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8月10日 1

彼氏ができて、今まではなんともなかった日が特別なものになったりする。

シフト表を見て、一週間後の“8月10日“をトンとこついた。
この日はたまたまオフ。ラッキー。
ヤマトさんの誕生日だ。

私の誕生日は5月で、村に帰っていた時だった。
特に何かしてもらえるなんて思いもしてなかったのだけれど、彼は私に手紙とネックレスを送ってくれて驚いた。
私はアクセサリーをつける習慣はない。
けれど、細くて繊細なチェーンに控えめに一つ輝く石がついたネックレスはシンプルでとても気に入った。
それに、彼が私のためにと選んでくれたのを考えると嬉しくてたまらなかった。
普段、仕事の日は絶対につけない。
バタバタしているうちに落としてしまったら立ち直れそうもないから。
でも、オフの日はつけたりする。
そして、胸元に光るものを見つけた時のヤマトさんは少し目を細めて嬉しそうに言うのだ。
「やっぱりよく似合ってる」って。
そんな彼を見て私も最高に幸せな気持ちになる。

大好きなヤマトさんの誕生日。
私だって彼を喜ばせたい。

と、言っても初めての彼氏だし、何をしてよいのやらよくわからない。
サクラちゃんに相談したら、
隊長、名前さんのすることならなんでも喜ぶと思いますけど。手料理振る舞ってあげるとか?てか、私だって彼氏いたことないからよくわかんないですよ!
と、いう感じだった。

ヤマトさんの好物をたくさん作って、
ケーキ焼いて、クルミがいっぱい入ったやつ。
やっぱり何か渡したいよなー
悩んでいるうちにあっという間に一週間前だ。
どうしたものか。
彼は物欲とかないしな。
それに、エリート忍者だし私よりずっと高収入だ。欲しいものは自分で買ってるだろう。
全然思いつかない。
誰か教えて。

あっ!いるじゃない、彼のことよく知ってる人が一人!
たまたま火影室に行く用事もあるし、カカシさんに聞いてみよう。

ーーー

今、カカシさんと向かいあってお茶を飲んでいる。
甘栗甘に来ている。

「ご相談したいことがあるんですが、お時間あるときに聞いてもらえないでしょうか。」

今日の昼間、火影室で報告書を提出してからカカシさんに言った。
業務中に私事の相談はよくないと思い、えらく堅苦しい表現になってしまった。

「んじゃ、仕事終わりにお茶でもどう?」
「すみません。ちょっとその辺で立ち話程度で問題ない内容なんです。」
「どうせテンゾウ絡みでしょ。面白そうだし、ゆっくり聞くよ。」

慌てて付け加えた私にカカシさんは笑って返してくれたので、お言葉に甘えることにした。
実は今日はヤマトさんが家に夕飯を食べに来てくれるのだけれど、ご飯の下準備は昨晩のうちに終わらせてあるし、ちょっとお茶するぐらいなら大丈夫だろう。

「で、どうしたの?」

お茶を啜りながらカカシさんは聞いてくれた。
私の手元にはカカシさんが気を利かせて頼んでくれた三色団子とお茶。小腹が空く時間だし嬉しいや。

「あの…ヤマトさん8月10日って帰りが遅いお仕事ですか?」

まず彼の予定の確認。これは大事なこと。

「んーその日は待機にする予定だったと思うけど、何かあるの?」

よかった、なら夜は空いてるハズだ。

「その日、ヤマトさん誕生日なんです。」
「なるほどね。お祝いしてあげたいんだね。」
「はい。私の家で料理を作ってケーキ焼いてとは考えていて、あと何か渡したいって思うんですけど、さっぱり思いつかなくて。」

なんだか気恥ずかしくてお茶を啜った。だってこんな相談、彼のことが好きって言ってるようなものでしょ。

「アイツ、名前ちゃんからもらったものなら何でも喜ぶんじゃないの?」
「それサクラちゃんにも言われました。」

すると、カカシさんは顎に手を当ててうーん、と考えてから何かいいこと思いついたと言わんばかりの顔をした。

「まっでも、間違いなく喜ぶのはやっぱりあれだね。」

えっなになに?さすがカカシさん!私は少し身を乗り出して次の言葉を待った。

「名前ちゃんしかないでしょ。」

ニコリと笑って言うカカシさん。
……名前ちゃん、ですか?

