アサマとセツナ(FEif)

 お互いの嫌いなところを十言わないと出られない部屋に閉じ込められてしまった。どうやら罠に嵌められたらしい。農家の倉庫のような薄暗くて埃だらけの小屋の柱に、麻縄で上半身をきつく縛られている。座った姿勢のため、そんなに居心地は悪くなかった。
「……全く、野蛮ですねぇ。わざわざこんな所に縛り付けなくても、セツナさんの嫌いなところなんてすぐに出揃ってしまうに決まってるのに」
 少し離れた柱にはアサマが同じような姿勢で縛られていた。アサマの方は上半身の締め付けがきついようで、骨の軋む音と本人の苦しそうなため息がよく聞こえてくる。
「嫌いなところを仲間同士で言わせて仲間割れを図る悪趣味な策かと思いますが、人選を間違えていますね。では、さっさとお望みどおり嫌いなところを述べさせていただきますか。一、人の話を聞かないところ。二、反省しないところ。三、自分本意で他人を思いやらないところ。四、朝は遅く起き夜は早く寝るだらしないところ。五、注意力が足りないところ。六、糞よりも不味い料理を作るところ。七、いつもふらふら彷徨いているところ。八、それで罠にかかるところ。九、更にヒノカ様に助けてもらうところ。ここまでで九つです」
 強く縛られているにしては見事な大音声だった。僧として説法をしているのが訓練になっているのだろう。実に耳に深く染み込む声だ。
「アサマ、すごいすごーい……いきなりそんなにたくさん褒めてくれるなんて……嬉しい……」
「……良い機会ですから聞かせていただきしょう。今、私が述べたことの一体どこが、あなたを褒めたことに繋がったのですか?」
「えっと……」
 人の話を聞かなくても良いって私を励ましてくれているし、反省しなくてもいつも素敵だって言ってくれているし、自分を大切にするのはいいけど人にも優しくしようって勧めてくれているし、朝も夜も私を見ていてくれているし、危険な時に注意して教えてくれるし、不味い料理でも食べてくれるし、ふらふらしてても怒らないし、罠にかかってヒノカ様に助けてもらうところをずっと見守ってくれているところ、全部、全部。
「……全部、かな」
「……あなたにまともに聞こうとした私が愚かでしたね。訂正させてください。全然褒めてませんから」
「ありがとう……」
 外で蛙が少し鳴いている。鉄の扉の隙間から少し漏れた光が赤味を帯びている。外は夕暮れなのだろう。烏の鳴き声も屋根の上を通り過ぎていく。
「ねえ、アサマ……」
「何ですか?」
「私、一つだけ、アサマの嫌いなところ言えるかもしれない……って、思ったけど、やっぱりダメ。わからない……」
「……ふむ。おそらくお互いの言い分を合わせて十だと思われますので、最後の一つぐらいは挑戦してみたらどうですか」
「じゃあ……頑張る」
 ずっともどかしく思っていたこと。ずっと、嫌われているんじゃないかって、思っていたこと。
「私が困っている時……いつもアサマは笑って見てるだけ……。助けてくれない……それって、私なんてどうでもいいんだってことだと思ってた……でも、もやもやと悩んでいるうちに気がついた。アサマはずっと、見守っていてくれてたんだって……私が一人で罠を克服できるように……」
 今もこうして静かに聞いていてくれるのも彼なりの優しさだと気づいたから。
「だから……そういうところが、好きで嫌いかも……」
 不意に縄が解けて、身体が解放された事に気づく。やった。十の嫌いなところを言い合って、罠が解除されたのだろう。ヒノカ様に助けに来てもらう前に解決できてしまった。それはヒノカ様を喜ばせることかもしれないけれど、私としては少し寂しい。まあ、今回ぐらいはいいか。アサマもいるし。
 凝った身体を軽く伸ばして立ち上がると、目の前に黒い着物が立ち塞がった。
「あれで本当に嫌いのうちに入ったのですね。へぇ、なるほど……まさかあなたが私をそんなことで嫌っていたとは……ふーん。そうですか。へぇ……」
 明らかに笑顔の張り付いた笑っていない表情をしてこちらを威嚇してきている。どうしよう。とりあえず、こんな時は、逃げるのが一番。
「あ……じゃあ……解散ってことで……」
「おやおや、ではヒノカ様へのご報告は私からしておきますね。セツナさんが私のことを散々に罵倒して身も心も傷ついた、と言っておきましょうかね」
「…………」
 本当に、このアサマという人は、口が上手い。そういうところは嫌いじゃないし、好きな方だ。自分は上手く言葉にできないから、少し、憧れというものを抱いているのかもしれない。伝えるのは、難しい。でも、嬉しい。私を見ていてくれるのだから。
「大丈夫……嫌いなもの全部、好きに変わっていく……そんな気がするから」
 そうなってくれると、嬉しい。これからも一緒に過ごす同僚なのだから。


