ぜた。

私、重症かも……
こんなごく普通のヤマトさんの行動を見るだけで、思わず生唾飲んでるし。
だって…今からあの夜の続きをすることになるのかも。
いや、そのつもりで来たんだけど。
なんかこう目の前の現実として迫り来つつあると思うと…緊張と、あと…怖さが入り混じった気分がこみ上げて堪らない。

身体を繋げて、彼のものにしてほしい。
彼の身も心も私のものにしたい。
このところ感じる目には見えない距離を埋めて欲しい。
そういう気持ちはもちろん大きいのだけど……
本当に行為に至るのかと思うと身体が強張る。
だって、だって!初めてなんだもの!わかんないんだもん!!

「気になる本でもあった?」

彼はテーブルにマグを二つ置き、本棚の前で棒立ちしている私のもとへとやってきた。

「……いえ、私の本棚とは全然違うラインナップだなーと思って。」

嘘です。
全然、本を見てなかったです。
今、頭の中をいのちゃんに覗かれたら、ニヤリと口角を上げて言われることだろう。
”名前さんってば、いやらしいことばっかり考えてますね。”
あわてて、忍術と建築の本がぎっしり詰まった棚に意識を集中させた。
すると、一冊の本に目が留まった。

「あっ、この本、懐かしいです。」

“家の部分修理徹底解析”
私は本棚から抜き取り優しく表紙を撫でた。
これがきっかけでうちの家の窓枠を修理してくれたんだ。
あの頃はまだ、彼と付き合うことになるとは思いもしなかった。

「名前が騒いで店主に咳払いされたのは面白かったよ。」
「……恥ずかしいこと掘り起こすのはやめてもらえますか?」
「そのあと忍術を見て魔法使いみたいだって騒いだのもよく覚えてる。」
「そんなのも忘れてもらっていいです。」
「いや、忘れたくないな。あの日の君はとびきり可愛かったからね。」

悪戯めいた顔でさらりと甘いことを言う彼が憎らしい。
今、私の心を高鳴らせるのはやめて欲しい。
今夜このまま本当に抱かれるのだろうか。
彼にキスをされたわけでも、触れられたわけでもない。
でも、今からこの先に進むのかも…
そう思っただけで、私の心臓は早鐘を打つ。
彼の部屋に二人きり。夜だ。
明日デートする予定。
親が煩いからもう帰らなくちゃ、とか
ペットに餌をあげに帰らないと駄目なの、とか、そんなのは別にない。
なら貴重な休日が重なったのであれば前日の夜から会うのは恋人同士ならごく普通のことなのだ。

そう、ごく普通。
今までがむしろ変だっただけ
ふつうのこと

……の、はずなのに…緊張から頭がふらふらする。
なんでこんな何ともないやり取りをしているだけなのに……頭が噴火しそうなの?変態だ。

「名前?」
「はっ、はいっ!!」

思わず飛び跳ねそうになった。
こんな私に、きっとヤマトさんは不思議そうな顔をしている。
と、思って彼の顔を見上げたら……目に熱がこもっていた。

「名前…」

そしてもう一度甘く私の名を彼の唇は呟いた。

「…………はい。」

私、動揺してる。
だって思わず彼から目線を反らし、手にしていた本で顔を隠して返事をしていた。
あの夜みたいな瞳。雄の顔。
ああ、カナメちゃん本当だ。ヤマトさんの顔に書いてある。
私のことを欲しいって
やっと彼のこの顔を見ることができた。
でも、今、家に来たとこだよ。
せっかく淹れてくれたココアが冷めちゃうよ。

「本が邪魔だ。君の顔が見えない。」
「…………だって、…恥ずかしくて。」

駄目だ。
心臓、本当にもうちょっと静かにして。

「これじゃキスできないよ。」

彼からそんな単語聞くのは久しぶり。
したい。このところ、したくてたまらなかった。
そして、その先にある行為を……
凄く凄く怖いけど。

あの夜みたいに彼の手や唇が私の身体を這っていって、大事なとこ触られちゃう。
私の全部を見られてしまうんだ。
女の子同士でも恥ずかしいのに、ヤマトさんに何も纏っていない姿を見られる。
想像しただけで羞恥から頭に血が上る。

それに初めては凄く痛いんでしょ?
先に進みたい。それは、本当に本当なの。
ヤマトさんを私の全部で受け止めて、彼に感じて欲しいし、私を欲しいって顔に書いてある貴方をもっと見たい。
ずっと抱えているヤマトさんが足りないって気持ちを埋めて欲しい。
でも、怖いのも事実で。

恐る恐る本からそっと顔を上げると、待っていましたとばかりにヤマトさんは私に顔を近づけてきた。
飛び出そうな心臓をなんとか呑み込む。

もう彼の唇はすぐそこまで来てる。
ずっとその先を望んでいた。
この気持ちに1ミリたりとも嘘はない。

でも…、今……、緊張のあまり身体が硬直してしまう。
だって初めてでわかんない世界が怖い!!!

