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今更、石橋を叩く男

最近、凄く困っている。
そう、本当に。

まず一つ目、名前のことがわからない。
元から君はちょっと変わった子だとは思っていたけれど、最近ますます理解不能。
二つ目はこのところ名前が可愛すぎるんだ。

その結果、僕は日々、自分自身との戦い。


今日は任務終わりに名前と食事の予定だった。
僕も任務だったし彼女も仕事があるし、用意大変だろう?外で済ませようって提案したんだ。
というか、密室に二人切りは避けたい。
僕はあの日を境に自分の理性にまったく自信がなくなった。

「せっかくヤマトさんと食事できるなら、ゆっくりできるとこがいいな。家にしませんか?」
「ホラ、名前もお疲れだろうし作るの大変じゃないかい。外食にしよう。」

すると彼女は少しソワソワしだした。
そして、意を決したように僕をまっすぐ見てきたのだ。

「実はもう昨晩のうちにご飯の下準備してあるんです。ヤマトさんさえよかったら……家でどうですか?」

この誘惑はいったいなんだ?
僕としても彼女の手料理を食べて(僕のために作ってくれるんだよ!)、ゆっくりと時間を過ごしたいに決まっている。
でも問題はまた密室になっちゃうってことだ。
そこだよ、そこ。

最近名前はやたらと家でご飯を食べるように促してくる。
そのたびに、なんとか外食の方向にもっていこうとするのだがやたらと丸め込んできて家で食事のことが多い。
その結果、朝までゆっくりしたくなってしょうがないんだよ。
つまり、またうっかり襲ってしまいそうってこと。

どうやってこの目の前の誘惑を回避するか考えていたら彼女はさらに追い打ちをかけてきた。

「嫌ですか?」
「………そういうわけじゃないけどさ。」
「喜ぶかなと思ってヤマトさんの好きなものばっかり用意しちゃった。だめ?」

上目遣いで僕におねだりしてくる名前。
いや、駄目だよ。
また理性が飛びかねないよ。

「……じゃあ、ご馳走になろうかな。」

て、あれ?
何うっかり応えてるんだ自分!!!
だって、あんまりにも可愛かったからつい……
気付いたら口から言葉が出ていた。

ああ、自分で自分の首を締めてしまった。
僕の理性が今日も試されるのか……

そこからも僕は大変だった。
あんなことがあったのに、家に招き入れようとする彼女の神経が僕はもう意味がわからない。

帰って来た日こそ、僕に情けをかけてくれてるだけだと思った。
でも、そうじゃない。
名前は変わらず僕に好意を寄せてくれてるのはさすがにわかってきた。

こう毎回毎回、家に誘われて僕のためにってえらく凝った手料理を振る舞うのは同情だけでできるものではないだろう。
それに頬を染めて幸せそうに僕を見てくれる。

てことは、やっぱりあの夜の暴走は許されているのだろうか?
またこの考えに陥る。
そして、ついつい横を歩く君の手を握ってしまう。
すると、またもやガチっガチに緊張で身体を強張らせる名前。
……表情固まってるよ。
あの事件依頼、手を繋ぐだけで前以上にいっぱいいっぱいな君。
で、激しい後悔に襲われる僕。
2カ月の長期任務から帰ってきてからというものの、会うたびにこの繰り返し。

名前は酷い。
散々僕に優しくして舞い上がらせ期待させた挙句に、少し距離を詰めると拒絶の色を見せる。
手を握っただけじゃないか。
僕のことが怖いくせに、なんでそんな可愛いことをしかけてくるんだ。
手を出されずにプラトニックな関係を望んでるってこと?
アカデミー生のお付き合いみたいな?

また少しずつ彼女の気持ちが僕に追いつくのを待てばいいとか、そんな問題じゃない。
だって、もう君の手の温もりとか唇とか身体の柔らかさとか知ってしまってるんだよ。
またいつ暴走してもおかしくない。
もう勘弁してほしい。

まあ、こうなってしまったのもあの夜に僕が自分に負けてしまったからなのだけれど。
この今の現実は身から出た錆だ。

食後、ダイニングテーブルに座って彼女が淹れてくれるお茶を待っていた。
ここからが最近の一番の山場だ。煩悩との激しい戦いになる。

「お待たせしました。お茶、炬燵で飲みましょ。」
「いや、ここでいいよ。」
「寒いし私は炬燵がいいです。ほら、移動しますよ。」

この有無を言わさぬ押しの強さはなんだ。
これもここのところ毎回のやりとり。
それにしても、よくそんなこと言うよ。
炬燵の中でちょっと足と足が当たっただけで昨年以上に慌てるじゃないか。
この前、猫が全身の毛を逆立てたような反応をされたのはなんだかもう切なかったよ。
僕のこと警戒してるのなら、不用意に距離を縮めようとするのは本当に勘弁してほしい。

でも、前回もなんとか耐えた。
今日も…欲望に打ち勝ってみせる。

僕はテレビの正面の位置に腰を下ろした。
名前の家で食後のお茶を飲むときの僕の定位置だ。
そして、彼女は僕の斜め向かいに座る。
交際期間10カ月。
それがいつもの二人のポジション

の、はずだったんだけど
………なんだコレ?
名前は僕の隣に腰をおろした。

近い
近い、近い
近い、近い、近いよ!!!!