2016/06/07 17:17



 アサマとセツナ(FEif)

 白々と空が明るみ始める頃に山頂から麓へと下山すると、ふと、山の音に混じって微かに人の呼吸音がすることに気づいた。早朝から山にいる、それも物音一つも立てないで居る人間は、非常に怪しい。自分の様に修行の一環として登山する人間なら、当然の如く足音を立てるしこちらの気配にも気づいて挨拶ぐらいはするだろう。
 カムイ様からは安全な拠点だと聞いているが、度々賊や密偵が潜入しているのも事実。放置して帰還し後ほど報告するのも手だが、呼吸音を聞く限り一人しかいないらしい。
(片づけておきましょうか)
 杖代わりに所持していた薙刀を握り、木々の合間から機会を窺う。至近距離まで近づいても、穏やかな呼吸は未だ止まない。どうやら、寝ているようだ。それに気づいたら、ある考えに思い至った。思い至ってしまった。俄かに緩む緊張感を留まらせつつ、茂みからそっと向こうを覗く。
 その周辺だけ土の上に枯草が敷き詰められていて、枯草に上半身だけを投げ出して眠る人がいた。見えない下半身は、恐らく枯草で隠れた落とし穴の中に嵌っているのだろう。今までにも何度も見たその状況に陥っているのは、他ならぬ自分の同僚、セツナさんだった。水浅葱の髪の毛がすっかり顔を覆っているが、罠の中で安眠できる人物はセツナさんの他に見たことがない。
「セツナさん、おはようございます」
 穴のすぐ横まで歩み行き、一度声をかけしばらく待っていると、セツナさんは鷹揚に体を伸ばし大きなあくびをした。
「んー……おはよう……」
 まだ夢心地といった風情で、上半身を横たえている。上等な服が泥だらけだ。またヒノカ様が一生懸命洗濯をする羽目になるのだろう。
「枯草の寝床で夜を明かすとは、あなたは動物のようですねえ。このままあなたを連れて帰ったら、鍋にでもしてあげましょうか?」
「わーい……鍋、食べたかったの……」
「あなたが鍋にされるんですよ?」
「えー、それは駄目……きっと私、美味しくない」
「はいはい、私だってセツナさんを料理したくありませんよ」
 適当に戯言を交わし合っても、尚セツナさんはもがこうとすらしない。本当にこの落とし穴は罠なのだろうか。セツナさんのための寝床なのではないか。そう思わせる程に彼女は、心を荒立てない。罠を受容している。
「そういえば昨晩のヒノカ様はご多忙で、あなたの就寝を確認していませんでしたね。そしたら案の定罠に嵌っているとは……あっはっは、最早お約束で笑えてきます」
「褒めてくれて嬉しい……」
「もう夜が明けてしまいましたから、きっとそろそろヒノカ様がセツナさんを探し始めますよ。昨晩の疲れも抜けきらないまま朝早くから不在のあなたを探す……ああ、流石に私でも、ヒノカ様が憐れに思えてなりませんよ」
「ヒノカ様……そんなに私のこと……嬉しい」
 足元に転がる頭がゆらゆらと揺れて、心の底からセツナさんが喜んでいるのがわかる。相変わらず話が通じない。それがセツナさんという人だ。でも少し、彼女についてわかってきたことがある。私はそれでからかおうと思い、早速攻撃を仕掛ける。
「では、これから私はヒノカ様にこう伝えようと思います。セツナさんはしばらく狩りで山にこもるそうですから、心配は要りませんと」
「え……?」
「私の言葉で安心したヒノカ様は、捜索を止めるでしょう。三日ぐらいあなたがいなくても、疑問には思いません。それに、それだけ時間があればいくら何でもあなただって誰かに助けてもらえるでしょう。良かったですね」
「…………」
「これを機に、ヒノカ様に迷惑をかけるのを考え直したらどうですか?」
 ぼんやりしていても返答は必ずするセツナさんが、珍しく黙り込んで何かを考えている。その顔を見逃すまいと、私もしゃがみこんで彼女の顔を眺め続ける。冬の湖面のような瞳に、僅かにさざなみが立つのを見た。
「……困る。だって、私は、ヒノカ様に助けてもらいたいから。私は、ヒノカ様の臣下だから」
「助けてもらうのも、臣下の務めだと……そう言いたいのですか?」
「そう……」
 彼女の考えを深く察することは、永遠に出来そうにない。しかし、同じヒノカ様の臣下として、切に伝わってくる想いはある。ヒノカ様への心の底からの信頼。それだけわかっていれば、後はもういいだろう。
「……ふふっ、わかりました。あなたはご自分の立場を十分に利用して、ヒノカ様の寵愛を得ている。大いに結構です。あなたは確かに私と同じ人間で、ヒノカ様の臣下です」
「うん、アサマと同じ……」
「私はあなた程ヒノカ様に迷惑をかけているとは、思いたくないですけどね。まあ、先ほど言ったような水を差す真似はしません。面倒臭いですし」
「うん、お願い……」
 空はすっかり青く晴れ上がっていた。遠くの空で、セツナさんを呼ぶ大きくよく通る声が響いている。我々の主君は、こんな青空にこそ相応しい。
「さて、私はお暇したいところですが、臣下として主君を労って差し上げましょうか。セツナさん、ほら、助けを呼びなさい。ヒノカ様がそこまで来ていますよ」
「わかった……たすけてー、ヒノカ様ー……」
 天馬の羽ばたく翼の音がどんどん大きくなってくる。私はまた怒られるだろう。セツナさんを助けないで、佇立しているだけの木偶の棒だと。それでも、私はヒノカ様の臣下として居られる。私とセツナさんの二人ごと、頼りない臣下だと称されて。
 我々がこんな共犯めいた想いで待ち受けていることをヒノカ様は知っているのだろうか、と天を仰ぐと、天馬の純白の羽が太陽を背に一際美しく輝いた。


