今は微塵もないけれど、あの時は確かにあったのだから嘘ではないわ。
「……屁理屈、と言うのよね。確か」
そう自分に言い聞かせて、ソファーにもたれながら庭を眺める平日の午後。
頭が痛いと言って休んだお勉強。
一時間もしない内にその痛みは消えたのだけれど、決して仮病ではないからずる休みだなんて言わせない。
しかし不意に時間が出来てしまうとどうしようもなくなるもので、午前中は昨夜に引き続きぐるぐると悩んではいたのだけれど些かそれにも疲れてしまって、気分転換をしようにもお勉強を休んだ手前、出掛ける事など出来やしない。
とどのつまり、私は暇なのだ。
携帯はある。でも電源はオフ。
私を、白峰彗那を、本気で心配してくれている人なんて居ないから。いつだって心配されるのは、お嬢様、の私。
ふぅ、と小さく息を吐いてソファーから立ち上がる。
曇りひとつない大きなガラスの向こう側に広がるのは芝生と花と木々。
ピチチチ、と飛んで二匹の小鳥が枝に止まった瞬間ぽたりと雫が落ちて、すぐさまその二匹はどこかへと枝から飛び立った。
「……いいな、」
その様が酷く羨ましくて、カラリとガラスを開きながらゆっくりと空を見上げた。
雨は止んでいる。けれども晴天ではない。
ほんの少し淀みを帯びたそれを見ながら、どうして私には羽根がないの?なんて呟いてみた。
「……欲しいんすか?」
「っ」
瞬間、聞こえたその声。
勿論視線は急降下して、脳内はあわあわと返す言葉を探し出す。
「……俺は、要らないっすけどね。羽根。高い所マジで駄目なんで」
「……そう……なん、です、か」
「はい」
へらり、弧を描く焦げ茶色の瞳。
頭にタオルを巻いて軍手をしているその姿は昨夜とはまるで違うけれど、真っ直ぐに私を見るその瞳は間違いなく春樹さんのもので。
予期せぬ来客に若干、声が上擦った。
「……風邪をひいた、って聞きまして」
「……あ、」
「すみません。俺のせいで……親父に怒られました。お嬢様を雨の中立ち止まらせておく馬鹿がどこにいるんだ、って」
けれどもそれも咄嗟に出た返事のみで、深々と頭を下げる彼を見てずきりと消えたはずの痛みが復活した。
「……それを言いにわざわざ?」
「……え、いえ、そういうわけじゃない、ですけど、」
一瞬でも、私を心配してくれたのだと思った私は荘くん言う通り世間知らずなのかもしれない。
馬鹿みたい。
ううん、馬鹿だ。私は。
「……あなたは……違うと思ったのに、」
「……え?」
お嬢様ではない私を心配する意味なんて、どこにもありはしないのに。
昨日の今日で、一体何を期待したというのか。
「……いえ、何も」
視線を落とし、平気です、と呟いて、くるりと春樹さんに背を向けた。
「待っ」
「っ、」
「て、くだ、さい、」
瞬間、手首を掴まれた。
指先から伝わるそれは、 (……まだ、何か?)