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白馬の王子さまになりたい

お昼休み、いつもの公園でサクラちゃんとお弁当をつつきながら聞いてみた。

「昨日ヤマトさんと一緒の任務だったんだよね。彼どんな感じだった?」
「どうって…いつもの隊長でしたよ。」
「ご飯ちゃんと食べてた?」
「まあ、普通に食べてましたけど。」

そうか。外ではちゃんと食べてるんだ。よかった。
でも、それは普段通りを無理して装ってるってことなのだと思うと胸が痛んだ。

「何かあったんですか?喧嘩とか?」
「ううん、最近ちょっと食欲が落ちてたから心配だっただけよ。」
「隊長ってばこんなに思ってくれる彼女がいて本当に幸せ者ですねー!そういえば、アカデミーの近くに新しいケーキ屋さんできたじゃないですか。もう行きました?」
「ああ、まだ行ってないなぁ。」
「今日帰りに一緒に行きましょうよ。」
「ごめん。今日はヤマトさんが家に来るの。」

正しくは“今日も”だ。
約束してるわけじゃない。でも、きっと来る。ここ数週間、彼は任務で戻らない日以外は私の家に入り浸っているから。

「えーこの前、甘栗甘の季節限定パフェ食べに行きましょって誘った時も隊長が来るからって断ったじゃないですか。どんだけラブラブなんですか!」
「ごめん、ごめん。」

忍の組織形態がどうなってるのかよくわからないけれど、きっとサクラちゃんは知らないのだろう。
私も何にも聞いてないけど……

―――

数週間前、1ヶ月の長期任務に出たハズの彼は2週間で帰還し夜中に私の部屋を訪れた。
予定より早く帰ってきたのは任務が思ったよりも上手く進んだからとはとてもじゃないが思えなかった。
彼は氷のように凍てついた表情をしていたから。
怪我はないみたいだったけど、忍服には沢山の返り血がついていた。
咄嗟に思った。これは敵の血ではなく………と。
“何があったんですか?”
“大丈夫ですか?いや、大丈夫なわけない。”
色んな思いが頭を巡るけど、口にはできなかった。全て意味のない言葉の気がして。
なんとか絞り出した声は「とにかく中へ。」これぐらい。

「…こんな姿のまま来てごめん。…泊まってもいい?」
「もちろんです。」

生気のない声で私に問う彼の手を取り、とりあえずお風呂場まで連れて行った。
一人にするのが心配で私はパジャマの裾を捲り一緒に洗い場に入った。「洗ってあげます。」て言ったら、「いや、自分でするからいい。」て返されてしまった。無理強いするのもおかしな気がして私は浴室を出た。でも、少しでも離れるのが不安で、浴室の扉の横で膝を抱えて彼を待った。

こういう時ってどうしたらいいのかな…
なんて言葉をかけたらいいのか自問するが答えなんてでなかった。というか、きっと答え自体なかったのだろう。
そして、嫌なことが頭をぐるぐる回って…
もしかすると、あの返り血は……ヤマトさんが流すハズの血だったのかもしれない。
一歩間違えれば彼が死んでいた?
怖くて…怖くて、怖くて。
結局のところ、私は自分のことしか考えられない浅はかな人間で、彼が生きてて良かったってことと、失うかもしれなかったという恐怖で震えた。

それにしても遅い。シャワーが床を打ち付ける音ばかり聞こえる…。
もしかして後悔の念に押しつぶされて馬鹿なことしてないかな、いや、まさか。でも、さっきの凍りついた表情。背筋がゾッとして気付いたら浴室のドアを開けてた。すると、ヤマトさんは項垂れて腰掛け、頭からシャワーに打たれてた。
ちゃんと生きてることにホッとしたけど、すぐにまた血の気が引いた。こちらに視線をよこした彼はまるで死んだ目をしてたから。

