召喚
[ 16/19 ]
【召喚】
「雷すげぇ…」
「鬼が京を呪祖しているからだ」
「あぁ、うん…そうだな」
雷鳴を聞きながら、俺は暗い空を見上げていた。
京にきてもう暫く経つ。
俺たちの居た現代と繋がらない異世界の都、平安京。
俺はこの世界に飛ばされて、泰明に拾われて。
その傍で神子として働くうちにこの世界の情勢にも少し詳しくなった。
【鬼】
この世界においての悪役。
俺たちの世界で鬼といえば虎のパンツに赤や青の顔をした異形。
けれどこの世界においてそれは少し違って。
確かに異形が存在するこの世界で、鬼は俺たち人間と姿形を同じくする化物だという。
この時代、この場所の人間と異なる髪、肌の色、瞳を持ち恐ろしい術を使うという。
術は兎も角として(それにそれを言うなら俺だって一般人とは言えない)髪の色に肌瞳の色が違う、なんて俺たちの世界では当たり前のことで迫害を受ける【鬼】と呼ばれる人々に、胸が痛くなった。
形は違えど、俺たちの世界でも伝承はあった。
桃太郎伝説はじめとする鬼退治伝説。
以前から一節に、元々日本の土地に住んでいた先住民(鬼)から、土地や財産を奪う侵略者の渡来人(桃太郎)。
所詮御伽話。されど伝承(おとぎばなし)。
ここ異世界で鬼と呼ばれる人々の処遇を伝え聞いただけでも、それらの御伽噺を作り話だと一蹴するには難しいくらいに、俺はこの世界に馴染んできていた。
シャン…
そんなことをつらつら考えていた俺の耳に、この世界に飛ばされた時に聞いた鈴の音が響いた。
咄嗟に手元の刀を握り辺りを警戒すればこちらを泰明が怪訝そうに見ている。
「…?どうした、葵」
「今…鈴の音が聞こえなかったか?」
「…鈴?私には何も聞こえなかったが」
泰明の言葉に眉を寄せて俺は刀を見つめる。
「つまり、俺だけに聞こえた…?」
【力のある陰陽師】である泰明ではなく【神子】である俺に。と、いうことは。
「とうとう、来たのか?白龍の神子が」
「…?」
俺の呟きは音になったのか怪しく、現に泰明の顔はいつにも増して眉間の皺が恐ろしい。
けれど今の俺にはそれすら気にする時が惜しかった。
心臓はおかしい程に踊ってるし、冷静を保つのが難しい程に興奮してる。
何が俺をそうさせるのかなんて皆目検討もつかない中で、俺はとにかく神経を尖らせた。
もし、あの時と同じく時空の扉が開いているなら。
【何か】がこの世界に【白龍の神子】を呼び寄せようとしているなら。
【俺(羅刹の神子)】になら、感知できるかもしれない!
『………在た………稀なる少女よ…………我が元へ………』
「…!!泰明!俺ちょっと出てくる!!」
「葵!」
驚く泰明の声を背に、俺は面を被り屋敷を飛び出した。
さっきの声。あれは間違いなく。
「なんでっ……アクラムっ!」
俺の呟きは面の中で反響し、答えてくれる人はいなかった。
――…‥
「確かこの辺りで龍神の気配が…」
「…!葵。何をしているこんな所で」
「あ、頼久。こんにちは…って、あれ?何だか騒がしいな。左大臣殿のお屋敷で何かあったのか?」
響いていた雷鳴はいつの間にか止み、龍神の気配を頼りに左大臣邸の前を通った俺は、いつもより騒がしい屋敷を見て、少し慌てた様子の頼久に聞いた。
頼久は周囲を警戒しつつ、小さく頷き俺の疑問に返事をくれる。
「…あぁ。先刻、不思議な少女が祭壇の間から現れ、しかも私の前で消えた。…それでこの騒ぎだ」
「不思議な、少女…?」
もしかして:龍神の神子
なんて、現代の人間にしかわからないネタが頭をすごい勢いで掠めていったが頼久に言ったところで通じるわけもなく、頭をひと振りして再度頼久に問いかける。
「頼久。その女の子さ、何処行ったとか分からない?」