2015/11/03 21:25



 古橋旺一郎と樫野柘榴(スイクラ)

 輝くピンブローチなど見なくても、その琥珀の瞳の奥を見れば、彼女が悦んでいることはすぐにわかった。ソファーに使われている赤いベロアの布が肌に痛い。頬に触れる細い指が、燃えるように熱い。視界を埋め尽くす柘榴色はかつてのような錯乱を齎しはしない。ただ、胸の内で甘く苦いチョコレートが流れだすだけだ。どくどくと脈打ちながら、チョコレートは体内を巡る。この躰を貪るように。この心を殺すように。
 静かに目を閉じると、彼女の唇の熱さが世界を占めた。こびりつく鉄のような味は、意味を成さない。皮肉なことに、溶けるような熱さこそが自分の理性を形作ってくれていた。彼女の躰が熱ければ熱いほど、理性は輪郭を保って存在できる。けして瓦解することはない。
 彼女は満足していない。尽きることのない泉のように、甘く苦い液体を口移しで飲ませてくる。本当は、俺と同じ空洞だというのに。身を削って、身を焦がして、俺に与え続ける。全てはこの身を喰うために。
 空洞が空洞を喰らう。いつか来るその時を見定めようとこらした目が霞み、塞がれた口をどうすることもできないまま柘榴色に包まれていた。


2015/08/24 15:23



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