お湯を止め、タオルで身体を拭いてあげた。そしてまた彼の手を取り、次は寝室まで連れて行った。
私が差し出した着替えを無言で着る彼を見てまた思った。
言葉が見つからない。世界で一番大切な人が絶望してるのに……
やっと出た言葉はまたくだらなかった。
「なにか暖かいもの淹れてきます。」
さっき彼がシャワーに入っている間は離れているのが怖かった。だけど、いざ目の前にしたら自分の無力さを痛感して逃げたくなったからこんなこと言ったんだと思う。
でも、それは彼によって阻まれた。

「……そばに居て。」

縋るような目で私は射貫かれた。
……ああ、ごめん。逃げちゃ駄目だね。貴方と向き合わなきゃ。
そして彼はそのまま手を引き私を抱いた。

果てた後、貴方は私に背中を向けて小さな声で言った。「……ごめん」て。
普段からは考えられない身勝手な営みだったからだと思う。
でも、謝ることなんてないのに。
だって少々乱暴に抱かれた方が私としても救われた。彼の痛みが伝わってきて、心を側に感じれる錯覚に陥れたから。
それに行為によって気が紛れるなら何度でも身体を差し出すよ。悲しみを軽くできやしないのはわかってるけど、紛らわすぐらいはできる?
彼の「ごめん」に色んな感情が溢れかえったけど、また上手く言葉にできなかった。
口に出した途端、なんとも陳腐で意味をもたなくなる気がして。
だから返事の代わりにキスを送った。
そして、そのまま私から誘った。
その晩、彼は何度も私を抱いた。ただ欲を吐き出すための行為だったけど私はそれでよかった。
利用されたかった。

―――

朝、目覚めるとヤマトさんはいつもの凛々しい顔だった。
昨夜の出来事は夢だったのではないかと思うほど。

「おはよう。」
「……おはようございます。」
「昨夜は…悪かったね…。」

でも、少し気まずそうに言葉を紡いだから、ああやっぱり現実だったのだと痛感。

「……いえ、そんな…全然…。」
「久しぶりに気が動転してしまったけど…たまにあることだから。」

…そっか、忍だもんね。自分も、一緒に任務に就く人も、いつだって死と隣り合わせだよね。
“彼氏が忍である”
わかっていたことだけど、今更その意味が重く感じた。
でも…何度起きたって心に傷を負うということは昨夜の貴方を思い出したら歴然で。
かける言葉が上手く見つからず、どうしたらいいのかわからなかった。
そんな私にヤマトさんは少し困ったような笑みを浮かべた。
ああ、困らしちゃった。辛いのは私じゃないのに。
そして彼はいつもみたいに頭を優しく撫でてくれた。

でも、やっぱりそれからはいつもと違った。
まず私の家に帰ってくるようになった。もはや一緒に住んでるといってもいい。
夜は私を片時も離さなかった。それは、求めてくる日もあれば、子供がお気に入りのぬいぐるみを手放せないように、ただ腕の中に閉じ込める日もあった。
非番の時は朝から晩までみっちり自分を戒めるように修行にでた。
でも、食欲がないみたいで食事にはあまり手をつけなかった。
寝る前は必ず晩酌するようになった。忘れたいのか、酔った末に眠りにつきたいのか、わかんないけど。いつもみたいに陽気に酔うためでないのは確かだ。
前は家で一緒にテレビを見たり、建築の本を読んだりしてたけどそれもしなくなった。
ぼーっとしてることが多くて。違うな、ぼーっと私を見てることが多い。
そんな彼にどう対応するのが正解か頭を捻るけれど、考えれば考えるほどわからなかった。
すると言われた。
「君はいつも通り朝起きて、食べて、笑って、日常を過ごして欲しい。そんな君を見たいんだ。」て。
また気を遣わしてしまったなと思った。
私がいつも通りを装うことでヤマトさんは救われる?いや、それは…ないな…
でも、変に気を使われる方が傷付けるのかなと思って、平然を装いたい彼に合わせ必死で今まで通りの自分を装って過ごす日を続けた。