「いや…いきなり消えたから流石に私にも…」
「ですよねー」
泰明や晴明様の超人間ならまだしも、わりかし普通(武を除く)の頼久にそんな失せ物探しの術は使えない。勿論そんな高等術俺には使えない。いや、違う。使えないんじゃなくて修業中。そのうち使える多分きっと。
まぁ、それは置いておいて。
「まいったなぁ…」
入れ違いである。現実逃避してみたもののそう安安と現実は覆らなかった。当たり前ですね知ってます。
俺は困った時の癖で頭をかき、頼久を見た。
「頼久。出来ればその女の子、見付けたら保護してくれない?」
「無論、そのつもりだ。主からもそのように命を受けている」
「…て事はやっぱり…」
星の一族が保護しろと命を出した。
つまりそれは、その女の子が『龍神の神子』である可能性があるってことだ。
俺は少し考えたあと一つ頷き、頼久に言った。
「俺もその女の子を探す」
「駄目だ」
「ぇ。何で」
即答である。
思わず俺は鳩が豆鉄砲をマシンガンクラスで浴びせられた気持ちで言った。
そんな俺に頼久は溜め息を一つ。そして呆れた風に俺を見た。
「葵。お前この前も帰り道で迷い、帰宅が遅くなったと泰明殿に聞いたぞ」
「げ…泰明余計な事を…」
この前の一件は既に頼久にも伝わったらしい。
…酷い泰明。よりにもよって頼久(おかん)に言うなんて。
俺が微妙に落ち込み出した事に気がついた頼久は慌てて続けた。
「迷わないよう、私と共に行かないか?それなら問題ないだろう」
「ぇ?いいの?」
俺、こんな目立つ怪しい狐の面つけてるのに。
俺がそう言うと頼久は、それは羅刹の神子だから仕方ないと苦笑した。
あ。仕方ないんだコレ
妙な納得をされた俺は、まぁ、一緒に探してくれるならいいか。と納得し、
さぁ行こうと口を開こうとした。
その時。
「随分楽しそうだね、羅刹の神子殿」
「ひぇっ…」
「友雅殿」
いきなり俺の後ろから現れ、耳元でそう囁く男――橘 友雅――に、俺は小さく悲鳴を上げた。
そんな俺に気付かず頼久は友雅に礼をする。
「準備、整いましたでしょうか」
「あぁ、待たせたね。さぁ、行こうか」
羅刹の神子殿もご一緒なのかな?
そう言ってフェロモンたっぷりな笑顔をこちらに向けてくる友雅殿に冷や汗を背中にふんだんにかきつつ、俺は顔を逸らしながら答えた。
「ぉ…わ、私は近くを通りかかっただけのこと。すぐに失礼させていただ…」
「?どうした、刹那。一緒に少女を捜すのだろう?」
よっ…頼久さぁああああんnっ!余計な事を言わないでっ!!!
友雅殿がいる手前本名を呼ぶ訳にはいかない頼久は、俺を刹那と呼びながらそう言った。
そんな頼久に俺は思わず心の中で抗議をした。
だって、友雅殿が一緒に行くだなんて知らなかったんだよっっっ!!
つまり俺は、橘友雅という男がどうにも苦手なのだ。
あの見るからに女たらしなところや、たまに抱き寄せてくる腕に囁きかけてくる仕草。
もうどれもこれも苦手で仕方ない。
俺のそんな心情も知ってる癖に、友雅殿は俺と頼久のやり取りに口元を扇で隠し笑っている。
そんなところもとても苦手である。
つまり、もう存在自体が苦手である。
そんな俺の空気を読めない頼久は首をかしげながら笑っている友雅殿を怪訝そうに見ながら口を開く。
「何を笑っておいでです、友雅殿」
「いや、何でもないよ。それでは神子殿、参ろうか」
「ぇ…だから私は…って…」
聞 い ち ゃ い ね ぇ
俺の抗議を軽くあしらい、友雅殿は俺を牛車に引きずり込み、頼久はいつもの光景に慣れてしまったのか助けてもくれずに俺は少女探しにドナドナされるのだった。
召喚
(俺は男だっつーの!!!!!)