とても長い沈黙に思えた。
けれども実際は五分と経っていないのだろう。
手首は依然として掴まれたままだ。
「……すみません、」
それは何に対しての謝罪なのか。遠慮からきたものではない、すみません。
謝られる覚えもないのに謝られると無性に腹が立つ事を初めて知った。
「……嘘、ついた……っす、」
「……え?」
「いや、完全な嘘ってわけでも……ちょっと、それっぽく言いました」
しかしその腹立たしさも彼の言葉によって薄らいで、消えた。
単純なのだろうか、私は。
また、期待をしてしまう。
「親父に怒られた事が、一番正当な理由だと思ったんす」
「……正当……ですか、」
「……心配で、なんて、理由にはならないんじゃないか、って思って」
ゆっくりと春樹さんの方へと向き直れば、掴まれたままだった手首がするりと解放される。
すり、と解放されたそこを擦れば、すみません、とまた謝られたけれどもう彼のそれは気にしない事にした。
きっと、何でもかんでも謝るのは癖なのだろう。
「……心配、ですか」
「風邪としか聞かなかったんで、最悪肺炎を起こしてたら……とか……考えたら、もう、何も手につかなくて、」
「……」
「……正当な理由があれば、昨日みたいに誤解されてお嬢様が怒られたりしないだろう、って、」
申し訳ありませんとばかりに垂れ下がった眉と縮こまった背中を見ていたら、思わず口元が緩んだ。
「……良かった、」
「……え」
「あなたも、他の人と同じなのかと思って少しショックだったんです」
ふふ、と笑う私が理解出来なかったのか、ん?と首を傾げる春樹さん。
けれども私が笑っているからか、はは、と何故か彼も笑った。
「……俺は、一瞬焦りました。風邪をひかせて嫌われたのかと、」
笑い合うその心地よさの中をかける春樹さんの声はダイレクトに鼓膜へと響く。
途端に止む、笑い声。
いつの間にか、かちりと重なった視線。
「……婚約されてるのは分かってますけど……どうにも出来ないんすよ、」
その先にある瞳はもう、笑っていなかった。
駆け引きは雨上がりに (……………………え?)