ヤマトさんは忍服に着替えると、いつもの凛々しい顔を作る。
彼は忍として一流なのだろう。色んな感情を殺して、与えられた任務をこなす。
忍なんて辞めてしまえばいいのに。なんなら私が養うよ。
だって本当は今、心が砕け散っているんでしょ?
でも、彼はそんな自分を誤魔化すように下手くそな笑みを浮かべ続けた。

結局のところ世界で一番大切な人が苦しんでても私は何にもできないんだ。

―――

そして、今日もやっぱりヤマトさんは私の家に帰ってきた。

私はキッチンに立つと鼻歌を歌った。
いつも貴方の前でどんな風だった?これで合ってる?思い出しながら。もはや演技。
彼はやっぱり建築の本に手を付けるでもなく、そんな私をボーっと観察してた。
そして、目が合うと不器用に口元を緩めてくれた。だから、こちらも笑みを返した。
でも本当は……自分の無力さを痛感して泣きそうな気分たけど。

食卓では私の一日の出来事を意識して話すようにしてる。

「カナメちゃんが彼氏と喧嘩して大変だったって。でも、ちゃんと仲直りしたよ。」
「……そう、よかった。」

会話はたいして盛り上がらないけど、気にしない。
重い沈黙は彼を一層沈めていきそうだから、くだらない話で気を紛らわせて欲しいし。

「そうそう、最近入ってきた新人ちゃんがヤマトさんのことカッコいいって言ってましたよ。」
「それは……光栄なことだね。」

彼はまた下手くそな笑みを浮かべた。
そしたらまた私の胸は痛んだ。
もう何度こんな表情を見てきたのだろう。
やめて。無理して笑わなくていいのに。
“たまにあることだから”
そう貴方は口にしたけど…その笑みの下には計り知れない悲しさを抱えてるんでしょ。
考えだしたら…胸がつかえて苦しい…
早く次の話題を探さなきゃ。ああ、でも気持ちがぐちゃぐちゃで上手く思い浮かばないよ。

「名前どうしたの?」

すると、ヤマトさんは驚いた声をあげた。
え??なになに?なんだ?
そして、こちらへと伸びた彼の指は私の頬を拭うように撫でた。
それでやっと気づいた。
やだ、自分泣いている?

「あ、あれ…はは、どうしちゃったんだろ…。ごめんなさい。すぐに止めますから。」

慌てて自分でも拭うけど一度決壊したダムはなかなか止められなくて。次から次へとポロポロ落ちちゃう。
私が泣いてどうするのよ。

「どうしたの?何かあったのかい?」
「……。」
「名前、大丈夫?」

心配そうに私の顔を覗き込む貴方を見てたら…
言わない方がいいってわかってるのに…

「…大丈夫じゃないでしょ。」
「なにがあった?」

「私じゃないです。ヤマトさんです。ヤマトさんが大丈夫じゃないでしょ。」
「………。」

…やっちゃった。馬鹿。
だって…自分の心配しなさいよ!て思っちゃったんだもん。人の心配してる場合じゃないでしょ。
ああ、でも、私が泣いちゃったから優しい彼は気遣ってくれてるのに…日常を通しつくせなかった自分への八つ当たり?もう最低。
駄目だ。もう、めちゃくちゃだ。

「ヤマトさんが泣いてるから、私も泣いてるんです。」
「……僕は泣いてないだろ。」

「ううん。ずっと心が泣いてるじゃない。それなのにヤマトさんが泣けないから私が代わりに泣いちゃうんですよ。」
「ないだいそれ。」

「私の前で強がって笑ったりしないでよ。もっと甘えてよ。」
「……もう十分君には甘えてるさ。」

ずっと、彼を悲しみから救い出せたらって思ってた。
昔話の白馬に乗った王子のように、絶望にくれるヒロインを私がカッコよく救出するのだ。「ヤマト姫、私がいるからもう大丈夫だ!」て。
それか前に読んだ恋愛小説みたいに「君の抱える悲しみを半分持たせ欲しい。悲しみも分かち合いたいんだ。」とか?
でも、私の薄っぺらい人生経験じゃ無理。結局、できることは言われた通り笑って生活して、そんな私を見て無理して薄く笑う彼を引き出すぐらいのもの。
それすらもうできない。なんて無力なのだろう。