「まだやってないんでしょう?」

あっそういうことね!途端にボッと顔が赤くなる。
カカシさんはなんでもないことのように言ったけれど、私はどう反応すればよいのかわからなくて、とりあえず手元の団子を掴んでモグモグ頬ばっていた。
カカシさんはそんな私を見てクスクス笑っている。

「やっぱり、だと思ってたんだよネ。」

何も返せません。
そうです。
まだですとも。
でもね、カカシさん、もっと驚く事実にあなたは気づいてないです。

キスもまだなんですよ。

付き合い出してから、5ヶ月が過ぎた。
初めの3ヶ月は離れ離れだったというのもあるけれど、20代半ばも過ぎた男女がこのペースはおかしいよね。
アカデミー生の方が進んでそうだよ。
私の恋愛経験値の低さがこの交際の足を完璧に引っ張っている自信がある。
この前もそうだった。

飲みに行った帰りにヤマトさんは私の家まで送ってくれた。
その日も彼と過ごす時間は凄く楽しくて、あぁ帰りたくないな、もっと一緒にいたいなって思った。
家に近付くにつれてその気持ちはどんどん高まっていって、人通りの少ない道に入った時に私から初めて手を繋いだのだ。
すると、彼は少し驚いた顔で私を見て嬉しそうにはにかんだ。
ちょっとの勇気が彼をこんなにも喜ばせるとは思わなくて私はそれだけでもう幸せで胸がいっぱいだった。

そしたら、彼は空いている方の手を私の肩においてそっと顔を近づけたのだ。

あっ、キスされる。
私は予想してなかった彼の行動に驚きと緊張のあまり思わずギュッと目をつぶっていた。
そんな私の気持ちが伝わってしまったのか、彼の唇は私のそれにではなく額に落とされたのだ。
そして、また二人歩き出して、その日はそれで終わってしまった。

いい歳して、キスごときで何緊張しちゃってるのよ
とは思うものの、こんなに誰かに対して胸が高鳴るのだって生まれて初めてなのだ。
好きな人とキスなんて、難易度が高すぎる。
ましてその次のステップなんて雲の上の問題だ。

せっかく相談にのってもらっているのに申し訳ないがカカシさんの提案はとてもじゃないけど、実現できそうにない。

私の思いとは裏腹にカカシさんのテンションは高くて、
男はやっぱりそれが一番だよ!とか、
絶対に喜ぶから!テンゾウなら優しく抱いてくれるって!とか、
私が思わず赤面するようなことを色々と力説してくれた。

お店を出ると、夏空は少し影を落とし出していた。
急いで帰らないとヤマトさんが帰ってきちゃう。

「すいません。ご相談に乗ってもらったうえ、御馳走になってしまって。」

ペコリとお礼を告げた。
”せっかく時間を作ってもらったが、色々と私には刺激が強すぎる提案でした”
とは、正直に言えない。

「どーいたしまして。まっ、テンゾウのために頑張ってあげなよ。」

ニコニコと言ってのけるカカシさん。
いや、無理そうです。思わず顔がまた赤くなる。

「はあ。」

どっちつかずのよくわからない返事をしたらカカシさんはえらく笑っていた。
そんなに笑うことないじゃない。
私、必死なのよ。

―――

任務帰り、名前の家に向かって歩いていた。
今日の夕飯は何だろう。
彼女はいつも地味な料理でごめん、と言うけれど、僕は名前の作る素朴な家庭料理がホッとする味で凄く好きだ。

甘栗甘のあたりを通ると店の中から、名前と先輩が二人で出てきた。
一緒に3人で飲むことはたまにあるけど、2人で?
どうしたんだろ?
声をかけようと、近づこうとした時だった。
名前は先輩の顔を見て、それはそれはもう可愛らしく頬を染めたのだ。
えっ?なんで?
すると、先輩はそんな彼女を見て楽しげに笑った。
名前はまだ顔の熱が覚めないまま、恨めしそうな目を先輩に向けていて…
僕が今いったらお邪魔虫みたいなんだけど?

