眠れぬ夜の特効薬
「どっちがいいと思うかい?」
「私、今日同じ質問に何度も答えてますよ。」
温泉宿で二人。就寝前。
久しぶりに二人揃って私の実家に帰省だ。
明日の朝一で宿を出て夕刻には村に着く予定。
「名前さんを僕に下さい。それとも、名前さんとの結婚をお許し下さい、かな。これは究極の選択だと僕は思うんだ。」
「どちらを言っても結婚を反対されるわけないし、どっちでもいいですよ。さ、早く寝ましょ。」
思わず小さな溜息を漏らしてしまった。
だって、今日は朝からずっとこの話題なんだもの。
夕食も終わり、お風呂も入った。
今日はたくさん歩いて疲れたよ。
早く布団にダイブしたい私は窓辺の椅子から腰を上げた。
でも、彼は一向に椅子から動く気配がない。まだ額に手をあて深刻な顔。
しょうがないから、もう一度私も腰かけた。
ヤマトさん…思い詰めすぎて顔が怖いですよ。
「いや、君が思うほど簡単な問題じゃないよ。僕は危険が多い職業なわけだし、交際ではなく結婚ともなると反対される可能性だってある。と、いうか僕のシミュレーションではどちらを言っても結婚を許してはもらえないんだ。」
絶望的な顔しちゃって。はあ。
「なんでそんなマイナス思考になるんですか。3年近く交際していて今更結婚する気ないですって言う方が確実にお父さん怒ると思いますよ。」
「……そうかな?」
「どう考えてもそうでしょ。大丈夫ですってば。なるようになりますよ!今度こそ寝ましょう。」
「ああ…そうだね。」
やっと腰を上げてくれた。
忍の貴方と違って私の身体はとことん疲れています。
もう眠いんです。
やっと布団に入れた。
せっかくの温泉宿だけど手を出されないのは、彼が物凄く緊張している証拠だ。
思わず心の中で呟いた。
明日も朝からたくさん歩くし、私は寝ますー。話しかけないでよー。
「名前どうしよう。……緊張し過ぎて眠れそうにないよ。」
「………羊でも数えといてください。」
せっかく眠りにつけそうだったのに!
ヤマトさんをチラリとみると、不安な顔。
もうすでにこんなガチガチで大丈夫?
瞳をうるうるさせちゃって…
せっかくの睡眠を妨害されたけれど……その表情はズルいよ。
捨てられた子犬みたいな目で見つめられたら、母性本能をくすぐられるじゃないの。
思わず守ってあげたくなる、そんな顔。
「もー。しょうがないですね、ほらっ。」
私はヤマトさんに片腕をのばした。
「それは……どういう意味だい?」
「腕枕です。」
目をパチパチさせて、ちょっとびっくりしてるや。
「ヤマトさんが腕枕してくれたら私いつもよく眠れるんです。だから、きっとヤマトさんも眠くなりますよ。」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう。」
緊張の面持ちは途端に上機嫌になった。
日に日に思うことがある。
男って単純。
――
いつも僕が想像もしないことを名前はふいにしてくれる。
それがどれだけ僕を喜ばしているのか
君はきっとわかっていやしない。
伸ばされた腕と胸の間に頭をそっとのせた。
すると、名前は僕の身体を優しく包み込んだ。
あ、胸が顔にあたる。
厭らしい熱が身体に湧くのは男の性だ。
でも、今日はそれ以上に……
身体の柔らかさ
暖かさ
鼓動
僕の頭を愛おしそうに撫でる君の手
そう、すべてで僕の緊張を溶かしてくれる快感。
腕枕をしてもらうのがこんなに幸せな気持ちになるとは思わなかった。
これは癖になりそうだ。
明日の緊張はどこへやら。
なんだか上手くいきそうな気がしてきた。
意識が遠のいていく…
そして、名前は僕の髪にそっとキスを落とした。
ああ、眠りに落ちるのが惜しくてたまらない。
この暖かな微睡みにもっと浸っていたい。
明日も明後日もその先もずっと
名前とこんな心が満たされる時間を築きたい。
君を幸せにするよ。
そして、これからも僕を幸せにしておくれ。
おしまい