「だって、もう…ヤマトさんは私で、私はヤマトさんなんですもん……。」
「君、言ってることが支離滅裂だよ。」
「ヤマトさんが喜べば私も嬉しいでしょ。それと一緒だよ。ヤマトさんの心に雨が降ってたら、私もドシャ降りなんだもん。」

彼は何も言わず泣きじゃくる私を見てた。
涙と一緒に言葉が次から次へと溢れ出して止められないよ。

「もっと…ヤマトさんの心に寄り添わせて……。」

部屋には私の啜り泣く声だけがしばし響いた。
そして、彼は震える声を絞り出すように漏らした。

「……名前、もうやめて。ずっと我慢してたのに…。」

ああ、ヤマトさんもちっぽけだ。
凄い使い手だかなんだか知らないけど、今の彼も無力な人間だ。

「私の前でまで我慢しないで…。そんなの…駄目です。」

思わず彼を抱きしめた。
すると、私の肩に顔を埋める貴方から小さな嗚咽が零れた。
そしたら、私の目からも大粒の涙がまた止まらない。

ヤマトさんが悲しければ私にも沢山の悲しみが流れ込む。うっかり別々の身体に生まれてきたけど、心は共有してるって言いきれるぐらい。
それなのに彼を救いだすこともできなければ、貴方の十字架を代わりに背負うこともできない。
結局のところ、やっぱり別々の人間なんだ。私の思考は言われた通り本当に滅茶苦茶。

そこからはギュッと抱き合って、二人でひたすら泣いた。
彼は一度、嗚咽に交じりに「…あの時…僕が………」って漏らしたけど、それ以上は何も言わなかったし私も聞かなかった。

この人は今までどうやって絶望を乗り越えてきたのかな。
どんな思いで一人、心では泣いてたの?貴方の過去ごと全部抱きしめたい。
人生経験豊富で色んな逆境を乗り越えてきたスーパーヒーローなら、気の効いた心に響く言葉が出てくるのかもしれない。
だけど、私はただ一緒に泣いて一緒に足掻くしかできない。
毎日一生懸命生きてきたつもりだけど、私のレベルの低さじゃコレ。
悲しみに寄り添うぐらいのもの。

肩に感じた彼の涙は、私の心を一層濡らすのに
歯がゆいよ。

その晩、二人で泣いて泣いて泣いた。
そしていつしか互いの体温で暖を取る動物みたいに身を寄せて眠ってた。

―――

気付くとカーテンの隙間から見える空は淡いピンク。夜明けの色だ。

「名前…目がなくなってるよ。」
「ヤマトさんも。今日、任務ですよね。私も仕事だ……どうしましょうか。」

私は感動的な映画を見たらすぐ泣くし、ヤマトさんと喧嘩しても泣く。だから、たまーに泣き腫らした目で出勤ってことはある。かなり恥ずかしいけど。
でも、きっとヤマトさんは今まで一度もそんなことないんじゃないかな。
すると、ぼーっとした顔のまま彼は口を開いた。

「みんなに聞かれたら正直に言うさ、君に泣かされたってね。」
「ええ……!なんですかその誤解を生む表現は!?」
「ふ、冗談だよ。でも、これは事実だろう?」

驚きちょっと慌てた私を見て彼は小さく笑った。
久しぶりにヤマトさんが無理せず笑ったところを見た気がして、私も小さく笑った。

一晩涙を流したからって彼の背負う十字架が軽くなるわけないのはわかってる。
でも今、心と表情が一致した貴方を見て思った。ずっと救い出せたらいいのにって考えてたけど、そんなこと私に望んでなかったのだろうなと。
ヤマトさんが自分で前を向いて、自分の足で立ち上がるしかないのだろう。
彼の痛みが沢山流れてきても私じゃ治せないし。
でも悲しい時一人で悲しむより、一緒に傷を舐めた方がちょっとだけ淋しくない気がするのは私だけかなぁ。

一緒に生きるってそういうことなのかな。

おしまい