そして、私たちの唇が重ねられることはなかった。

緊張がピークに達した時、彼は離れていったのだ。
気まずそうにスッと私から目を反らした彼を見て気付いた。
自身の頬に一筋の涙が流れていることに。

「……家まで送るよ。」

静まり返った部屋にボソリと声が落とされた。
私を見ようとはしない彼。

「………ごめんなさい。」

彼に届いたのか疑問に思うほどの小さな声しか出なかった。
さっきまで、私を求めていた貴方はもうどこにもいなかった
ごめんなさい。なんで私はいつだって上手く進められないのだろう…。
近づけると思ったのにヤマトさんはもっと遠ざかってしまった。

ーーー

これはいい雰囲気なんだと思っていた。
彼女からの明確なGOサインに浮かれていた。
ここのところ、ずっと我慢していた。名前に触れることを。
少しでも触れたら、また僕は暴走してしまいそうで。また、あんなことして彼女を怖がらせたくない。
でも、いいんだよね。
君の行動は実は僕へのサインだった。気づけなかった僕が馬鹿だった。そういうことだよね。

早く触れたい。
抱きしめたい。
お互いの身体が溶けるような熱に翻弄されたい。

そして、唇をよせると…
名前の目からは涙がこぼれた。
頭を鈍器で殴られたような気分だった。

あ、これ前にも見たことがある。
僕を拒絶する君。
あの夜、玄関でペタリと座り込んだあの君だ。
と、同時にいいようのない怒りがこみ上げた。
どうして君はさ、僕をそうやって弄ぶんだよ。
名前の一挙一動にどれだけ舞い上がって、そして地に落ちていくか君は知らない。
僕が天国から地獄に落ちる思いをしていることを。

その先を望んでいたのはやっぱり僕だけ。
酷く彼女を傷つけたくなった。
君の気持ちを無視してこのまま抱いてしまおうかって。
でも無理やり関係を進めたところで、後で酷く後悔して嫌われないかビクビク脅えて…
結果、絶望的な思いをするのは目に見えている。

「……家まで送るよ。」

結局、嫌われたら生きて行けそうにないから、またなんとか余裕のある男ぶろうとした。
でも上手くできやしない。だって余裕なんて欠片も残っていないから。

もう君を待つのはうんざりなんだ。
抱きたい、抱きたい、抱きたい
好きなんだ。君のすべてを手に入れたいし、僕のすべてを知って欲しい。感じて欲しい。
その、気持ちは無視して。


名前は玄関で靴を履くと僕の顔を見ずに言った。

「……一人で帰ります。」
「夜だし危ない。送るよ。」
「まだ9時ですよ。私が勝手に押しかけただけですし。大丈夫です。」
「いや、でも…。」
「すみません。……一人で帰りたいので結構です。」

口調こそ柔らかかったけど、明確な拒否。

「……そう。わかった。」
「じゃ、おやすみなさい。」

そう言う君はぎこちなく無理して笑った。
そして、僕に背を向けて小さく呟いた。

「ヤマトさんが遠いな。」

今にも泣きだしそうな震えた声で
そして、バタンとドアは閉まってしまった。


彼の家を出た途端、私の涙腺は崩壊した。
とめどなく涙が流れる。思わず手で口を覆っていた。嗚咽が漏れたから。
こんな私でごめんなさい。
もう少しでも私が大人だったら、今日この夜を幸せなものにできたかもしれないのに。
これじゃ、カナメちゃんに怒られちゃう。
意を決して部屋を訪れたのに、居座るどころかあっさり出てきちゃったよ。

やっと先に進める、この距離を縮められるって思ったのに…
私のせいで甘い空気は一瞬にして凍り付いてしまった。
そして唇が遠ざかった後の彼の困惑した表情。
いつも手を繋ぐのも、キスもいっぱいいっぱいで、なかなか上手くできなくて
こんな私じゃそんな気分になれないよね。
やっとヤマトさんが欲情してくれたと思ったのにな…
どうして私はこんなに駄目なんだろう

息が白い。冷たい夜風が肌を刺す。
世の中の恋人達はこんな寒い夜、きっとお互いの熱で身体を温めあうのだろう。
さっき私はそのチャンスを自分で潰してしまった。
自嘲気味な笑いが漏れた。

雲一つない冬の夜空に浮かぶ三日月が酷く寂し気に思える。
それはきっと私が今、堪らなく心細いからだ。
だってヤマトさんと見る月はいつもただただ綺麗で美しく輝く。
眺めているだけで、心が満たされる。
そして、月の明かりに照らされた彼の横顔を盗み見するのが幸せだった。

この先の私たちはどこに向かって行くのだろう。
私はただヤマトさんが好き。それだけの人間なのに。
一緒にいても、彼が遠い。
お子様な私は一向に追いつけそうにない。

つづく