鬼
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【鬼】
「…あれ追っ払うのか?泰明」
「問題ない。行くぞ、葵」
問題ないって…俺には問題有だよ泰明!!
俺たちは怨霊退治のために船岡山にやって来た。
最近ではほんの少し泰明の手伝いが出来るようになってきてたし、怨霊退治は剣術の訓練にもなるからだ。
しかも泰明は、俺でも大丈夫そうな怨霊の時だけ誘ってくるから、俺も安心してついてくる事が多い。
だけど…だけどさ泰明…
亀が相手って…どういうことですか泰明殿…!
俺は亀を目の前にして、心の中で泰明に抗議した。
「泰明!俺にはアレは無理だ!絶対無理!!」
「わがままを言っている暇があるなら手を動かせ」
俺の猛抗議をさらりと流し、泰明は亀に向かって行く。
え?これわがまま?え?えー…。
俺は仕方なく溜め息一つ吐き、刀をしっかりと握り直して亀に向かって行った。
―――……
「はぁ…はぁ…泰明…俺にはまだ早かったって亀は…」
「問題ない」
「だから俺にはあるんだってば!」
ボロボロ(主に俺)になりながらも何とか亀を追い払った俺と泰明は帰路についていた。
「大体、泰明一人で倒せる亀を、何で俺までかりだすわけ?」
「実戦経験は必要だろう」
「…そりゃそうだけどさぁ…」
けどあんな防御力の高い奴、俺が斬りつけたり術かけたって、全然ビクともしないじゃん。
…いや、それは俺がまだまだ半人前の証拠か…
俺は自分の実力を目の当たりにし、思わずガックリと肩を落とす。
「まだまだ修行しないと、白龍の神子を守るどころじゃなくなるなぁ…」
「分かっているなら日々鍛錬を怠らないことだ」
「…頼久みたいな事言わないでよ泰明…」
剣の師であり、親友の源頼久の渋い顔を思い出し、俺は渋い顔をした。
「…そういや泰明、晴明さまにまだ何か頼まれてたよな?」
「あぁ。…葵」
「んぁ?」
渋い顔のまま俺を見てくる泰明に、俺は意図せず怪訝そうな声音で返事をする。
「………ここから屋敷まで帰れるか?」
「…………あ、当たり前じゃん!」
もったいぶって言われた言葉に俺は顔がひきつった。
か…帰れるかなぁ…俺…
こちらの世界に飛ばされてからも相変わらず方向音痴健在な俺は、顔を引き釣らせながら言った。
「…ならばいい。迷わずに帰れ、葵」
「い…イエッサー」
敬礼をしながら言う俺に眉を寄せながら、俺を置いて泰明はその場を後にした……。
―――…
泰明と別れたあと、俺は恐らく晴明の屋敷があるであろう方向に向かい歩いていた。
……いた、はずだった。
「何処だここ…見覚えないし…」
辺りを見回せど人の姿は見えず。
俺はまた迷ったのかと頭を抱えた。
…何年経とうと方向音痴はまったく直らないらしい。
「うわー、最悪だ。泰明に怒られる。この事聞いた頼久に呆れられる…!」
二人の親友の怒り顔と呆れ顔を思い出して俺は更に頭を抱えた。
…と、そこへ……
「……何者だ。どうやって此処に来た」
「へ…?」
声のした方を振り返った俺は思わず固まった。
は?うっわー……スッゲェ仮面…
自分の事を棚に上げて内心失礼な事を考えながら、じっ…と男のつけている仮面に目を奪われている俺を、仮面の男は不審そうに見やった。
「もう一度問う。何者だ。どうやってここに入った」
「あ、えっとすみません。勝手に入っちゃったみたいで。ここには道に迷って…」
「…道に、迷った…?」
俺の言った言葉を復唱しながら、仮面の男は不審そうに俺を見た。
…お、俺何か変な事言った……?
内心汗をかきながら俺は、仮面の男を観察した。
あれ…?…金髪…?
金髪…ってことは外人?
てか……
「綺麗な髪、だなぁ」
「…!?」
俺がそう呟いた瞬間、男が驚愕の色を露にした。
「綺麗…だと…?」
「う、うん?えっと、凄く綺麗な金髪だと思う、けど?」
少し間を置き俺を見ていた男に、俺は不思議と口を開いていた。
「…お兄さん名前は?」
「……アクラム、だ」
「アクラムさん」
「…お前の、名は?」
自然と顔が笑っているであろう俺に、アクラムと名乗った男は俺にそう問いかけた。
そんなアクラムさんに俺はそういえば名乗っていなかったことに気がつく。
が、しかし迷った。
名はその人を縛るのに有効な術だ。
迂闊に名は教えるなと日頃から晴明さんや泰明にも言われている。
が、聞いた手前教えないのも・・・と、なれば・・・
「・・・刹那」
俺は、神子としての名前を告げ、アクラムを見つめた。
そんな俺の様子に些か驚きながら、アクラムさんは俺の仮面のついた顔を凝視する。
そんなアクラムさんに俺は居心地が悪くなり、苦笑しながらアクラムに言う。
「……アクラムさん?」
「ふっ…ふふふふ。面白い奴だ。お前は」
私の姿を見て臆さない者など、この世に存在などしないと思っていたが…
私は、廃れた鬼の里に迷いこんだと言う男、刹那に興味を持った。
…本来ここは、強い意思を持って此処に来ようと思わない限り、結界に阻まれてこの場所まで辿り着けないのだ。
そこに迷いこんだという刹那。
得体の知れないこの青年に、私は興味を持った。
都の人間など下賎な生き物であるに決まっている。
だが、また会いたいと感じた。
私がそんな事を考えているなど思ってもいないだろう刹那はしかし、私を伺うように見てから口を開いた。
「えっと…お邪魔しておいてなんなんですけど、俺そろそろ帰らないと。その…また、逢える?アクラムさん」
「アクラムでいい。…そうだな。お前が望むのならば、また逢瀬が叶う」
「おぉ…そういうもんか。ならまた、逢えたらいいな。アクラム」
それじゃと手を振り刹那は私に背を向けて歩き出した。
そんな刹那を見送りながら、私は内心笑った。
刹那は私に、躊躇いながらも名を明かした。
躊躇ったということは、名がどれ程大切かは知っているということだろう。
私に対しての態度といい、刹那は余程の無知か愚か者か。
………だが……
「…その愚か者を気に入った私も、愚か者だな」
刹那の去って行った方角をもう一度見て、私もその場から立ち去った。
今はまだ互いに正体を知らぬまま、鬼と羅刹の逢瀬はこたびは幕を閉じたのだった……。
鬼
(素顔を見せない相手に会いたいだなんて、戯れ以外に何があるというのか)