名前は言葉にして“好き“とは言ってはくれない。
聞いたのは付き合いがスタートした時の一度きりだ。
でも、いつも君の赤みの刺した頬を見て、あぁ僕のこと好きでいてくれてるんだって思って安心できたのに…。
他の人にもそんな顔するの?
しかも先輩に?
胸がざわつく。
いや、何か事情があるのかもしれない。
だって名前は僕の恋人だ。
今日も彼女の家で夜ご飯を食べる予定だし。
でも、胸に黒いものがこびりついて離れない。

なんとなく彼女の家に行くのが怖くて、辛い現実をつきつけられそうで急に足が重くなった。

ーーー

カカシさんと別れてから猛ダッシュで家まで向かった。
思ったよりもお茶が長引いてしまった。
もしかするとヤマトさんは玄関の前で待ちぼうけしているかもしれないと思い私は足を早めた。
するとアパートはもう目前というところで、ヤマトさんの背中が見えた。
よかった、待たせてない!

「ヤマトさん!」
私が声をかけると、少し間をおいてからゆっくりと彼は私を振り返った。

「お疲れ様です。」
隣に並ぶと、ああ、と小さく返す彼。

なんだか、いつもと違う。
今日の任務は大変なものだったのだろうか。

そこから下ごしらえは終えていたのでサッと料理を作り、一緒に食べたがどこか上の空でやっぱり元気がない。

彼が任務内容を私に話すわけはないけれど、今日は一段と大変なお仕事だったんですか?と、問えば、いや、そうでもないよ。と言うし
体調悪いんですか?と、聞けば、いや、そんなことないよって。

じゃあ、どうしたんだろう…
重い空気の中、食事を終えた。

静かだ。
ガチャガチャと食器の音が部屋に響く。
彼は椅子に腰掛けたまま、カウンターキッチンで洗い物をするに私に言った。

「名前、今日はちょっと帰るの遅かったね。」
「そうですね。」

普段定時上がりの私にしては1時間は遅かった。

「どっか寄ってたの?」

ドキン、とした。
貴方に何をプレゼントしたらいいのか相談するためにカカシさんとお茶していました。とは、言えないし。

「ちょっとお茶してたんです。」
「そうなんだ。珍しいね。誰と?」

カカシさん、って言ったら変だよね。びっくりするよね。

「薬剤部の子と。」

彼の顔を見ずに洗い物に目を落として言った。
すると、低い声で返された。

「嘘だ。」

えっ?となって、見ると
彼の顔は凄く怒っている。

「僕、たまたま見たんだよ。名前が先輩とお店から出てくるところ。凄く楽しそうだったね。」

見られてたんだ。
彼の気迫に背中に冷たいものが走る。

「なんで嘘つくんだい?」

怖い。ヤバイ、どうしよう。
なんて答えるべき?

「…………びっくりするかな、と思って。」

咄嗟にでた言葉はなんとも説得力のないもので、この状況を一つとしてよくなんてしないものだった。

「こっちは嘘つかれたことのほうがびっくりだよ。どうして?そんな聞かれたらマズイことでも話してたの?」

ヤマトさんの声の冷たさに怯えと焦りが私の心を支配していく。
こんな怒り方してるの見たことない。
マズイ話、だな。カカシさんの話を思い出して、途端に顔が赤くなる。

“ヤマトさんに私をプレゼントしたらって話をしていました。“

「…………………………。」

とてもじゃないが言えない。

「また話してくれないんだ。名前は大切な話は僕にはしたくないんだもんね。」
「違うの!そういうつもりじゃなくて…その…あの……」

なんて説明したらいい?
カカシさんの発言を思い出してまた顔に熱が集中していくのがわかる。

「ほら、やっぱり話してくれない。もういいよ、今日は帰る。」

彼は椅子から立ち上がると一度も振り向きもせずにあっという間に出ていってしまった。

私は過去に、村に帰るか里に残るか彼の優しさに甘えて打ち明けなかった。
本当は話して欲しいと思っているのを知っていて黙って悲しませた。
また同じことをしてしまったのだ。

ヤマトさんを傷付けてしまった。
…………どうしよう。
2回も同じことしてもう許してもらえないかもしれない。

上手くいつもちゃんと彼女できないけど、誕生日は喜ばしたいって思ってたのに。
嫌われちゃったかな。

気付けば、一人キッチンにうずくまった私の頬に涙がつたっていた。