肩と肩が触れる。
彼女の温もりと僕の距離ゼロセンチ
思考は瞬く間に一時停止だ。

なんで隣なのかい?
全神経が君と触れる箇所に集中してしまう。
これは…僕は期待してもいいということなのだろうか。

いや、早まってはいけない。
名前の破天荒な行動は今に始まったことではない。
僕の布団に勝手に侵入してきたこともあったんだ。
きっと彼女のこの行動に深い考えなんてない。

視線はテレビに向けておいた。
芸人がくだらない馬鹿な事をやってのけている。
世界のあらゆるお祭りに参加してそこで優勝を目指すとかいうコーナーだ。
いつも二人で顔を見合わせて笑って見るけど…
今、くすりとも笑う余裕なんてないよ。
それに君の顔を見ることだってできやしない。

やっぱり外食にした方がよかったんだ。
僕が今、何を考えていると思う?
このまま床に押し倒し、唇を強引に奪って、君の柔らかな膨らみに顔を埋め抵抗されたって泣かれたって、そのまま自身を彼女の中にしずめたい。
ドン引きだろう。だから困るってば。

そうだ、昨日の夜に読んだ建築の本のことでも思い出して煩悩を追い出そう。
“風土に根ざす建築”というタイトルだった。
そうそう、国やその土地によって風土や文化に見合った建築がなされるという内容で。
凄く興味深かったから、熱中して読み上げてしまったんだ。

………で、そのせいで目が冴えちゃってなかなか寝付けなくて、あの日そのまま朝まで過ごせたって妄想をおかずにスッキリしてから寝たんだった。
だってあの夜からというものの、僕の想像はよりリアルさを増していて…一層燃えてしまう。
君の胸の柔らかさとか
苦し気に漏れた声とか、うん、たまらない。

あ、マズイ。思い出したら身体が反応してしまう。
でも、あの時の名前濡れてたし感じてた?
て、そういう話じゃない!
反省してなさすぎだろ自分!!!!

無表情でピクリとも頬が動くことなくテレビを見つめる僕だけど、内心はもうめちゃくちゃ。

でも、まさかこれ以上に動揺させられるとは思っていなかった。
なんと名前は……僕の肩にコテンと頭をのっけてきたのだ。

ええええええええええ!?!?!?

頭がぐらりとした。
これは!期待してもいいんじゃないだろうか!
名前はその気ってことでいいよね!だよね!ね!
だって、これはもう襲って下さいってことだろう!

押し倒したい。
さっき考えた自分の欲望を現実にしたい。彼女の身体に溺れたい。
それに、あんな事件があった後なのに僕を家に上げてる時点で文句なんて言わせない。

こんなに彼女と近い距離になるのは、あの夜以来だったりするし、僕は相変わらず彼女が欲しくて堪らないし
自分の身体が今、確実に熱くなっていくのは感じている。
これ以上は無理だ。もう待てない。待ちたくない。
そういう気持ちももちろん溢れ出そうで…。

よし!このまま今日は君と……いや、待つんだ。
居酒屋でうっかり聞いてしまった、あの発言が引っかかる。

“怖い。
一生処女でいいかも。”
“キスして、腕枕してもらって、そのまま朝ってのはやっぱりないよね?”

そうだった。そういう子だった。
僕からしたら理解できない考えだが、彼女は腕枕まではOKでも、その先はNG。
て、ことは、頭コテンはOKでも、その先はNGてこと?

…………やりきれん。
でも、そういう子なんだ。
また、うっかり暴走して名前を傷つけたくない。
彼女に嫌われたら生きていけそうにない。

冷静になるんだ自分。
同じ過ちを二度も繰り返したら、それこそ本当に名前は離れていってしまうかも…。

脳内会議終了。
そして、僕はとにかく立ち上がった。
これ以上この空間にはいられない。
いつもよりちょっと早いけど帰ろう。

「そろそろ帰ろうかな。」
「もう帰っちゃうんですか?」
「ああ、明日朝早いんだったよ。」

とにかく、立ち去る。
一刻も早く立ち去るべきだ。

また、襲っちゃう前に。

つづく