梅雨の晴れ間
「ふふ、晴れてよかった。とってもきれいですね。私、紫陽花って大好きなんです。」
ピンク、赤、青、紫、白もある。
「私はね、このボテッてガクがたくさん手毬みたいについた一番定番の品種が好きなんです。」
「ああ、綺麗だね。」
僕としては色とりどりの紫陽花に囲まれて、少し首を傾げて笑う君の方が綺麗。
そんなこと言ったら、きっと天性の女たらしとか言われるんだろうけど。
今日は午後から待機。
せっかく名前はお休みなのに残念極まりない。
“もし、ヤマトさんがよければなんですけど、一緒に紫陽花見に行きませんか?
アカデミーの近くに大きい公園があるじゃないですか。
この前通ったらたくさんの紫陽花が咲き始めていて、そろそろ見頃になっていると思うんです。”
彼女からのお誘い。もちろん、即オッケー。
で、10時に集合して、ぐるっと公園を周って紫陽花を鑑賞し、彼女の手作り弁当を食べてから待機に行くことになった。
名前からデートのお誘いなんて夢みたいだ。
「ヤマトさんと一緒に見たいと思ってたんです。」
少し小さな声で彼女が恥ずかしそうに言うもんだから、僕の目じりは垂れ下がってしまう。
「僕も君と一緒に見れて嬉しいよ。」
そして、手を握ったら名前はこそばゆそうに笑った。
なんて幸せなんだろう。
彼女との甘い空気に浸りながら紫陽花を見ていると、今までよりもずっとこの花を好きになった気がする。
すると、名前はふいに僕の手を引っ張った。
「ね、こっち行きましょう。」
彼女が向かう先は広い芝生。
青々と茂る緑の中にはシロツメクサの小さな白が一面に散りばめられていた。
芝生の中ほどにまで彼女は進むと、腰を下ろした。
つられて僕も彼女の向かいにしゃがみこむ。
「ちょっと待ってくださいね。」
ここでお弁当を食べるってことかな?と僕は思ったのだけど、どうやら違うようだ。
彼女はまずシロツメクサを2本摘み、茎を交差させ巻きつけた。
そして、彼女の白く細い指はまた摘み茎を巻きつけ、を器用に繰り返していく。
なんだかどんどん長くなってきたな。
「何を作っているの?」
「シロツメクサの花冠です。あともう少しです。」
なるほど。
女の子って感じ。
小さくて可愛らしい花の集合した冠。
それをつけた名前を想像してみた。
うん。
すごーく可愛い。
「よし、できた。」
名前は綺麗な輪になったシロツメグサを嬉しげに見た。
そして、彼女は僕の思いがけない行動にでた。
そっと僕の頭にその可愛らしいそれをのせてきたのだ。
……え?
………なんで僕?
あっけにとられて、固まってしまった僕を見て彼女はニコリと笑った。
「ヤマトさん、可愛い。」
いや、それ、僕が言うはずのセリフ。
「なんで、僕なの?」
「きっと似合うだろうなと思ったから。やっぱりすっごく可愛いです。」
名前は少し目を細め、いつくしむような微笑みを僕に向けている。
いやいや、可愛いはないだろう。
どちらかというとこの光景は気持ち悪い部類だと思うけれど。
「名前の方がずっと似合うよ。」
僕は頭から冠を取り、彼女の柔らかな髪の上にのせた。
「ほら、やっぱり可愛い。」
けれど、彼女はすぐにとってしまった。
「やめてくださいよ。私、もうこんなの似合うような年齢じゃないんですから。恥ずかしいです。」
「いや、僕の方が君より年上じゃないか。」
というか、男だし。
「ヤマトさんは特別ですよ。ほんっとうに似合ってます。お願いなんで、もう一回だけでいいんでつけてくださいよ。」
そして、僕の頭にまたのせてきた。
「やっぱり可愛いです。」
うっとりと頬を赤らめて僕を見る名前。
「…………。」
今、犬の散歩をしているおばさんが通ったけど、僕にチラリと目をやるやいなや苦虫を噛み潰したような顔になったよ。
僕のことで頬を染めてくれるのは嬉しい。
だけどさ、やっぱり君は少し変だ。
おしまい