平安京
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【平安京】
「いっつつ…。…?こ…こ、何処だ…?」
気を失っていたらしく、目が覚めてみたら辺りは木々に囲まれた場所だった。
確か井戸のあった場所も木々に囲まれていたが、
「待てまて。とりあえず落ち着け、俺」
何が起こったんだ?確か…そう。
声が聞こえて、声のする方に行ったら井戸があって…そうしたらいきなり突風が吹いて…
「……井戸の中に、落ちた…んだよな?多分」
それなのに明らかに井戸の中じゃないし。ていうか、その井戸すら見当たらない。
「…夢か?もしや気絶して夢見てんのか?」
…………んな訳ないか。
手、地面が砂なせいで痛いし。てか、これで夢なら俺の頭すげぇ。
そんなことを考えながら、葵は手のひらを見て溜息をつく。
「とりあえず、此処がどこか分かんねぇけど帰り方考えないと…」
「…おい、お前」
思案にふけっていた俺は、声をかけられその主を振り返る。
「え、俺?って…は?」
「ここで何をしている」
俺は、声をかけてきた人の服装を見て唖然とした。
か…狩衣?!え、つーことは…?
「ここって…平安時代、ぐらい?」
「?何を訳の分からない事を言っている」
怪訝そうに俺を見る碧の髪のコスプレ男の言葉に、頭が痛くなるような気がして思わず天を仰いでこめかみを抑えた俺は悪くない。
そう、この男は【平安時代】というワードに『訳の分からないこと』だと言ったのだ。
時代とは、後の時代の人間がその頃を特定して呼ぶ謂わば記号のようなもので、実際その時代の人間がそう呼んでいたものではない。
つまり、その時代の人間にここが【平安時代か?】と聞いたところでピンと来ないわけで。
つまり、ピンと来ないということはこの人物が自分と違う時代の人間で、もう一つ言えば平安時代より前の人間だろうということが分かるというわけで。
更に言うと正直、服装からはやっぱり平安時代の人物である可能性が最も有力な説な訳で。
「勘弁してくれってのマジで…」
「……」
考え付いた答えに俺が頭を抱えているのを見て、コスプレ男は眉を寄せながら呆れたようにため息をついてから、口を開いた。
「もう一度聞く。ここで何をしている」
「あー、えーっと…、迷子、みたいです」
しかもそんじょそこらの迷子とは違い、時空を超えての壮大な迷子だ。
…いや、この歳になって時空超えてまで迷子とか情けないを通り越して
いっそ恥ずかしいんだけどさ…。
そんな俺に男は僅かに目を見開き、そして探るように声をかけてくる。
「…迷子?このような場所で、か」
「あはは、もうなんていうか、面白いくらいにここが何処だかさっぱりで」
そう俺が言えば、男は何か思案するように黙りこむ。
いや、わかるよ。俺怪しすぎるもんな。うん。
そして少ししてから男はまた口を開いた。
「…お前、この京の者ではないな」
「…あー、多分。そもそもここに来たのって俺の意思は完全に無視というか、半強制的に井戸に引きづり込まれて連れてこられただけだし、そもそも俺のいた場所は平安の都じゃなくて、京都だった訳だし」
「………」
俺がそう言うと、男はまた黙ってしまった。
そんな男を見て俺は、少し不安になってきた。
まさかとは思うけど…此処って立ち入り禁止の神域だったりとかしない、よな…?
入っただけで不敬で殺されるとかないよな…?
俺が不安がっていると、男は急に目の前にある木に話しかけ始め…んんん???。
「…お前が言う通り、この者から悪しき気配は感じない。むしろ眼に見えるほどの神気。…この男が何者かも、皆目見当もつかない」
「あー、あのー…?」
なんだこの男。いきなり木に話かけ始めたぞ…。
まさかとは。まさかとは思うがこの男、木と話せる、のか?
え?待て待て。落ち着け。
ていうかそれって普通に凄くないか?
そんなことを考えながら木と話す男をがん見していると、視線を感じたのか男が振り返り目を細めて睨みつけてきた。
「…なんだ」
「いや、そのー。……もしかして、木と話せるんですか?」
思わず敬語だ。
「…見ての通り、話せる」
「す……すげぇ…」
やっぱり話してたのか!スゲーなおい人間技じゃないってか、風貌からして陰陽師っぽいし、もしかして陰陽師的には普通なのか?
そしてもしかして修行すれば俺にも出来…るわけないか…!!!
そもそもなんだ陰陽師の修行って。おれ普通の一般人だし。
どっちかってと歴学士とかの方が性に合うから読心術とか普通に無理だろ。
期待に目を光らせた俺だったが、一般人な自分に出来るはずがないと思い、途端に落ち込んでしまった。
目に見えていきなり落ち込んだ俺に、男は不信そうに見ながら問うように口を開く。
「…何を落ち込んでいる」
「いや…俺も木と話せたりしないかなぁ…とか淡い期待をして勝手に落ち込んでるだけなんでどうかお気になさらず」
そう言いつつ落ち込む俺に、男は不審者を通り越していっそ変質者を見るような目で見た後、静かに告げた。
「とりあえず、お前を師匠に会わせる。お前をどうするかは、それからだ」
「あー、はい。逆らいませんよ従います」
師匠ってことは、相手はこの男よりも優れた陰陽師か何かか…ていうかこの男ですらもう凄い陰陽師なのだ。
その上を行くとなるとかなりの人物であることは想像に容易い。
…というか、【平安時代】の【凄腕】【陰陽師】って、俺一人だけ心当たりあるんだけど…まさか、な?
「行くぞ」
「あっ、その前に。貴方の名前を教えてください」
よくよく考えれば自己紹介はおろか、男の名前すら知らない自分に、俺は慌てて男に問うた。
そんな俺に一理あると感じたのか、男は一つ頷き言った。
「安倍 泰明。…お前の名は」
「あ、俺は葵。元宮 葵。よろしく、安倍さん」
「泰明で良い」
「んじゃ、遠慮なく」
こうして俺は、これからの運命に深く関わっていくであろう人物の一人に出会ったのだった……。
平安京
(…ってあれ?“安倍”?)